読切小説
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闇のポケモン
"ようやく、生きる意味を見出せたようだな"

………穏やかな夜だった。今日は西の森が荒らされた。何の予兆もなく現れた"それ"には誰も敵わず、最後は破壊と破滅を受け入れた。襲いくる"それ"は、様々な呼び名が付けられた。"破壊神"、"バケモノ"、"闇竜"。だがある日、ソイツは自分からこう名乗った。–ダークルギア–と…。

ルギアと言えば、海の神として知られている。白銀の体と翼を持ち、荒れ狂う海を沈めるために海の底から現れると言われている伝説の存在。それが今は禍々しい紫色に覆われ、邪悪な気を身にまとい、罪のないポケモン達を片端から襲い狂っている。
このままではこの辺一帯が死の荒野と化してしまう。見兼ねたポケモン達に頼まれ、オレ –ゼラオラ– は残されたポケモン達の希望と使命を背負い、ヤツが根城にしているという海辺の洞窟に向かった。

その洞窟は、ヤツが最初に現れた地帯だった。あたりは木々がなぎ倒され、砂浜は歪に波立っている。穴の前に立つなり、胸が詰まった。漏れ出ている邪悪な気が、じわじわとオレの体を撫で回す。身の毛がよだつ。頬がひきつる。
…だが、こんなものたかが空気だ。そもそも身体に影響を及ぼすほどのオーラなんてない。自分の気持ちに押されているだけだ。
そう自分を奮い立たせ、一歩、また一歩と深くへ歩きだした。手の震えが武者震いか恐怖なのかわからないまま。

天井は所々穴が開き、夜の光が洞窟の中をキラキラと照らす。その不釣り合いな光景が、息苦しい空気を一層引き立たせる。奥に進むたび、歩みが緩慢になる。いつの間にか汗が吹き出ていた。じっとりとした、嫌な汗だ。
ふいに、足が止まった。無意識のうちに、歩みを止めていた。居る。このすぐ先に、"ヤツ"が居る。流れている気が、嫌でもそれを物語る。
…意を決して前に進む。進むたびに、あたりは闇に包まれていく。この先は天井に穴がないのだろう。電撃で辺りを照らそうとした時だった。

『やはり来たな。』

…悪魔がいるなら、こんな声をしているのだろう。呼吸が止まる。目を見開く。全身の筋肉が硬直する。毛が逆立っていくのが見えるほど長い時間。そんな時間の錯覚に気をとられている内に、オレの体は電気を身にまとっていた。辺りに閃光が走る。眩い光が、"それ"を映しだしていた。

「……ダークルギア………っっっ‼‼‼」

薄暗くてよく見えないが、紫と灰みの巨体に両翼。赤く光る目。間違いない。オレの、オレ達の仇が現れた。
感覚は研ぎ澄ませていたはずだった。だがヤツはもう、オレの十数メートル先まで迫っていた。

『待っていたぞ…随分長い散歩だったが?』

どすんと鈍い足音を立てながら、一歩、こちらに歩み寄る。オレからすれば、その一歩は5歩にも10歩にも等しい猛進。間合いを取りながら、疑問をぶつける。

「待っていただと…オレが来るとなぜ知っていた」

どすん。
また一歩地面を踏み鳴らす。

『今重要なのはそれか?』

「何…?」

どすん。

『ともあれだ。』

どすん。

『私はキミがくる事を心待ちにしていたのだよ、"ゼラオラ"。』

どすん‼

「なっ…⁈どうしてオレの名を…‼」

ドッ
突然、背中に硬い衝撃が走った。

「っ⁉  かっ、壁…⁉」

『おや、暗がりのせいで退がる道を間違えたようだね…。』

「そっ、そんな筈は…」

どすん。

『逃げ道は無くなったが、どっちにしろ関係ないな。』

どすん…

『今宵、"キミ"はここで死ぬのだから。』

穏やかな洞窟に突風が吹いたかと思うと、天井がガラガラと崩れ落ちた。眩い月光が、ヤツの姿容をハッキリと映し出す。
ガッシリした巨躯に両翼。爛々と深紅に光る目。湿り気のある滅紫の肌は青白い月光に照らされ、てらてらと輝いていた。
…こんな怪物に、勝てるわけがないと思った。だが同時に、なぜか、こうも思った。

なんて、美しいんだろう_____



気がつけば、身体は限界を超えていた。意思に反して、膝が崩れ落ちる。腕を立たせる事さえままならない。

『終いだな。』

どすんっ。
背中を肉厚が襲う。

『単身乗り込んで来たかと思えばこの体たらく…期待外れだな。』

汗臭い足の裏で、全身をありったけ踏みにじられる。今できる精一杯の反撃と言えば、掠れた声を足裏にぶつける程度しかなかった。

「キサマっ…はな……ちっ、が…」

『クク…お忙しいゼラオラ様に代わって代弁してやろうか?』

「な…?」

『"話に聞いていた強さと違う"。』

「っ…⁈」

一言一句違わず、オレの言葉を口にした。まさか、コイツは。まさか。

『"更に言うなら、オレ程の腕なら互角以上に戦えるはずだった"…かな?』

「まさか、キサマ……」

あり得ないと心にしまいこんでいた、最悪の予想が的中した。

『私は心が読めるのだ。相手の奥の奥底までな。』

心が読めれば、戦術も何も関係ない。さらに。

「…オレが来るとわかっていたのも、ポケモン達の心を読んだからか…!」

『ご名答…私が地上で遊び始めてから、皆が求め始めたからな。「ゼラオラがいれば」「ゼラオラなら助けてくれる」とな。私を倒せるとはどんなやつかと心待ちにしていたのだが、このザマとはなぁ…。ま、いつも手加減していたのだが。』

「手加減、だと…?」

『ほんの片時しか遊べぬ玩具などつまらんだろう?ゆえに、長く遊びたいのだ。どんな壊れ方をするのか、じっくり観察する為になぁ…。』

「くっ…外道、め…‼  命が命を弄ぶなどあってはならない…!ましてや、それを壊すなど…っ‼」

立ち上がりたいが、瀕死寸前の体は言う事を聞かない。コイツの足すらろくに退かせそうにない。

『それはお前達の道理だろう?私の常識がお前たちの非常識なだけだ。』

「どこまでも、腐りきってやがる…っ‼」

『私の前では、どんな命でさえゴミクズ同然だ。お前とて例外ではない…。』

体が軽くなったかと思えば、ヤツの翼がオレを掴んでいた。不快なぬめりで覆われた滅紫の指は、獲物を逃すまいとギッチリ包み込む。

『私は特別な存在だ。私なら倒せる。などと意気込んでいたようだが、とんだ思い込みだったようだなぁ。』

「ぐくっ…くぁあっ…‼」

『お前はここで"死ぬ"。他の屑共と同じように、私の力の前に無様に散るのだ。くく…無意味な命だったなぁ、ゼラオラ。悔しかろう?何の役にも立たず、誰にも看取られず果てていくのは。』

「クソ…やめろ…っ‼」

『…だが。』

「…?」

『私はこの世の何者よりも慈悲深い…貴様の無意味な命に使命を与えてやろう。せめてもの救いとして、我が血と肉に変えてやる…‼‼‼』

眼前に、おぞましい光景が広がった。血色の悪い紫ばんだ舌。あちこちにこびりつき、ぬらぬらと気味の悪い光を放つ唾液。底の見えない、どこまでも吸い込まれそうな喉の闇…。
それが、"オレ"の見た最後の光景だった。




何も見えない、ただひたすらに広がる闇。ただこれだけは分かる。粘つく粘液。ぶにょぶにょした地面。絶え間なく入り乱れる、生臭い悪臭。オレは、ヤツに喰われているのだ…。

『クク…黄泉への手向けだ。"生きたまま喰われる"とはどんな物か、じっくり味わえ。』

ヤツの声が頭に響きわたる。テレパシーか何かでも使っているのだろう。
オレは必死で足掻いた。しかし、先の闘いで電気は使い果たした。体力ももう残っていない。這い回るような動きで、絡みつく唾液と舌に抗う。暗闇の中、もう前も後ろもわからない。

『なんだその程度か?これ以上失望させないでくれよ…っ!』

床がすっぽ抜け、固い地面に落下する。ここは顎の上?などと把握する間もなく、上からネバネバの肉塊が叩きつける。

『ほれほれ退かしてみろ。私は力など一切加えておらんぞ?』

オレにそんな力が残っていない事などわかっているはず。それを承知で、コイツは弄んでいる。死にゆく獲物を、飽きるまで。

『フン…なんとか盛り上げてやろうとしたが、興醒めだな。味ももう落ちた。では…。』

舌が器用にすくい上げる。ニオイと唾液がなければ、なんて暖かくて気持ちのいい寝床なのだろう。疲弊した体で呑気に考えている内に、ヤツが鎌首を持ち上げ始めた。

『これでもう逃れる事はできん…。骨1つ余さず、我が肉体の一部に変えてやる。』

足からずるずると滑り落ちていく。肉の沼の底に、なす術なく沈んでいく。

ゴクンッ

強烈な力で、体が引きずり込まれた。息つく暇もなく、そこはもう身動き一つとれない、細長い食道の中。およそ生物が入るよう作られていない狭い肉道に、嚥下運動で無理やり下へ下へと押し込められる。獲物を地獄へ送ろうとする無数の手に招かねているような感覚だ。
肉は無慈悲な程強力に体を抑え込み、ろくな抵抗もできやしない。ゆっくりゆっくり、後戻りできない道の中、着実に胃袋に運ばれているのが嫌でもわかる。ヤツの細長い首の中を、無限に感じられる程長い時間をかけてぐにぐにと沈んでゆく。
呼吸する度に喉が蒸される。ヤツの呼気を吸わされていると認識した途端、肺や胸が焼けるように熱くなった。もうここでいい。地獄は味わい尽くした。ここで果てていい。終わらせてくれ。そんな最後の願いも聞き入れられず、オレは胃の中に落下していた。
ぐちょぐちょと噴門が閉じていく音がした。もう開くことはないだろう。いや、もう開かなくていい。これ以上ここに、誰も来て欲しくない。

『ようこそ…不浄に満ちた我が胃の獄へ。わが邪悪なる気が満ち溢れ、朽ちた贄供の跡がこびりついた素晴らしき処刑室だ。』

頭に胃袋に、ヤツの声が響き渡る。

『名残惜しいが、キサマももうここまでだ…。最後の刻、悠々と過ごすが良い。』

周りが騒めきだした。オレを溶かそうと蠢きだしているのだ。足が持ち上げられた。
生きようとする体は、もがき、叫ぶしかなかった。
発する言語などなかった。出して、助けて、逃して。命乞いは全てアイツの旨味にされてしまう。アイツをうまく騙せるか?それも無理だろう。ヤツは心を読める。私の心の底の底まで見透かして、全てさらけ出し、嘲笑うに違いない。
胃袋に感情などない。それは誰の胃袋も同じ。呑み込まれた物を無慈悲に、容赦なく溶かし潰す、食べ物の処刑人。だがコイツの胃袋はどこか違った。押し潰すのかと思えば、過敏な所を撫で回すようにまさぐったり、急所を何度も締め付けたり、余すとこなく潰し、揉みしだいてくる。
まるで意思があるかのように。消えゆく命を弄ぶのを楽しむかのように。

『ここでしか味わえぬ極上の按摩はどうだ?死にゆく魂へ、私からの細やかな弔いだ。』

「くそっ…やめろ…出せ…」

『口を開かぬ方がいいぞ?蒸した息で喉が焼けてさぞ辛かろうて。』

段々と胃壁の波が激しくなる。もうそろそろ消化されるのだろう。もう完全に諦めかけた時だった。

『しかしただ待つというのも興に欠けるな…。』

胃袋が大きく揺れ、胃が潰れた。寝転がって上から抑えつけているのか、肉のプレス機が押しつぶしてくる。もうここに隙などない。圧。また更に圧。一時の緩みさえ与えてくれない。

『ただ死なれてはつまらん。最後くらい意地を見せてみたらどうだ?ん?』

肉は顔面まで容赦なく押し潰し、口の中にさえ入り込もうとしてくる。息ができない。張り付いた不味い体液をこれでもかと吸わされる。
意識が霞んできた。もう嫌だ。逃げたい。いっそ、何もかも全て壊れてしまえば______


…あれから何日経ったのだろう。
一切の光など許さない肉の牢獄の中で、三度は眠りについた。幾度も胃に潰され、その中にほんの少しの快楽を求めるだけの生活になっていた。肌がピリピリしだしている。もう目を開けるのすら面倒だ。
外の様子は一切わからないが、たまにコイツの体が大きく揺れ動くことがある。またどこかで暴れているのだろう。彼らとの約束を果たせないまま、オレはここで…



またじんわりと目が覚めてきた。暖かくて真っ暗な闇の中。とても気持ちいい。ここはあの世?だがすぐに状況は変わっていない事を思い知らされた。いつ私は溶かされるのだろう。

『今日も目覚めたな。』

ヤツの声が響き渡った。背筋がゾクゾクする。

『私は消化に時間がかかるのでな。少なくともあと七度は日が沈む。ま、キサマにはもう見れる日の目など無いがな。』

もうかける言葉もない。

『それまでの暇潰しだ。今日から話し相手をしてやろう。わざわざ口を開く事はないぞ?お前の心に聞いてそれを読むだけだからな。』

好きにしろ…

『…キサマは何の為に生きてきた?』

何の為…?

『キサマはここで私に負け、そして誰一人救えず死ぬ。今まで小事で人望を稼いできたようだが、大事を果たせぬとくれば、ヤツらは一斉に手のひらを返すだろうな。』

………

『つくづく哀れなヤツだ。誰にも感謝されず、それでも他人の為に生き、その代償が生き地獄とはなぁ…。』



『何のための命だったのだろうな。クズ共の名声を稼ぐためか?己の力を誇示したいがためか?』

違う…

『違う?』

オレは…誰かの助けになりたくて…笑顔になってもらいたくて…

『本当に感謝されていたのか?』

な、に…?

『ヤツらが本当に感謝しているのなら、キサマと共に来るはずだ。キサマがここで1人惨めに死のうとしているのは、ヤツらが都合の良い駒として扱っているからではないのかね?』

何、を…

『助けてやったのに感謝すらされぬ事もあったはずだ。素直なのはソイツらだろう。ヤツらはキサマを表面上敬い、内心便利な奴隷として見下していたのだ。』

そんなこと、は…

『ならばなぜキサマはそこにいる?望んだわけでもないのに。こんな最後は迎えたくなかったのに。』

違う…オレは…

『キサマは捨て駒だ。利用されるだけのな。』

オレは…オレは…っ!

『誰かに従いたかった。』

…?

『キサマは誰かに必要とされたかったのだろう?過ぎた力を持ち、恐れられ、拒絶され…だから誰かに優しく寄り添った。』

なぜ、それ、を…

『だがソイツらに見捨てられ、死がすぐそこにある。そしてキサマは思った。"自分と同等以上の下、存分に力を使いたかった"。』

違う…!

『あんなヤツらの為にではなく、もっと相応しい、強い者の為に戦いたかった。心の奥底に芽吹いた感情を、私が読み取ってやったのだ。』

違う…

『だから生かしてやる。』

っ…!

『キサマに必要なのは優しさや情けなどといった甘ったれたものではない…忠誠と支配だ。』

忠誠…支配…?

『脆い関係を追い続けるのはやめろ。来い…私という絶対の力の元に。』

お前、の…?

『私はキサマが欲しい…力だけでなく、キサマそのものが欲しいのだ。』

オレ、が…?

『その強さ。誰かの為に闘える強さを、私はえらく気に入った。私はお前が欲しい…。お前を誰よりも自由にしてやる。』

オレ、を…

『さあ。この世のどんな苦しみよりも、どんな屈辱よりも辛い痛みを負いながら死ぬか?それとも我が同胞となり、我が膝元で生きるか?選ぶのはキサマの命。選択の刻限は私の気が変わらぬまでだ。』

…胃壁の蠕動が変わった。優しく、疲弊した体を癒すかのような、暖かい抱擁に変わる。まるで麻薬だ。このままここに居たいとさえ思えてくる。憎き仇敵の体内に。生命の終着点に…。

『言葉はいらぬ。ただ一つ、大きく息を吸え。』

息を…?

『それだけで、お前は自由になれる。』

自由に…オレは…ここから…自由に…
大きく息を吸い込む。何度も吸った、蒸し熱い空気。だが、なんだろう。いつもとは違う、この熱さは…

『さて、感じぬか?心の臓から湧き上がるような熱を…。』

…感じる…胸のあたりが、じわじわと燃えるように…

『さて、お前にいくつか質問する。』

…はい…

『お前は自らの意志でここに来たのか?森の者達に頼まれたから来たのか?』

…森のみんなに、頼まれたから…

『ソイツらはここへ助けに来るか?』

…絶対に来ない…

『お前は見捨てられたか?されていないか?』

…見捨てられた…

『ここでお前は死にたいか?死にたくないか?』

…死にたくない…!

『これからは、森の者達の為に力を使うか?使わないか?』

………使わない…

『最後に。私に仕えるか?』

…はい。

その言葉を皮切りに、体が大きく弾けたような気がした。体の底から熱が湧き上がる。どんどん力が漲っていく。そして"オレ"は意識を失った。





…久しぶりの光だ。洞窟に開いた穴から、空が見える。夜がこんなに美しいと思ったのは初めてだ。
体が動く。地に足をつけて立ち上がる。
気がつくと、彼が目の前に立っていた。

『気分はどうだ?』

「…最高です。ダークルギア様」

『ようやく、生きる意味を見出せたようだな。』

「ええ…あなたのおかげです」

『キサマの力がどれほど頼りになるのか、ヤツらに知らしめてやれ。』

「はい」

オレは、来た道を戻る。清々しい、晴れやかな気分で。
19/09/25 19:28更新 / マッチ棒

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