連載小説
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シーン18【汚い描写を含みます】
 ブビィィィィッッ!
「んんっ、臭い……!」
 翌朝――爽やかな目覚めをもたらしたのは湿った屁の音と匂いだった。ビクリと身を跳ねさせると同時に両手で鼻孔を覆った彼は、周囲が明るくなっていることに気が付く。
「ふぁーあ、朝だ……よく寝たなぁ……」
 ムクリと上体を起こして大あくびをするベロベルト。そこで思い出したのは最後に食べた獲物の存在だった。
「そうだ、忘れてた。お腹いっぱい過ぎてベロ袋に詰め込んだんだっけ。朝ごはん代わりにゴックンチョしちゃおうっと!」
 ベロ袋とは喉奥の唾液を溜めておく袋の彼なりの呼び方だった。言うが早いか舌先でリーフィアをほじくり出そうとした彼であったが――
「あれ、いない……?」
 影も形も特有の青臭い風味すらなかった。ベロ袋の内側をなぞり尽くした彼は首を傾げる。
「もう溶けちゃったのかな? まさか逃げ出していたりしないよね……?」
 結論は前者だったが、今まで眠りこけていた彼は知る由もなかった。ベロベルトはキョロキョロと家の中を見回す。
「……まぁいいや、どうせすぐに分かるんだし!」
 ちらと下腹部に視線を落とした彼は意味深な笑みを浮かべる。
 さぁ、今日も頑張ろう! ベロベロと顔中を舐め回して洗面を済ませた彼は、一晩にしてボンレスハムと化した脚を床に突き立てる。
「よいしょ……っと!」
 脂肪と贅肉の塊となっただけに一苦労だった。彼は掛け声と共に立ち上がる。
「さて、と……。まずは朝の儀式だね。せっかくだから借りちゃおうっと!」
 大自然の中でしか花を摘んだ経験がないだけにテンション上がりまくりだった。嗅覚を頼りに目当ての個室を探し出した彼は、意気揚々と扉を開けて中を覗き込む。
「あっ……」
 期待が裏切られるまで一瞬だった。パタリと扉を閉めて個室に背を向けた彼は半笑いになってしまう。
「……うん、無理! こんな可愛いらしいのじゃオイラのは受け止められないよ!」
 恰幅の良い山椒魚の怪獣には小さすぎた。彼は早々に諦めてしまう。
 面倒だが仕方ない。いつも通り外で穴を掘って済ませてしまおう。トボトボと玄関のドアに向かい始めるベロベルト。ふと思い出したのは床板を踏み抜いた時の記憶だった。
「うん? そういえば……」
 穴なら昨晩に開けたではないか。ピタリと足を止めて方向転換した彼は荒れ放題となった食堂に視線を向ける。
「よし、やってみよう」
 ぼそりと呟いた頃には瓦礫の山に分け入っていた。両手と長いベロを総動員した彼は、手あたり次第に邪魔な木片を掴んでは背後に放り投げていく。果たして汗びっしょりとなる頃には、用を足すのに丁度いい大きさの穴が口を開けるのだった。
「後はこれをこうして……と!」
 バラバラになった長机の太い脚を一本、そしてもう一本と穴の上に平行に渡して足場を組んだら出来上がり。ボットン便所の完成だった。
「……ふぅ! さぁて、今日も気合い入れて踏ん張るぞぉ!」
 一汗かけば催すものだった。大蛇を召喚するべく魔法陣の真ん中に屈み込んだ彼は、スーッと鼻から大きく息を吸い込んで、そして――
「ふむぅっ……! んんっ、んんんっ……! んむむむむむむぅっ!」
 ありったけの力を括約筋に込めると同時に呪文を詠唱する。神聖なる朝の儀式の幕開けだった。
 骨の一本まで溶け尽くしたお陰で滑らかさは抜群。丸太小屋の住民達はソフトクリームのように絞り出され始める。
「そぉれ、一家まとめて一本糞だ! ふんぬぅぅぅ……!」
 穴底に着地した大蛇が蜷局を巻き始めるのを見届けた彼は、汗まみれの尻に力を込め直す。この世で最も汚い音を轟かせながら格闘を続けること数十秒あまり。ガスを含む何もかもをひり出し尽くした彼は、六段巻きの艶やかな大蛇の召喚に成功する。
「はぁぁ……気持ち良かった……!」
 リーフィアの繊維質で宿便が一掃されたお陰で爽快感は抜群だった。彼は堪らずベロリと舌を垂らす。
 傍らに落ちていたテーブルナプキンで尻を拭った後は待望の鑑賞タイムだった。腰を落とした姿勢のまま魔法陣から退いた彼は自身の作品と対面する。
「ははぁーん、なるほどね。どんな具合でウンチになって行ったかよく分かるよ。こりゃ興味深いなぁ……」
 ゆっくりとベロ袋の中で溶かされて少しずつ胃袋へ送られて行ったのだ。尾から遠ざかるにつれて深緑を増していく体色からリーフィアの運命を察した彼は大蛇の頭を凝視する。
 逃げられずに済んで良かった! 彼はホッと胸をなで下ろす。
「んおっ、安心したら催しちゃった。もう少し眺めていたかったんだけどなぁ……」
 名残惜しそうに呟きながら腹部の贅肉をまくり上げるベロベルト。狙うは大蛇の頭だった。彼は体の中心を作品に突きつける。
「……悪いけど君達には溶けてなくなってもらうよ。オイラ達の森をボロボロにしてくれたんだ。これくらいの罰は受けてもらわないとね」
 大便にした程度では腹の虫が治まらなかった。冷酷に言い放った彼はグッと体の中心に力を込めていく。
「……っと、いけない! そうだった!」
 すっかり頭から抜け落ちてしまっていた。狐の料理番の話を思い出した彼はギリギリで発射を中断する。
「確か……お巡りさんが踏み込むかもしれないって話だったっけ。それなら君達がどうなったか分かるようにしておかないとね。おまけに……」
 立ち上がった彼は辺りをぐるりと見回す。
「悪い奴らは他にもいるかもしれないんだ。ここが誰の縄張りか知らしめなくちゃ!」
 そのための準備は既に万端だった。回れ右をしてブラブラと歩き始めた彼は我慢していた尿意を迷うことなく解放する。
「ふぅぅ……やっぱり生の獲物を食べた翌朝に出すのは格別だねぇ。なんたって勢いが違うよ」
 板張りの床に向かってジョボジョボと放尿しながら感想を漏らすベロベルト。食堂が終われば台所、お次は居間、最後は玄関だった。あちこちに足を運んではホカホカと湯気立つ黄金色のシャワーを振りまいて回ること数分あまり。彼は一階部分を丸ごと便所に変えてしまう。
「うん、完璧だね! あぁ、スッキリした!」
 これで文字通り用済みだった。最後の一滴を引っ掛け終えた彼は、元あった場所に体の中心を仕舞い、ガチャリと玄関ドアを開けて丸太小屋を後にする。
「んんーっ! 良い天気だ!」
 今日も暑くなりそうだ! 朝日の光を全身に浴びた彼は大きく伸びをする。
「さぁて、収穫の秋までの蓄えもできたことだし……早く帰ってのんびり過ごしちゃおうっと!」
 すっかり厚みを増した腹周りの贅肉を満足そうに舐めるなり、五体と尻尾を胴体に引っ込めてピンク色の大玉となるベロベルト。ブクブクに肥え太っても転がって移動する分には問題なし。前転を繰り返すうちに加速していき――あっという間に森の奥へと消えてしまうのだった。
 時は流れて数時間後。意外にも早く現場を訪れたのは、街の警察が偵察のために派遣したピジョンとオオスバメの二匹だった。どれだけ待っても動きが見られないのを不審に思い、こっそりと天窓から侵入して一階に降りて行った先で発見したのは――大きな、そして大きな産みたてホヤホヤの落とし物。気持ち悪さのあまり盛大に吐きまくった彼らは、捜査も早々に切り上げて、逃げるように飛び帰ってしまうのだった。
 結局、警官隊の投入も見送られることになった丸太小屋は、山椒魚の怪獣に朝一番の濃い小便を掛けられた部分から順々に腐っていき、崩れ落ち、住民もろとも草木に呑み込まれて朽ち果て――やがて森の肥やしになっていったのだった。
20/07/31 09:36更新 / こまいぬ
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