連載小説
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シーン20【お下劣描写を多分に含みます】
「うーっ、今晩は一段と冷え込みそうだなぁ……」
 ちらちらと小雪が舞い落ちる夕暮れ時。一面の銀世界となった樹海の真ん中で仁王立ちになり、プルプルとした腹周りの分厚い贅肉を両腕いっぱいに抱え上げるのは――樹海の主たるベロベルトだった。股間に伸ばした長いベロで体の中心を引っ張り出し、深く雪が降り積もった地面に砲口を向けたら準備完了。彼は立ち小便のポーズを決める。
 違法伐採者の一件があってから半年後、何もかも凍りつく真冬――。夏に親友のジャローダと二匹二脚で始めた果樹園の拡大プロジェクトも順調に進み、秋には運良く大豊作に恵まれ、万全の体勢で冬を迎えた彼は、春までに平らげ切れないほどの食べ物に囲まれながら、悠々自適の冬眠生活を送っている最中だった。
 する事と言えば、焚き火の炎が揺れる洞窟の奥底に片肘をついて寝転がり、空いている方の手で鼻クソをほじっては丸めて飛ばし、腹が減ったらベロを伸ばして好きなだけ飲み食いし、臭い屁をこき、たまに用を足しに立ち――後は鼻提灯を膨らませて爆睡するだけ。ぐうたらな彼にとっては天国のような毎日が続いていたのだった。
「あーあ、トイレも中で済ませられたら完璧なんだけどねぇ……」
 そんな極楽の日々の唯一の悩みは、今まさに彼が真っ白い溜め息を吐きながら独り言ちた通り。こればかりは起き上がって洞窟の外に出てからでないと始まらないのである。進化前なら蓋付きのバケツに排便する手段も通用したが、今季の冬眠開始すぐに試みて文字通りの大惨事を招いた苦い経験から、大小便ともに全て屋外で排泄する方針へ転換していたのだった。
 半年前に食したブラッキーの置き土産のティーセットを気まぐれに引っ張り出し、熱い湯を沸かして数杯も堪能すれば猛烈に催すものだった。神経を一点に集中させ、込み上げる尿意を解き放った彼の下腹部と雪原の間に黄金のアーチが架けられる。
「ふぅぅぅぅ……良い気持ち……!」
 アーチの着地点に穿たれた黄色い大穴を眺めつつ、惚けた表情を浮かべるベロベルト。これぞ真冬の立ち小便の醍醐味。白銀のキャンバスを自分色に染め上げた彼は得も言われぬ征服感に満たされる。
「うぅっ! 寒い……!」
 が、余韻に浸っている暇はなかった。気温は氷点下十度を下回ったところ。たっぷりと脂肪が詰まった胴体は平気だったが、両手足と頭の先端、特に唾液で濡れそぼった長いベロは痺れるほどの冷たさだった。濛々と立ち上る小便臭い湯気に包まれた彼の口から悲痛な叫びが漏れる。
 早く終わらせて暖かい焚き火にあたらないと! 我慢できずに身震いし始めた直後――彼は度肝を抜く出来事に見舞われる。
「あぁ、やっと見つけられた! こんにちは!」
「うわっ、うわわわっ!?」
 他所から足を踏み入れてくる者など滅多に存在しない筈の厳冬期に、いきなり背後から若い女性の声が呼び掛けてきたのである。驚いて飛び上がった拍子に放水の軌道を狂わせてしまうベロベルト。その先にあったのは――寒風に晒されてすっかり冷え切った自身の長いベロだった。
 ビチャッ、ビチャチャチャッ!
 決定的瞬間は否が応でもスローモーションで見えるものだった。空中で無数の水玉となった黄色い液体が次々とベロに衝突して弾け飛ぶ様を網膜に焼き付けてしまうベロベルト。独特の苦しょっぱさが伝わって来たのは次の瞬間だった。
「べべべぇぇぇぇぇっ!?」
 思わず片足立ちになり、垂らしたベロを死に物狂いで振るって生温かい雫を払い落とすベロベルト。それだけでは足りず、降り積もった雪に幾度となくベロを擦り付けた彼は、付着した尿を何とかして全て拭い去ることに成功する。
「あぁ、もう! ばばっちいなぁ! ……って、ごめんよ! オシッコの最中なんだ! ちょっ……ちょっとだけ待ってくれる!?」
 未だ水勢は衰えなかった。アーチの軌道を元に戻したベロベルトは顔を横向けて叫ぶ。
「きゃっ!? こっ、こちらこそごめんなさい!」
 動揺した様子の声の主。視線を感じなくなったのは目を伏せたからに違いなかった。
 この声、どこかで聞いた覚えがあるような? いや、あれはもっと幼い子供の声だったハズ……。あれこれ思考を巡らせながら残りの尿をひり出していくベロベルト。最後の一滴まで絞り終えたところで体の中心を元の場所に仕舞い、紫色になりかけていた舌をクルクルと巻き取って喉奥のベロ袋に納め、黄色い窪みに足元の雪を蹴りかけてカモフラージュしたら後始末は完了。気配からも敵でないことは明らかだった。彼は微笑みを浮かべて回れ右をする。
「やぁ、お待たせ! どちら様……」
 声を失うとはこのことだった。神秘的なまでの美しさにポカンと口を開けて固まってしまうベロベルト。横幅の広い切れ長の青い目、ピンと立った三角耳、ふわふわとした長い冠毛、首周りを覆う小さなたてがみ、スラッと細い三本指の足、豊かな毛に覆われた九本の長い尻尾。振り返った先に立っていたのは――冷気をまとった純白の毛皮に全身を包んだ、世にも珍しい姿格好をしたキュウコンだった。
 まだ進化して間もない個体らしい。どこか幼さの残る愛くるしい顔つきに彼は呆気なく心を奪われてしまう。
「コユキです! ほら、覚えていますか? 半年前に助けてもらったロコンです! お約束通りお礼に上がりました!」
「……あぁっ! あの時の! まさか本当に来てくれるなんて!」
 金鉱探しの最中をオーダイルに見つかって助けを求めて来た二匹のうちの一匹だ。確かもう一匹はリオルだったっけ。そこまで思い出した彼は、お座りの姿勢で弾けんばかりの笑顔を振りまくキュウコンの周りをぐるりと見渡す。
「あれ、もう一匹の子は? 今日は見えないみたいだけど?」
「あぁ、ブルースのことですね! 誘いはしましたが……今日は置いて来ちゃいました! 彼ったら本当に寒がりで!」
 言葉の最後でキュウコンは困り笑いを浮かべる。
「ふむふむ、なるほどね。……ま、こんな季節に外を元気に動き回れるのは君くらいなもんだよ、コユキちゃん」
 君を基準にしちゃうとね。ベロベルトは少し呆れ気味に返す。
「それにしても……よくこの場所を覚えていたね? コユキちゃんったら凄い記憶力だよ」
 感心した様子で腕組みをするベロベルト。片方の前足で口元を隠したキュウコンは少し照れ臭そうににする。
「うふふっ! 実を言うとレナードさんに地図を書いてもらって来たんです! ご存知ですよね? マフォクシーのレナードさんのこと!」
「あっ……そっか。その手があったんだ」
 すっかり忘れていた。彼女とレナードさんは知り合いなのだ。半年前に湖のほとりで焚き火を囲んで談笑した記憶を思い起こすベロベルト。あの後でオイラが二匹の話題に上ることがあり、色々と教わったのだろう。おおよその経緯を察した彼はポンと手を打つ。
「とすると……ひょっとして、今日行くように勧めたのもレナードさん?」
 コクリ! キュウコンは元気よく首を縦に振る。
「そうです! 冬眠中で暇だろうから話し相手になってあげなさいって!」
「あははっ、お節介なんだから! レナードさんらしいよ!」
 両手を腰に当てた彼は大笑いする。
 ゆきがくれ。この時期に行くのをレナードが勧めた本当の理由だった。それを良いことに油断しないよう、特性について知らない彼女には、あえて何も言わないでおいたのだった。
「……ささ! こんな所で立ち話もなんだから上がっていって! いやぁ、本当に良いタイミングで来てくれたよ! お茶している最中だったんだ! すぐにコユキちゃんの分も用意するからね!」
「まぁ、素敵! 是非ともご一緒させてくださいな!」
 岩壁に口を開けた洞窟の方へと手招きするベロベルト。胸の前で両前足を合わせたキュウコンの大きな瞳がキラキラと輝く。
「あ……そうだ。一つ言い忘れてた」
 先導するべく歩きかけた次の瞬間だった。その場で立ち止まった彼はキュウコンの足元を指差してみせる。
「その辺だけど……気を付けた方が良いよ。今朝にお花摘みをしたばかりなんだ。それも結構な量をブリブリッ、とね。……いやぁ、ありゃ立派な三段巻きのウンチだったなぁ。埋めるのが勿体ないくらいだったよ」
「……きゃあっ!?」
 キョトンとした表情で真下の地面を見守っていたのはそれまで。短い悲鳴を上げた彼女は身長の倍近い高さまで飛び上がって後退する。
「そっ……そういう事は先に言ってください! 汚いじゃありませんか!」
 恥ずかしさといったらなかった。顔を真っ赤に染め上げた彼女は後ろ足で何度も地面の雪を蹴る。
「えへへっ、ごめんよ! ついうっかり!」
 片手で頭をかいて舌を出した彼は、くるりと背を向けてキュウコンを案内し始める。
「さぁ、ついて来て! もう何ヶ所かあるから注意してね! 歩くのはオイラの足跡の上だけにしておいた方が良いかも! 当たり前だけど、踏んづけたら臭いよ? あははっ!」
「はっ、はぁい! お……お邪魔しまぁす!」
 小刻みに全身が震えているのは寒さからではなかった。凍り付いた笑顔で返事をした彼女は、抜き足差し足忍び足で地雷原の上を歩いていく。
「……はぁ、怖かった!」
 やがて無事に突破して眉を開くキュウコン。洞窟の真ん前で息を整えた彼女は、前を歩くベロベルトの背中を追って、駆け足で闇の奥へと消えていくのだった。
20/11/08 11:01更新 / こまいぬ
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■作者メッセージ
しばらくぶりです。こまいぬです。

狐の恩返しということで、進化してアローラキュウコンになったコユキちゃんに再登場してもらいました。

とりあえずは、冬眠中のベロベルト君のぐうたらっぷりとコユキちゃんの可愛らしさが伝われば良いだけのシーンです。これから何シーンかコユキちゃんパートが続きますが、一歩ミスればストーリーが台無しになる部分ですので、慎重に書き進めたいところです。

お下劣さは……ここに書くまでもありませんね。もうラストまでこの調子で進むかと思います。ご容赦ください。

今回もお読み頂きありがとうございました。

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