連載小説
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反抗
 弟が体を胃液で溶かされ、もがき苦しんでいた頃、真ん中の兄は怒りで我を失い、神狼に対して憎悪の視線を向けていた。


  「よくも、よくもおおおお!」



  兄と弟を一気に失い、悔しさで涙が溢れ出る。短気で喧嘩っ早い中兄だったが、兄弟愛だけは誰にも負けてはいなかった。そんな何よりも大切な家族を失ったのだ。

  そして今、己の命すらも奪われようとしている。



  「どうせ逃げられねぇなら……やられる前に、やってやる!」



  持っていた鎌を振り回して神狼へと向かっていくが、それは無謀な行為だった。人間と神狼とでは元来の力が違う。ささやかな抵抗は何の意味もなさない。だが冷静さを欠いた状態では、それに気が付く事はない。

  自ら天敵の口吻へと飛び込んでいく滑稽な光景の出来上がりという訳だ。



  「これでも喰らいやがれ化け犬め!」



  悪態をつきながら、神狼の眉間へ向かって鎌を突き立てようとする。



  「何!?」



  神狼は全く動じずに鎌の刃先を銜えると、そのまま振り回す。哀れな被食者は必死に柄の部分に掴まるが、やがて空中へと放り出された。

  そして落ちてきた先には神狼が大口をぱっくりと開けて待ち構えているのだった。



  「止めろおおおお!」



  空中ではどうする事もできず、あっけなく口内に収まる事となった。

  先の2人と同様に全身に唾液を擦りつけられ、右へ左へと舌を使って転がされていく。時々体に当たる牙がチクチクと痛い。中兄は暴れて抵抗をするが、この状況でできる事などほとんどない。

  やがて嘗め回すのに飽きた神狼は、鋭い牙を残酷にも捕らえた獲物の腹へと突き刺すのだった。



  「ぎゃああああああああ!」



  突如襲った激痛に中兄は絶叫する。寸での所で内臓は傷つけられずに済んだが、それは何の救いにもならなかった。これから傷どころか、丸ごと溶かされてしまうのだから。

  神狼が上を向き、獲物を飲み込む動作に入った。中兄は痛みを堪えながら、必死に神狼の舌に掴まり、絶対に飲まれまいとする。

  しかし唾液で滑りやすくなった口内はそれを許さない。じりじりと喉奥へと追いやられていき、ついには。



  「畜生、畜生、ちくしょうううう!」



  最期の場所、胃袋へと落とされるのだった。





  胃袋に入ると、そこには鼻をつくような肉の溶けた臭いが充満していた。そしてその臭いの主である兄弟の無残な残骸だけが残されていた。確認するまでもなく、もう生きてはいない。中兄は兄弟共々この神狼に命を奪われなくてはならない残酷な運命に悔し涙を流す。



  「どうしてこんな惨めな死に方をしなきゃならねぇ! 俺たちが何をしたって言うんだ!」



  死ぬ時には家族に囲まれてだなんて淡い望みはここでいっぺんにパアになってしまう。それどころか、体を溶かされてしまっては遺骨も拾ってもらえないだろう。



  「まだまだやり残した事はいくらでもあるって言うのによ。」



  このままでは、体を溶かされて死んでしまうのは、もう時間の問題だった。獣の餌になる最期だなんてプライドが許さない。中兄は胃壁を必死に叩き始めた。



  「出せ! ここから出しやがれ! 馬鹿野郎!」



  神狼に悪態をつくが、それも虚しいもの。皮肉にもその行為は彼に死期を早める事になるのだった。刺激された胃壁は、胃液をどんどん分泌して胃袋内を満たしていく。いよいよ獲物をドロドロに溶かして腸へと送り込んでしまうべく、消化が始まったのだ。

  服はあっという間に溶け、身を守るものは何も無くなった。そして全身からヒリヒリとした痛みを伴うようになり始める。



  「痛え! 痛えよおおおお!」



  たまらず悲鳴を上げる。血管が、神経が、胃液によって溶かされていく。この世の全ての痛みが凝縮されて降りかかってくるようにすら思われた。

  胃壁を引っ掻こうとするも、すでに爪は溶かし尽されていた。皮膚が溶け落ちた個所からは筋肉が覗き、胃液に直接ダメージを与えられるのだった。



  「くそったれ、こんな奴にどうして!」



  あまりもの苦痛に息は荒くなっていく。溶かされた自分の体は、先に溶かされた兄弟たちと一緒に神狼の一部となってしまうだろう。それが何よりも辛い事だった。今一番憎いこの獣の餌になるためにこれまで体を鍛えてきただなんて、がむしゃらに生きてきただなんて、思いたくなかった。



  「ぐああああ! 死にたくねぇ!」



  ダメージを受けた筋肉はしばらくの間痙攣をするが、やがてその筋肉すらも溶かされていく。丈夫な骨も、神狼の強力な胃酸の前では無力だった。

  肉食獣の胃袋は当然獲物の肉を溶かすのに適しているのだから、当然ではあるが。



  「こんな、死に方、うう……あああ……」



  ずっと抵抗を続けてきた中兄であったが、その力は急速に弱まっていった。決して諦めた訳ではない。体の半分を溶かされ、動けなくなったからだ。命が尽きるその瞬間が、すぐそこに迫っていた。

  もはや原型を留めてはいない。何もかもを溶かされ、気味の悪い肉の塊と成り果てている。



  「ちく……しょう……」



  必死の抵抗虚しく、命までもを溶かされ二度とは動かなくなった。残った肉塊を徐々にその形を失い、やがて完全に肉粥と化して静かになった胃袋から腸へと送られていく。





  つい先程まで命のあった三人の人間は、こうして神狼の糧となったのだった。

  そんな壮絶な苦痛の上に成り立つ命のやり取りも、神狼にとってはただの一度の食事に過ぎない。

  人間たちが神狼の本性を知るその時は、さらに何十人もの人間がその身を生きたまま溶かされ、断末魔を味わった後の事だった。
16/06/01 23:00更新 / 天地水
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