連載小説
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シーン33
 同時刻。森の中を流れる小川のほとり。それまで一心不乱に水を舐め続けていた舌を引っ込め、川面に映る自身の顔を見つめて安堵の溜め息を吐いたのは――レントラーだった。
「……さぁ、これを早く持ち帰ってやらねば!」
 そう独りごちて、仲間から預かっていた水筒の蓋を開けるレントラー。飲み口を水面に近付けた次の瞬間――木の枝にぶら下がった大蛇の顔が視界に入ってくる。
「うわっ!? だっ……誰だ、お前!?」
 細長の赤い目、草色の体、そして後頭部から伸びる長い耳のような二枚の尖った葉っぱから、ジャローダであることは明らかだったが、そういう話をしている訳ではなかった。飛び上がった拍子に水筒を放り投げてしまうレントラー。にべもない反応にジャローダはプクッと頬を膨らませる。
「あら、失礼しちゃうわ! 名乗りもしない癖に私が誰か聞くなんて! 教えて欲しけりゃ自己紹介しなさい、自己紹介!」
 そこで言葉を切った彼女の顔に不敵な笑みが浮かぶ。
「ま、できるものならね! ……へびにらみ!」
「うっ……!」
 赤い目を見開いて眼光鋭く射竦めるジャローダ。途端に全身の筋肉が石のように硬直する感覚に襲われたレントラーは――動くことも声を出すこともできなくなってしまう。
「からの……!」
 技が決まったのを見届けたジャローダは、三本指の葉っぱの手でレントラーの両肩を鷲掴みにし、そして――
「したでなめる攻撃!」
 臆面もなく技名を叫び、先端が二股に割れた長い舌を伸ばしてベロベロと舐め回す。たっぷりと時間をかけて頭の天辺から足の爪先まで舐め尽くし、青臭い唾液に塗れさせてしまうのだった。
 耐性のないタイプの技なので追加効果も覿面。重度の麻痺状態に陥ったレントラーはバッタリと横向きに倒れ込む。
「……あら? イケメン君ったら頬が赤いわよ? もしかしてエッチなことでも考えていたのかしら? うふふっ、スケベな子!」
 ペチペチとビンタを浴びせながら嘲り笑うジャローダ。枝に巻き付けていた尻尾を解いた彼女は、レントラーの目と鼻の先に着地する。
「余計な話はさておき、勝負アリね! 出会って早々で申し訳ないけど……私のゴハンになってちょうだい! もう随分と食べてないから腹ペコなの! それじゃあ……!」
 彼女は大きく裂けた口を全開にしてレントラーに迫り、そして――
「いただきまぁぁぁぁぁす!」
 食前の挨拶を述べ終えるなりレントラーの頭に齧り付く。まさか本当に食べられるとは思っていなかったらしい。彼はポカンとした表情のまま首から上を咥え込まれる。
 内側に曲がった歯が整然と並ぶ顎で何度も噛み付くことにより、少しずつ確実に獲物を呑み込んでいくジャローダ。幸いにも皮膚を歯で貫かれることはなかったものの、恐怖だけはどうにもならなかった。ビクビクと全身を痙攣させたかと思った次の瞬間――百獣の王の股間から生温い黄金色の液体が溢れ出す。
 あまりにも無様な姿に噴き出しかけた彼女だったが、ここで口を開いてしまっては今までの努力が水の泡だった。込み上げる笑いを必死に堪えながら顎を動かし続けるジャローダ。よく鍛え上げられた筋肉質の尻を口いっぱいに頬張り、二本の太い後ろ脚を舌で絡め取ったところで鎌首をもたげた彼女は、獲物の体を地面と垂直にする。
「……さようなら! イケメン君!」
 別れの挨拶を述べると同時に口を窄め、先端に黄色い星飾りが付いた細長い尻尾をチュルチュルと啜り取れば、もはや彼の体を支えるものは何もなかった。重力に引かれるがままズルズルと食道を滑り落ちていった彼は――間もなくして大蛇の胃袋に収められる。
「……げっぷ! ごちそうさまでした! 最高のランチをありがとう!」
 お腹の膨らみとなった獲物に接吻して感謝の意を表明するジャローダ。臭い小便を引っ掛けられて汚れてしまった体を洗い清めるべく、くるりと方向転換して小川の中に入っていった彼女は――やがて川底へと姿を消していったのだった。
21/05/23 20:52更新 / こまいぬ
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