連載小説
[TOP] [目次]
後編
「んっ…」

目覚めると背中に硬くて冷たい地面の感触があり、寝床から転げ落ちてしまったのかな。とも。
天井にかかったランプの光が目に入り眩しい。


小麦色の体毛が一面に広がり、さわさわと揺れ動きながらすぐ目の前を通りすぎていく。夢の中にいるようにぼやけた頭で見つめていると、ラムさんの顔が見下ろしておはようと言った。寝床が狭いのか、彼女の体が大きいのか、視界が薄暗い。よくみると目の前のラムさんの大きさにランプの光が遮られていた。彼女の赤い瞳が影に重なり妖しく魅力的に見えた。



今日のラムさんは様子がおかしい。
目元がピクリともしない。いつも他人を見るようにどこか空虚な目をしていた。
何かにつられ時々上がる口角を見た。
薄く空いた口の中から赤い舌が端から端に滑って引っ込む。
口の周りが少し濡れている。

嫌な予感がして、急に寒気がしてきた。
暖炉の炎から漂う熱気が体にまとわりつくように感じる。


目の前にいるラムさんの顔は影がかって暗い。
ナムは目の前の獣竜の名前をやっと口に出した。

「…ラム…さん?」

ナムの声に気がつくとラムの瞳は輝きを取り戻して、ナムの目線と合った。
そうして、眠る子を起こさないような消え入るような声でささやいた。

「起きたの…。ちょっと待っててね…。」
ラムさんが手を突っ込んでいる袋から香ばしい香りが漂ってくる。
彼女の手にあるのは肉を焼くときに使う香辛料だった。
ナムは変な感じがした。


「ナムちゃん、最近仕事で疲れてるだろうから、少し体をほぐしてあげようかなって思ってね。」
ぎこちない手つきで中身を取り出し、ラムさんはついでとばかりに僕に話しかけた様に見えた。
「体を…?」


「うん、そう…筋肉をほぐしてあげれば、多少は食べやすくなるからねぇ…」


「えっ…」
優しく微笑む彼女の口から発せられる恐ろしい言葉は甘い綿菓子のような心地がした。
ナムは思わず絶句した。
体をほぐして食べる、つまり自分のことを食べると思ったのだ。
暖炉の熱が部屋に漂い、じわじわと体を焼くように感じて蒸し暑い。




「…なんて、そんな、嘘だよ〜」

「……」
「……どうしたの?何か思い出しちゃった?」

固まって何も言えなくなってしまうナム。
用意してあった器からシチューの粉の山を鍋の中に落とし込む音が静かに部屋の中に行き届く。世話しなく鍋をかき混ぜて中身を馴染ませながら、ラムはちらちらと目線だけを向けた。

「…ラムさんってさ…時々、怖いこと言うよね。」
杓子を鍋の縁に寄せて手を止めてから、鍋の中を覗き込むようにして眺める彼女を見て、再び固まるナム。ラムさんは今どんな顔をしているのだろうか、そんなことを考えて少し悪寒が走る。


「…そうだね。ちょっと怖かったかもね。反省するね…」
それから、ラムさんは一呼吸置いて、また話し始めた。



「でもね…これだけは言うね。ナムちゃんだって、一度はあるでしょ?自分の好きな誰かを思い通りにしたいっていう気持ち。」
「えっ…?」
「自分にとって大切な友達とか彼女とかにさ、期待を…するじゃない?好きなことを話したいとか、こう言われてみたいとかさ。」
「…」
しばらくナムは沈黙を貫いていた。というのも、彼女が何を言っているのか分からなかったからだった。
「それが、強くなってくると、彼と結ばれたいとか、その誰かのことをもっと知りたくなってくるの。」

「……?」

「私はナムくんがいとおしいってこと。食べちゃいたい位可愛いって。」


そう言われて、ラムさんの潤いのある赤い瞳の黒い所を見つめ直してからようやく、
なんと答えるべきなのか分からない事に僕自身が気づいた。
食べちゃいたい位、というのが、
単なる比喩なのか、想像しがたい願望なのか、
それとも両方なのか。

「エッ…つまりそれは」


  部屋の空気がナムの声で張りつめているのをラムは感じた。自分の息が止まりそうなくらい胸の奥が苦しい。

でも、食べられるのは嫌、ひどいよ
なんて言われたら…

わかっている筈なのに、言われたらどんなに苦しいか分からない。
きっと耐えられないほど悲しくなるんだろう…。
脳裏にかすむ拒絶の言葉が、ナムの口から出かかっているのをラムはひしひしと感じている。

「それは…たとえ、なの?」

「そう、だよ…」


「僕を、食べようって…ほんと?」

「…うっ…うん。でも、最初は友達として話すのがわ、私は好きで…その、だんだん話していくうちに、ナム君が…私の中で大きくなっちゃって…その、一つに成りたくなって」

「ラムさんにとって僕はバースデーケーキみたいなものなの?食べちゃったら、死んじゃう…」

「大丈夫。そこは吐き出すから、ナム君を食べた後に木の実の種を飲めば、胃が反応して吐いちゃうからさ」

「吐いちゃうのに、食べるの?」

「お腹の中で抱き締めたいの。そうすればなんだかつながってる気がすると思って…」

「…それなら、食べてもいいよ。」


「…ほんと?」
ラムはえっと驚き、涙をためた。


コクコクとナムは頭を小刻みに下げた。ラムはもう一度背中を向けて利き腕で涙をぐしぐしと拭くと、いつもの調子に戻って振り向いた。

「良かった…」

「うん…後でちゃんと吐き出してくれるよね?」

「も、もちろん!心配しなくても」

「ほんとに?呑み込んじゃったらこっちのものなんて、思ってない、よね?」

「……うん。ごめん。ちょっと思ってた。」

冷めるような目をしてナムはラムを見つめた。
ラムはきまり悪そうに目を泳がせている。







――――――――――――――――


「じゃあ…まずはナムちゃんの体を洗おっか」

「えっ?」

「汗たっぷりのナム君も魅力的だけれど、やっぱり洗った方が食べやすいと思うんだよね。」

「え?丸呑みにするんじゃないの?」

「するよ?でもどうせならナム君だけを味わいたいからさ。毛に付いた泥を落として、綺麗にしたら、さらに可愛く美味しく見えちゃうから。」

「ええ…」

「ほらちょうど、いい湯加減になったよ。入って。」

「ふ、風呂に入ってるみたい。」

「そうそう風呂に入ってるみたいに力を抜いてね。おお…最近入ってないでしょ。」

「だって湯浴びなんてする薪がないんだし、上がった後が寒いからさ。」

「じゃあすごく贅沢だね!しっかり浸かってね。上がったあと寒くなるなら、湯から直接食べてあげた方が寒くないね。」

「え、そ、そりゃあそうなんだけど…」

「大丈夫だよ。痛くないように呑んであげるからさ。勿論、吐き出すときもお湯を沸かしてあげるよ。」

「で、でもさ」

「大丈夫だよ。食べるつもりになるだけなんだから。本当に食べたら、ナム君死んじゃうし、わたし、犯罪者になっちゃうよ。味見だけだって。ほんと。」


綺麗になったナムを濡れたまま深皿の中にうつし、ラムのくちに持っていかれようとするナムが待ってをかけた。

「ちょ、ちょっと待ってラムさん。」

「大丈夫?」

「はぁ…はぁ…ふう、はぁ。ありがと…落ち着いた。満足したら、吐き出してね。」

うん、と返事をし、一杯の水で口内を湿らせ、舐める所から始めるラム。

くすぐったくなりながら、耐えて早く食べてほしいとせがむナム。

「もう食べられる準備はいい?口の中はもっとくすぐったいよ?」

「い、いいから。これじゃ、まるで変なことしてるみたいじゃない。」

「変なことってなにかな?こういうこととか?」
そういいつつ、ラムがナムの足下にかがむと、ナムは熱いねっとりとした感触に背筋が凍りついた。
「ひゃうっ!!や、やめ!」

熱い濡れ雑巾をおしつけられたような感触と共に鼻を刺激する獣臭い唾液の匂いで、ナムは猛烈な違和感を感じた。

「や、やだ…そこは…」

「ここをどうされたいのかな…?言ってくれないと分からないよ?」

「え、えっと…」



「…じゃあそれは後で頂くとして。頭と足どっちから食べられたい?」

くぱっ…と獣竜の口が開き、小さく声を発するために口の中で動く舌がちらつく。

「へ?そんな急に…!」

唇と唇が合うか合わないかの距離までちかづけられ、視界が互いに顔と顔だけになった。

首の下から膝の下までが毛布のような深い毛並みにうずまり、同時に両肩の上から背中まで下がり滑っていく手のひらの硬さとぬくもりが小さい獣人の背中を覆いつくす。
そうして獣竜はナムを抱き締めた。

ナムは自分の獣人の小さい体が大きくて優しい存在に包み込まれるのを感じた。
鬱蒼と茂った獣竜の体毛は、ナムの手首肘脇、胸、へそのあたり、股、膝、をいっしょくたに包みまんべんなく覆った。種族由来の体温の差に、獣人の子ナムは温もりの中に力を抜き、体を預けていく。
調理した木の実の甘い香りが体毛に染み付いて、ラムの周りに常に漂っていた。

それが甘くて温かい空気となってナムの呼吸の中にゆったり混じっていく。

ナムとラムの顔が向かい合う。

時間がゆったりと流れていて、ナムは大好きな相手の懐の中にいて、身体がポカポカ暖まっていくのを嬉しく思った。ぼーっとした視線の先にある小窓のガラス枠の向こう側は、白粉の小さい雪の吹雪が激しく舞っていた。



ラムがいただきますと言って口をゆっくり開き頭を加えた。

ナムはなされるがままにラムの滑らかな舌先で首を絡め取られ口の中へ引きずり込まれる。

ごく…

ナムは赤子のように噴門からラムの腹の中に産み落とされ、しばらく唾液の音と肉がぬちゃぬちゃ蠢く音を聞き、胃袋の中を漂う吐瀉物の空気を吸いながら、ボーッとしていた。


ごっくん、ナムを呑み込む感触を確かに喉に感じて、腹の中にナムが自分を落ちつかせながら胃液の弱まる薬を飲み、ナムに優しく子守唄を歌った。

トクン…トクン…
ナムに優しげなラムの声が聞こえ、メトロノームのように一定のリズムで波打つ心音は呼吸とともに馴染んできた。そうして、気づけば夢の中へと旅立っていた。


ーーーーーーーーー――ーー―――


場面は跳び、寝床で目覚め驚くナム。

「えっ、さっきまでラムさんのお腹の中にいたのに。」
ラムは吐き出した過程を話した。ナムは黙り込む。
ラムはナッツクッキーをナムにすすめる。
気を取り直したナムは、目の前の相手が自分を食べたことも忘れて、ナッツクッキーにかじりつき、ぬくいココアを一口飲んだ。

「美味しい。」
ナムは黙りこみ、しばらくナッツクッキーの割れた断面を眺めて、ラムの顔を見上げる。そして聞いた。
「僕の味、どうだった?」

「とっても、おいしかったよ。熟した赤い木の実みたいに甘かった…。」

「ほんとは?」

「味はしなくて、ナム君を飲み込むときの喉とお腹が幸せだったよ。」

「また、食べたい?」

「うーん、吐き出すのが大変だったから、いいかな」

「もう食べなくていいの?」
「うん?」

「えっと…僕、そんなに痛くなかった。それに…」
「それに?」

「は、恥ずかしくて言えない…!」
「言ってごらん。私以外に誰もいないんだよ」

「ら、ラムさんに聞かれると、戻れなく、なっちゃう」
「へぇ…どういう風にもどれなくなっちゃうの?小声で良いから言ってごらんよ。」

ラムは顔を近づけてナムに迫った。

「ら、らむさん、には今は…だめ!あ、あとで言っても良い?」

「今、言いなよ。出ないと…また食べちゃうよ?ねえ…はっきり言ってよ。一言で」

「ぼ、ぼく」

「うん」

「食べ…」

「うん?」

「食べられたい…」

「ふうん…そっか。」
20/04/07 03:21更新 / 水のもと
戻る 次へ

TOP | 感想 | RSS

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.35b