連載小説
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シーン17
「うん、上出来だわ! 美味しそう!」
 エプロン姿のブースターが赤々と燃え盛る暖炉のオーブンから取り出したのは、顔の倍ほどの大きさもあるアップルパイだった。手際よく型から外してケーキクーラーの上に乗せれば、後は常温に冷めるまで待つだけ。宴を彩る最後の料理を作り終えた彼女の顔に安堵の色が浮かぶ。
「さぁ、大急ぎで片付けてしまいましょう。……まったく、あの子ったら、早く来て手伝うって約束しておきながら大遅刻じゃないの。本当なら昼過ぎには終わっていたのに!」
 ぶすっとした表情で玄関を一瞥して、散らかり放題のキッチンへと足早に消えて行くブースター。早朝から休みなく動き回り続けて既に夕焼け小焼け。その恨みは察するに余りあった。
 あれから一週間後、満月の夕べ――。自慢の料理に腕を振るうブースターの姿は見ての通り、二階の寝室で昼寝をするサンダースの姿も、豪勢な料理で埋め尽くされた食堂の長机に横一列で並んで食前の酒を酌み交わすシャワーズ、リーフィア、グレイシア、そしてニンフィアの姿も然り。森の奥深くにひっそりと佇む丸太小屋の内側に広がっていたのは、狐の料理番が予見したのと寸分も違わぬ光景だった。
 酒の勢いを借りながら延々と喋り続ける食堂の四匹。脚付きグラスに赤紫色の液体を注ぎ終えたリーフィアが質問を投げ掛ける。
「……時に兄弟。商売の調子はどうだ? 上手くやっているか?」
 ニンフィア、シャワーズを挟んだ向こう側に腰掛けていたグレイシアの口から笑い声が漏れる。
「最高だよ、兄貴。こんなボロい商売ったらありゃしねぇ! 街に逃れて来た野生の奴らに住む場所を恵んでやろうって話になったもんだから、空前の建設ラッシュでなぁ。飛ぶように売れて行くぜ。どうやって採って来ようが木材になっちまえば一緒なんだ。口に入る物でもねぇから産地なんて誰も気にしやしねぇ。チョロいもんよ!」
 抱き寄せたシャワーズの耳のヒレを撫でながらグラス片手に豪語するグレイシア。最後の言葉に引っかかるものを感じたリーフィアは声を低くする。
「……その件だが兄弟。俺達について色々と嗅ぎ回っている奴がいると聞いた。本当なのか?」
「あぁ、例のブン屋か」
 問い詰めるような調子で尋ねるリーフィア。グレイシアは涼しげな顔でグラスの中身を飲み干す。
「それなら終わった話だ。店の中を案内してくれって言うもんだから、お望み通り招き入れてカチンコチンに凍らせてやったぜ。すぐに粉砕して便所に流しちまったから足の付きようもねぇ。今頃は下水道でベトベター共と仲良く……って、痛ぇ!?」
 ペチリ。グラスを持ったままの前足を頬にあてがうグレイシア。腕の中のシャワーズがビンタを見舞ったのだった。
「もぅ、ダーリンったら汚いでしょ! ……はぁい! 粗相、粗相っと!」
 既に酔っ払っているらしい。緑色のボトルを携えて待ち構えていたシャワーズは、差し出されたグラスに意気揚々と赤紫色の液体を注ぎ始める。
「ははっ、すまねぇ。食事前にする話じゃなかったな……って、馬鹿! 入れ過ぎだ!」
 なみなみと注いで怒られるも知らん顔だった。彼女は意地悪な表情を浮かべてみせる。
「えぇーっ!? 何それ、これっぽっちも飲めないの!? ……ふふっ! その程度じゃアタシの旦那は務まりそうにないわねぇ!」
 前足を口元に当てながら嘲笑するシャワーズ。グレイシアは渋々といった感じでグラスを口に運ぶ。
「ったく、面倒臭ぇなぁ。……分かったよ。お前のお酌だ。飲み干してやらぁ!」
 最高級のヴィンテージも彼らには安酒に過ぎなかった。一口、二口、そして三口。一気に喉奥に流し込み、空のグラスを勢い良くテーブルに置けば拍手喝采が巻き起こる。
「……とまぁ、そういうワケだから心配は要らねぇ。にしても本当、災害サマサマだぜ。臭ぇ奴らに街を汚されるのが癪でならねぇが、これも立派なビジネスチャンスだ。稼げるだけ稼いでやるぜ」
 歪んだ商魂と共に差別意識を剥き出しにするグレイシア。悲しきかな。そんな感情を抱く街の住民は少なくないのが現実だった。
「そう言う兄貴の方はどうなんだ? さっき言った通りの状況なんだから、じゃんじゃん切り倒して、どんどん運んで来てくれなきゃ困るぜ? まさか森の連中に邪魔されていたりしないだろうな?」
 疑いの眼差しを向けるグレイシア。赤ら顔を横目で見やったリーフィアは澄ました表情でグラスを傾ける。
「その連中なら奴に一掃された後だ。知らなかったのか?」
「奴……? おっ、おい兄貴。奴ってまさか……!」
 身を乗り出すグレイシア。グラスの中身を更に一口含んだリーフィアは静かに首を縦に振るう。
「そう、例の指名手配犯だ。この森に潜伏しているのさ。何度か現場を目にする機会があったが……実に素晴らしい暴れっぷりだったよ。もう俺達の邪魔になるような奴らは生き残っていないだろうな」
「へっ、へへへっ! マジかよ、あのオーダイルか……!」
 笑いが止まらなかった。視線を宙に泳がせたグレイシアは手配書の似顔絵を思い出す。
「その通り。お陰様で随分と仕事が捗るようになったよ。これから段階的に増産する予定だから覚悟しておいてくれ」
 敏感に反応したのはニンフィアとシャワーズだった。グラス片手に肩を寄せ合った二匹は内緒話を始める。
「……今の聞いた? 増産ですって。また儲かっちゃうみたいよ、私達!」
「聞いたけど……それはそれで困るわね。これ以上も贅沢したら太っちゃうわ!」
 嬉しい悲鳴を上げるシャワーズ。そんな彼女をニンフィアは鼻で笑い飛ばす。
「安心なさい、もう手遅れだから。こんな三段腹した子が言って良い台詞じゃないわ」
 リボン状の触角を相手の胴体に巻き付けるニンフィア。体毛のない体だけあって贅沢の成果は隠しようがなかった。たちまちシャワーズは顔を赤くする。
「そっ……そう言う姉さんだって。ダイエットするって言っておきながら何も変わっていないじゃないの。手遅れなのはそっちの方でしょう?」
 図星だった。ニンフィアは両前足を頬に当てる。
「あらやだ、バレちゃった!? そりゃあ、気を付けてはいるんだけど……ねぇ?」
「ホントそれよねぇ。はぁ……どうしましょうかしら、このお腹。これじゃ母さんと良い勝負だわ……」
 ブクブクに肥え太った体を目の前に出るのは溜め息ばかり。酒池肉林の日々こそ諸悪の根源だったが、華美な生活の虜となった二匹の頭に、それを自制できるだけの理性は既に残されていなかった。
 その後も注いでは飲みを繰り返す四匹。遂に手酌を始めたグレイシアが不満そうな声を上げる。
「……にしてもよぉ。いつになったら来やがるんだ、あの二匹。もう日が暮れちまうぞ?」
 西向きの窓に目を向ければオレンジ色の夕日が射し込んでいた。四匹の視線が二つの空席に集中する。
「まったくだ。あのルアルとか言うブラッキー……相当な世間知らずと見えるな。こんな大切な日に大遅刻とは良い度胸だ」
 爪先で板張りの床を小刻みに叩くリーフィア。滅多な事では怒らない彼も流石に苛立ちを隠せなかった。
「サーニャもサーニャよ。相変わらず何もかもトロいんだから。遅いのは結婚だけにしておいて欲しいものだわ!」
「……ぷぷっ! ちょっと、姉さん! それは言い過ぎよ!」
 フェアリータイプらしからぬ毒舌に吹き出し笑いを禁じ得ないシャワーズ。相手が目の前にいないだけに言いたい放題だった。
 俺も後に続いてやろう。妙な対抗意識を燃やしたグレイシアが口を開く。
「なぁおい、例の指名手配犯だけどよぉ。別に俺達の味方ってワケでもねぇんだろ? へへっ、ひょっとして二匹まとめて食い殺されてんじゃねぇのか!? ばったり道中で出会っちまって……グワァァァァーッ!」
 牙を剥き出しにし、両前足を大きく広げてシャワーズに迫るグレイシア。まさに絶対零度だった。場の雰囲気が一瞬にして凍り付く。
「という具合になぁ! ギャハハハッ! ……って、あれ? どうしたよ、お前ら? ここ笑うとこだぜ?」
 反応の鈍さに狼狽するグレイシア。三匹が浮かべていた表情は言うに及ばなかった。
「こらこら、縁起でもないこと言わないの! ……はい、お待ちどおさま!」
 絶妙なタイミングで氷を溶かしたのは、アップルパイを運んで来たブースターの一言だった。食卓の上に置かれるなり四匹は異口同音に歓声を上げる。
「うおぉっ!? すっ、凄ぇ……! これ……お義母さんが一匹で作ったのか!?」
「当たり前でしょう!? 母さんが作るアップルパイは世界一なんだから!」
 アップルパイを指差しながら興奮気味に尋ねるグレイシア。ブースターより先に口を開いたのはシャワーズだった。
「もぅ、この子ったら……。買いかぶり過ぎよ」
 娘の言葉に赤い顔を一層に赤くするブースター。食卓に全ての料理が出揃ったことを再確認した彼女は重い口を開く。
「ルアル君とサーニャがまだだけど……いつまで待っていても仕方ないものね。そういうことだから先に始めちゃいましょう! ……あなた達、父さんを起こして来てちょうだい!」
 ニンフィアとシャワーズは一様に不満そうな表情を浮かべる。
「えぇーっ!? それは母さんがやってよ! 私達が起こしに行ったら決まって不機嫌そうにするじゃないの、あのチクチク親父!」
 チクチク親父とはサンダースの事に他ならなかった。ニンフィアの言葉にシャワーズは何度も頷いてみせる。
「仕方ないわねぇ。分かったわよ。私が行って来るわ」
 コンコンッ。
 嫌々ながらブースターが二階に向かおうとした次の瞬間だった。玄関のドアをノックする音がフロア中に響き渡る。真っ先に足が動いたのはブースターだった。
「……来た、来た! 心配かけるだけかけさせておいて!」
 文句の一つや二つ言ってやろう。駆け足で玄関に向かうブースター。扉の前に立ってノブを回し――勢い良く押し開けると同時に胸の内をぶちまける。
「もぉ、遅かったじゃないの! いったい今まで何をして……って、えっ?」
 言葉の途中で硬直してしまうブースター。思い浮かべた相手と共通点があるとすれば、桃色の体をしているということ一つだけ。玄関の前に立っていたのは――見るからに汚らしい身なりをしたベロベルトだった。
「やぁ、こんばんは!」
 顔いっぱいに笑みを浮かべて片手を上げてみせるベロベルト。まるで長年の友達のような気さくな挨拶だった。
「どっ、どちら様……ですか?」
 見上げるほどの巨体を前に身を縮めるばかりだった。今にも消え入りそうな声で尋ねるブースター。一歩前に踏み出して来たベロベルトの影が彼女の全身を覆い尽くす。
「うっ……!」
 前足で鼻を覆うブースター。汗まみれ、おまけに垢まみれ。およそ清潔とは程遠い存在であることは火を見るよりも明らかだった。
「もーっ、嫌だなぁ! ベロベルトだよ! 見りゃ分かるでしょ!?」
「えっと、あの……」
 そういう趣旨で聞いたのではないのだが……。手を頭の後ろに回して大笑いするベロベルトの前でオロオロするばかりのブースター。彼女の中で一つの疑問が急速に膨らみ始める。
 いったい誰が呼んだのだろう? 思いたくない気持ちは山々だったが、部外者の侵入を一度も許したことのない秘密の場所だけに、考えられる線は一つしかなかった。背後を振り返った彼女は食卓に不審の目を向ける。そんなブースターの視線から逃れるかの如く、それまで呆気に取られた様子で玄関を見つめていた四匹は一斉に顔を見合わせる。
「……兄弟。正直に言え。今なら許してやらんでもないぞ?」
「おいおい。冗談きついぜ、兄貴。あんな汚ねぇ浮浪者なんざ誰が呼ぶかよ」
 食い気味に返すグレイシア。最後に鼻で笑った彼は軽蔑に満ちた視線をベロベルトに突き刺す。
「……誰、アイツ? もしかして姉さんの知り合い?」
「知るワケないでしょ、あんな奴。ていうか……アンタ、それどういう意味? あんなキモいデブと私が知り合いとかケンカ売ってんの? ……あぁ!? 何とか答えなさいよ!」
 耳打ちしてきた相手の首を般若の形相で締めにかかるニンフィア。シャワーズの顔がみるみるうちに青ざめて行く。
「ち……ちがっ……! 姉さん、そういうつもりで言ったんじゃ……!」
 首に巻き付いた触角を引き剥がしながらシャワーズは必死に否定する。
 もういい、追い返してしまおう。どの道こんなギャロップの骨を家に上げる訳に行かないのである。不毛な議論に業を煮やしたブースターは険しい表情で前を向く。
「まぁ、こんな所で立ち話もなんだし入るよ! ……お邪魔しまぁす!」
「……ぶっ!?」
 何とも間の悪いタイミングだった。避ける間もなくベロベルトの太鼓腹に顔面を埋めてしまうブースター。そのまま仰向けに押し倒され、危うく大きな足で踏み潰される寸前で股の間をくぐり抜ける。一目散に向かった場所は言うまでもなかった。四匹の間に戦慄が走る。
「……げっ、こっち来やがった! おっ、おい! 誰か止めに行けっての!」
「ちょっとぉ! アンタ達どうにかしなさいよ!」
 うかつに近寄ると唾液でベトベトにされてしまう――。相手が相手だけに早くも及び腰だった。損な役回りを周囲に押し付けようとするニンフィアとグレイシア。闖入者を顎でしゃくったリーフィアがグレイシアに目配せする。
「兄弟、あの馬鹿を叩き出せ! 今すぐだ!」
「そっ、そうよ! ダーリンの格好良いトコ見せてちょうだい!」
 その気持ちは残る二匹も同じだった。明らかな作り笑いを浮かべてグレイシアに擦り寄るシャワーズ。両前足でバツ印を作ったグレイシアは必死の形相で首を左右に振るう。
「嫌だっつうの! 触れたくもねぇよ、あんなバイ菌! 変なビョーキでも持ってたら取り返し付かねぇだろうが!」
 反対するついでにボロクソに貶すグレイシア。社会の病原菌である自分達のことなど棚に上げたかのような発言だった。
「うわぁ! 美味しそう!」
 そうこうしている内に接近を許してしまう四匹。テーブルを挟んだ向こう側に陣取ったベロベルトは目を輝かせる。
「ひぃ、ふぅ、みぃ……あぁ、ダメダメ! 多すぎて数えてられないよ! うーん、どの順番で食べようかなぁ?」
 ゴミを見る眼差しを向ける四匹の存在など気にも留めない様子だった。腕組みをした彼は史上最大の難問に脳ミソを絞り始める。
「……はぁ? 何なのコイツ? アタシらのこと舐めてんの?」
 不遜な態度にも程があった。こめかみに血管を浮き上がらせるニンフィア。怒りのボルテージが頂点に達した彼女は力任せに机を殴打して立ち上がる。
「食べて良いワケないでしょうが、このクソデブ! ……だいたい何よ!? 誰の断りもなく勝手に上がり込んで来てからに! アンタ自分が何してるか分かってんの!?」
「ばっ、馬鹿! 下手に刺激するんじゃない! ここで暴れられたらどうする!?」
 前足で指し示しながら舌鋒鋭く糾弾するニンフィア。冷静を求めるリーフィアの声も女性陣には届かなかった。続いてシャワーズが立ち上がる。
「そうよ、そうよ! ここはアンタみたいな礼儀知らずが気安く足を踏み入れて良いような場所じゃないの! 痛い目に遭いたくなかったらさっさと出て行きなさい!」
 威勢よく啖呵を切るシャワーズ。ベロベルトが無茶苦茶に頭を掻きむしり始めたのは次の瞬間だった。
 少しは効果があったらしい。ニヤリと笑みを浮かべた二匹であったが――
「あーっ、面倒臭い! どうせ胃袋に入ったら一緒なんだ! 順番なんてどうでもいいや!」
 期待は一瞬で粉砕される。眼中にあったのは食卓の御馳走のみ。そもそも耳に入ってすらいないのだった。
 さぁ、お腹いっぱい食べるぞ! 一週間前から何も食べずに備えていた甲斐あって食欲全開だった。溜まりに溜まった唾液をゴクンと飲み下し、垂れていた涎を腕で拭い去り、そして――
「いっただっきまぁぁす!」
 食前の挨拶を述べ終えると同時にベロを伸ばす。ギュッと鷲掴み、グルグル巻き、ベロリと一舐め。料理に合わせて器用に使い分けながら、目にも留まらぬ速さで次々と口の中へ引きずり込んで行く。
 うねり狂う巨大なベロ、飛び散る大量の唾液。下品の限りを極めた晩餐会の幕開けだった。
「きゃぁぁぁぁぁっ!」
「ひぃぃぃぃぃっ!?」
 さっきまでの威勢はどこへやら。あまりの気持ち悪さに悲鳴を上げる女性陣。
「うわぁぁぁぁぁぁっ! やめろぉぉぉぉっ!」
「こっ、こいつを取り押さえろ! 誰か早く!」
 そして相変わらず口だけの男性陣。これでは自由に食べて良いと言っているようなものだった。
「んんーっ! おーいしぃ!」
 どんな物も溶かす成分がたっぷりと含まれた唾液にかかれば咀嚼する必要もなかった。瞬く間に粗方の料理を平らげたベロベルトは口の中を幸せな味でいっぱいにする。
 このまま食べ尽くしちゃえ! 後は付け合わせが残るのみとなった大皿を綺麗にするだけだった。千切り野菜の一切れはおろか、ソースの一滴に至るまで舐め尽くした彼は、大食いぶりを見せつけるかの如く、唾液でベトベトになった大皿を山のように積み重ねていく。
「あ……あぁ……!」
 弾き飛ばされた衝撃で腰を痛めてしまい、必死に床を這いずって止めに向かうも時すでに遅し。両目いっぱいに涙を溜めたブースターは届かない背中に前足を伸ばす。
 かれこれ一ヶ月かけて最高の食材を取り揃え、腕によりを掛けて真心込めて作り上げた御馳走が一瞬で水の泡――。さながら脳天に金ダライを落とされたかのようなショックだった。
「わ……私の……お料……理……」
 バタリとうつ伏せに倒れるブースター。直後にブクブクと大量の泡を吐いた彼女は白目を剥いて伸びてしまうのだった。
「……ふぅ! 最高の前菜をありがとう! ごちそうさまでした!」
 最後の一皿を舐り終え、カシャリと山の頂に置いたベロベルトは正面に向かってペコリと頭を下げる。残ったのはデザートのアップルパイが載せられた一皿だけだった。
 さぁ、お次はメインディッシュだ! 少し食べて余計に腹を空かしてしまった彼は大好物の肉料理に両手を伸ばす。テーブルに身を乗り出した彼が迷うことなく選んだのは――シャワーズ、そしてニンフィアの二匹だった。
「はっ……?」
「へっ……?」
 訳も分からぬまま首根っこを押さえられ、満面の笑みを浮かべるベロベルトの目の前まで持ち上げられる二匹。舌なめずりをしたかと思った次の瞬間――
「ベロォォォォォン!」
 食べカスだらけの巨大な舌で思い切り舐め上げられる。
「んんんんんんっ!?」
「むむむむむむぅ!?」
 つま先から顔面まで厚ぼったいベロにめり込まされ、くぐもった声でハーモニーを奏でる二匹。痺れさせる成分の濃度は進化前の比ではなかった。バケツ一杯分もの唾液を塗りたくられた二匹はたちまち雷に打たれたような感覚に襲われる。臭い、汚い、そして気持ち悪い。あまりにショッキングすぎる一撃だったことも相まって、背骨が砕ける寸前まで上体を仰け反らせて全身を痙攣させた二匹は呆気なく目を回してしまうのだった。
 うーん、どっちの子も美味しそうだ! 若い雌の成獣だけあって肉質の柔らかさは折り紙付きだった。味見を終えた彼は期待に胸を膨らませる。これだけ距離が近ければ舌を使うまでもなかった。糸引くベロを巻き取って喉奥に仕舞い、後で食べる予定のニンフィアをぽいと真上に放り投げ――バクンッ! マルノームにも負けず劣らずの大口でシャワーズの頭にしゃぶり付く。
 ズルルッ! ズルズルズズズッ! チュルルンッ!
 さながら麺料理を楽しむように尾鰭の先端まで啜り取り、天井を仰いで文字通り鵜呑みにする。体毛のないツルツルの体は喉越し抜群。ヌルリと食道を滑り降りて胃袋の底に落っことされ――早くも消化され尽くして雑炊と化していた御馳走とグチャグチャに混ぜ合わされる。
 食べ終える頃にはニンフィアが目の前に迫っていた。顔にぶつける寸前でベロを絡めた彼は、粘っこい唾液で溢れ返る大口の中へ落下の勢いそのままに引きずり込む。歯の一本もない柔らかな口腔でモグモグと咀嚼すること数回あまり。全身の隅々まで唾液が染み渡ったのを感じ取ったところで――ゴックン! 先客のシャワーズを上から押し潰す形で胃袋に放り込み、仲良く雑炊の底へと沈めてしまうのだった。
「お……おっ、おわぁぁぁぁぁっ!?」
「ひっ……ひぎゃぁぁぁぁぁっ!?」
 いきなり目の前で最愛の妻が丸呑みにされる――。究極の衝撃と恐怖だった。椅子ごと後ろにひっくり返ったリーフィアとグレイシアは心の底から絶叫する。
 派手な物音と叫び声で不本意にも存在を猛アピールしてしまった二匹だったが、ふくよかな肉付きの雌に比べて肉質の硬い雄は二の次だった。くるりと回れ右をして二匹に背を向けたベロベルトは残る雌の一匹、床に倒れ伏したままピクリとも動かないブースターに注目する。
「んべぇっ!」
 彼にとっては進化前でも十分に届く距離に過ぎなかった。さながら手のように変形させたベロを伸ばして器用にブースターを摘み上げ――大きく宙返りさせて舌先ごと口で受け止める。
「……はふっ! アチッ、アチチッ!」
 気絶しているとは言え流石は炎タイプ。熱い食べ物にはめっぽう強い彼も火傷するほどの温度だった。口を全開にしたまま吐き出さずに耐えるのがやっとのベロベルト。このままでは呑み込むことはおろか、咀嚼して唾液に塗れさせることすら難しかった。
 確か料理の他にも色々と載せられてあったハズ。何か使えそうな物はないだろうか? そう思って食卓の方を向き直った彼であったが、果たして予想は的中だった。恐らくは目の前で腰を抜かしているグレイシアが準備したのだろう。彼は氷水で満たされたガラス製のウォーターピッチャーを花瓶の近くに発見する。
 濃い味付けの料理で渇いてしまった喉を潤すためにも、手に取らないではいられなかった。持ち上げて逆さにして最後の一滴まで口の中に注ぎ込んだら万事解決。瞬く間にぬるま湯と化して先程の二匹と変わりない体温となる。
 喉元過ぎればなんとやら。今の内に食べてしまわない手はなかった。ぬるま湯を飲み干して渇きを癒した彼は、ベロの上でブースターを転がし始める。喉奥の袋をギュッと絞り、ドップリと口内に唾液を溢れさせれば、毛深くて呑み込みにくい相手もイチコロだった。程なくして彼はブースターをヌルネバの粘液の塊にしてしまう。
 加齢で緩んだ締まりのない身体が残念でならなかったが、それを補って余りあるボリュームだった。喉を鳴らして呑み込んで、ドプンッと胃袋に収めた彼は今日一番の満足感に体を震わせる。
 とは言え、まだまだ腹六分目。ほんの数日前まで一匹も食べれば大満腹だった獲物も今ではフィンガーフード感覚だった。立派に成長した自身の胃袋に感謝しつつ、空になったウォーターピッチャーをドンと机の上に置いた彼は、今日で何度目になるか分からない舌なめずりをしながらリーフィアとグレイシアに向かい合う。
 さぁ、何はともあれ自己紹介から始めよう! ニッコリと二匹に微笑み掛けた彼は朗らかな口調で話し始める。
「やぁ、お待たせ! ほったらかしにしてごめんよ! オイラはベロベルト! この森に住んでいるのさ! このところ食べるものが足りなくて困っていてね! たくさんの御馳走を作って宴会を開くって聞いたものだから食べに来たんだ! ……君達もろともね!」
 ベロベルトは不敵な笑みを浮かべてみせる。
「ひ……ひぃ……!」
 へたり込んだまま後ずさりしながら声にならない悲鳴を漏らすグレイシア。前菜――その言葉の意味を遂に理解した彼は、氷タイプながら体の震えが止まらなくなってしまう。
 これがベロリンガの時なら目の色を変えて襲い掛かって来たことだろう! やっぱり進化の力は偉大だ! 今にも失禁しそうな表情で恐れ戦く二匹の模様を得意げに眺めつつ、彼は心の中でエヘンと胸を張る。
「……もぉ! そんなに怖がらなくても大丈夫だってば! しっかり舐め回して痺れさせた後で食べるから痛くも怖くもないよ! むしろ柔らかくって気持ち良いくらいかも! だからリラックスしてオイラ自慢の舌技を堪能して欲しいな! ちょっぴり臭いのは我慢してね! あははっ!」
 そう付け加えたベロベルトは大笑いする。
 乱暴な雰囲気はなかったが、絶体絶命の状況に変わりなかった。戦うべきか逃げるべきか――。究極の選択を迫られる二匹。奥の階段から雷鳴のような怒号が轟いたのは次の瞬間だった。
「さっきから何の騒ぎだ、騒々しい! うるさくて昼寝もできやせん!」
 踊り場を曲がって三匹の前に姿を現したのは――家の主であるサンダースだった。途端に見ず知らずの相手と鉢合わせる形となった彼は目を点にしてポカンと口を開ける。それが最も避けるべき行為であるとも知らずに。
「あっ、こんばんは! お邪魔してまぁす!」
 予定変更だ! 先に食べちゃおう! 大きく手を振って挨拶したベロベルトはリーフィアとグレイシアの顔を交互に見やる。
「そうそう! 一つ言い忘れていたよ! もしオイラから逃げようとしたら……!」
 含みを持たせて言ったベロベルトが取り始めたのは例のポーズだった。両手を挙げて前屈みになり、前方の一点を見据えて口を半開きにし、少し顎を引いてタメを作り――
「ベロォォォォォン!」
 間の抜けた掛け声と共にベロを発射する。狙うはサンダースの口の奥。矢のような勢いで二匹の間を突っ切り、そのまま一直線に飛んで行って、そして――ジュブブブブッ! 訳も分からぬまま立ち竦んでいたサンダースの口の中にねじ込まれる。
「がっ……ごがぁっ……!?」
 こうなったら逃げ道はなかった。グチュグチュと螺旋を描く舌先で口内を舐め尽くされたかと思う間もなく喉奥を犯される。噛みちぎろうと鋭い牙を突き立てるも、その効果は一週間前にブラッキーが証明した通り。傷一つ負わせることもできないまま、あっという間に食道の奥深くまでズルリと挿入されてしまうのだった。
 両頬と喉をパンパンに膨らませつつ、血走った目に大粒の涙を浮かべるサンダース。爪を剥き出しにした両前足で舌に掴み掛かったのが運の尽き。前足から隙間なく唾液塗れのベロを絡められ、グルグル巻きのミイラにされてしまう。
 唾液の麻痺成分は電気タイプにも効果抜群。たちまち彼の全身を脳天から股間まで縦真っ二つにされたような衝撃が駆け抜ける。邪魔な商売敵、一家の野望を阻止すべく立ちはだかった者達――。全て黒焦げの消し炭に変えて来た彼は、反り返った全身をビクビクと痙攣させながら、その一生の最期に彼らの気持ちを思い知るのだった。
 危なげなく四匹目。今回の獲物は見せしめだった。伸ばした時と遜色ない速さでベロを引っ込めて唾液のプールに沈めた彼は、ひと噛みもすることなくサンダースを喉の膨らみにしてしまう。
 ほぉら、この通り! 両顎を開いてベロを垂らした彼は、シャワーズを除く三匹の抜け毛がへばりつくのみとなった口の中を披露する。一層に口を大きく開けて喉を波打たせた次の瞬間――
「グェェェェッップ!」
 胃袋の中でアイスクリームのように溶けゆく獲物達の体臭と彼の口臭とが凝縮されたゲップがリーフィアの顔面に見舞われる。
「あぁぁぁぁっ!? くっ……臭いぃぃぃっ!?」
 草タイプに毒タイプの技は効果抜群。紫色の煙に包まれた途端に両前足で鼻孔を覆ったリーフィアは床の上を転げ回り始める。嘔吐きに嘔吐きまくる相手を指差しながら爆笑すること十秒あまり。ようやく笑い止んだベロベルトは二匹に向かって口を開く。
「こんな具合に速攻で食べられちゃうから気を付けてね! もっとも、君達が望むのなら……」
「兄貴、しっかりしろ! 二階だ! 急げ!」
 相手が悠長に喋っている今しかなかった。何とかして足腰を立たせたグレイシアは隣のリーフィアに呼び掛けると同時に立ち上がり、部屋の奥の階段を目指して全速力で駆け始める。それから数秒後にはリーフィアもふらつく足取りながら、グレイシアの後を必死に追い始めるのだった。
「もーっ! まだ話の途中なのに! それも言ったそばから逃げ出すなんてあんまりじゃないか!」
 そっちがその気ならオイラはこうするまでだ! 階上に消えていく二匹に怒り心頭で叫んだ彼は先程と同じポーズを取り、そして――
「逃がさないんだなぁ! ベロォォォォォン!」
 先程と同じ掛け声と共にベロを伸ばす。狐の料理番に家全体を透視して見せてもらっていたお陰で間取りの把握はバッチリだった。踊り場を曲がって階段を登り切ったら、後は廊下をまっすぐに突き進むだけ。後ろを走っていたリーフィアを追い越し、グレイシアの背中に追い付いた途端――舌先で力いっぱい鷲掴みにする。
 グチャッ。
 よりによって掴んでしまったのは後ろ脚の付け根の部分だった。雄としての機能を喪失したグレイシアの断末魔が家中に響き渡る。
「あれ? 何だか変な感触があったような……?」
 独特の感覚はベロベルトにも確と伝わっていた。思わず首を傾げる彼であったが……
「まぁいいや! 早いとこ食べちゃおうっと!」
 その疑問は獲物を手に入れた喜びにかき消される。両前足を股間にあてがいながら悶絶するグレイシアに手当たり次第、もとい舌当たり次第にベロを巻き付けたら、後は引き戻すだけ。それまでの道のりを見事に逆走して行った彼は、ベロの持ち主の口に難なく収められるのだった。
「んんっ……! ちべたいっ!」
 暑い夏には最高の獲物だった。頭がキーンとする感覚に歓声を上げたベロベルトは両手を額に持っていく。
「あーあ、楽しみにしていただけに残念だよ。君はベロの上で溶けてなくなるまで舐め回してあげるつもりだったんだけどなぁ……」
 名残は尽きなかったが、約束破りを許す訳にはいかなかった。恨み節を吐きながら口を上向けた彼は、力強く嚥下して五匹目の獲物を胃袋の中へとねじり込む。
「うぅっぷ! ダメだ、もう食べられない……!」
 サンダースを食べ終えた直後から嫌な予感はしていたが、やはり限界だった。いっぱいに両頬を膨らませ、破裂寸前の風船のように膨れ上がった腹を両手で抱え込んだ彼は、大きな見込み違いをしていたことに気付かされる。
 こんな事なら彼女も誘えば良かったな。独り占めするからバチが当たったのだ。ジャローダの顔を思い浮かべた彼は、今日の話を秘密にしたことを今更ながら後悔するのだった。
「うーん、美味しいものは別腹って言うけどねぇ?」
 料理の一皿ならまだしも、三十キロ近い肉塊が相手なら話は別だった。縦にも横にも伸び切った腹部の黄色い三本線に視線を落とした彼は苦笑いを浮かべる。が、それも束の間――
「……って、あぁっ! その手があった!」
 直後に閃いたベロベルトはポンと両手を打ち鳴らす。
 次に食べる獲物は胃袋ではなく、喉奥の唾液を溜めておく袋に収めてしまえば良いのだ。あれだけ長いベロを仕舞っておけるのである。獲物の一匹くらい入っても不思議ではなかった。
「よぉし、やってみよう!」
 思い立ったら即行動だった。すりおろしたチーズが香り立つ濃厚なドレッシングソースで満たされたボウル、ラッキーの卵で作られた温泉卵をそれぞれ片手に持った彼は、リーフィアを半熟卵のシーザーサラダにするべく二階へと赴く。
「ひぃっ、ふぅっ、はぁっ……!」
 一瞬にして百キロ以上も太ってしまったのである。たった十数段の階段も今の彼には果樹園のある裏山と変わりなかった。手すりに上体を預けつつ、床板をミシミシと軋ませながら千鳥足で登っていくベロベルト。二階の廊下に辿り着く頃には汗びっしょりだった。
「くんくん……おっ、ここかな?」
 ツンと来る青臭い匂いのお陰で丸分かりだった。鼻をヒクつかせながら廊下を渡り切った彼は最奥の部屋の扉のノブに舌を掛ける。
 ガチャリ。
「……おっと、鍵が掛かっているよ。そういうことなら合鍵を用意しなくちゃね」
 想定内の展開だった。そのままベロでドアノブを包み込んで――バキィッ! グレイシアの金的を粉砕したのと同じ要領で錠前ごと破壊し、部屋の中へと侵入する。
「あっ! みーつけた!」
 恐らくは来客用の空間なのだろう。四台のベッドが並ぶだけの殺風景な部屋だった。その中央にリーフィアの姿を確認した彼は声を弾ませる。
「させないよーだ! ベロォォォォォン!」
 まさに間一髪のタイミング。そのリーフィアはといえば、長さ二メートル近い開閉棒を両前足に、屋根裏へと続く階段が収納されてある天井の扉のフックを外しかけている最中だった。両手に物を持ったまま例のポーズを決めた彼は即座にベロを伸ばす。
「あぁっ!」
 ビクリと体を震わせ、すっかり青くなった顔をベロベルトに向けるリーフィア。最後の希望は呆気なくベロで絡め取られ、飴細工のようにグニャリと真っ二つに折り曲げられ――床の上に打ち捨てられてしまうのだった。
「えへへっ、残念でした! もう逃げられないよ……!」
 すっかり大きくなった巨体を揺らしながらリーフィアの前に立ち塞がるベロベルト。背を向けてしまったのは窓のない壁だった。完全に行き場を失ったリーフィアは、間もなくして部屋の隅に追い詰められる。
「……あらら、ゲロゲロ吐いちゃったんだね! お気の毒さま! ちゃんと効果があったみたいで嬉しいよ!」
 ゲップ。技として使うのは初めてだけあって喜びもひとしおだった。汚れたリーフィアの口周りから色々と察した彼は顔をほころばせる。
「この程度でこんなになっちゃうんだ。オナラなんか嗅がされた日には死んじゃうんだろうね、君。……ぷぷっ! 面白そうだから試しちゃおうっと! ちょうど大きいのが出そうなんだ!」
 垂らした舌でペチペチと尻を叩いてみせるベロベルト。舌を巻き取って口の中に仕舞った彼は更に言葉を続ける。
「そういうワケだから掛かっておいで! ぶっ放してあげるよ! 臭すぎて本当に死んじゃうかもね! あははっ!」
 完全に舐め切った態度の相手にリーフィアは歯噛みする。
「きっ、貴様……! さては木材組合が雇った殺し屋だな!? 誰の差し金だ!?」
 殺し屋だなんて失敬な! ベロベルトは憤慨する。
「違うよ! お金のためだなんてとんでもない! オイラはただ腹ペコを満たすために君達を食べに来たまでさ! 誰かの紹介で来たのは間違いないけどね!」
 彼はマフォクシーの姿を思い浮かべる。
「それが誰だと聞いている! 言え!」
「もぉ、そんなに慌てなくても後で教えてあげるってば! オイラのウンチになっちゃった後でね! あははっ!」
 怖い顔で一喝されるも涼しい顔だった。ベロベルトはヘラヘラした顔で返す。
「ふざけやがって……! こんな事をして許されると思っているのか!?」
 怒りに震える四肢の爪を床板に食い込ませるリーフィア。ベロベルトは自信満々に首を縦に振る。
「うん、もちろん! ここを紹介してくれた友達に教えてもらったのさ。生きるために食べる分には罪に問われないってね。なんでも野生で暮らすオイラ達は特別扱いなんだって! お陰様で遠慮なく君達を食べられるよ!」
 いささか履き違えている節がないでもなかったが、概ね正解だった。そこまで言い終えた彼は見下した目を向ける。
「そう言う君は、誰の断りもなしに木を切りまくっては売り捌いてボロ儲けしている一団の一匹なんでしょ? オイラ聞いたよ? それがどれだけ他の誰かを泣かせる商売かってね。かく言うオイラも君達に泣かされた一匹さ。……よくもオイラ達の森を傷つけてくれたね? さっきの言葉、そっくりそのまま君に返すよ!」
 来る途中で現場の惨状を目の当たりにしたからには黙っていられなかった。彼は声を大にして叫ぶ。
「……ヒヒッ、フヒヒヒヒッ!」
 それなら話は早かった。リーフィアは裏の顔を露わにする。
「なっ……なぜ笑うんだい? オイラは真面目に言っているんだよ!?」
 ゾッとするほどの豹変ぶりだった。ベロベルトは両手に物を持ったまま身構える。
「知られたからには死んでもらおう! ……バラバラに切り刻んでくれるわ! 滅びよ! リーフブレードォォッ!」
 助走をつけて前宙を決めたリーフィアは、刃のように尖らせた尻尾の葉っぱをベロベルトの脳天めがけて振り降ろす。
 もう大勢に知れ渡った後だと思うんだけど……まぁいいや。余計なことは言わないでおこう。口の軽い警官の話を思い出したベロベルトは、一刀両断にされるギリギリで身をひるがえし、紙一重で攻撃をかわす。史上最強の敵を倒した今となっては、止まって見えるほどの速さにすぎなかった。
 避けられた!? こんな鈍重そうな脂肪の塊ごときに……!? 気づいた頃には時すでに遅し。リーフィアは固い木の床に背中から打ち付けられる。
「ぐあっ!」
 ダメだ、早く起き上がらないと……! その一心で目を開けた彼は絶望に覆い尽くされる。それもその筈、リーフィアの顔面に腰掛けんと膝を曲げたベロベルトの巨大な臀部が降って来ていたのである。
 ブチュリッ。
 避ける暇はおろか、悲鳴を上げる暇すらなかった。リーフィアは胸から上を汗で蒸れた尻に押し潰される。同時に両足で胴体を挟み込まれ、一ミリも体を動かせなくなってしまうのだった。
「どうだい、オイラのお尻の味は? 舐め回してくれても良いんだよ? あははっ!」
 嘲笑しながら下半身を上下左右に揺すった彼は、臀部で最も窪んだ部分へとリーフィアの鼻先を導いて行く。最後にストンと腰を落とされたリーフィアは――不本意にも尻穴と接吻を交わしてしまうのだった。
「んんっ、出るぅ……!」
 よぉく嗅いでおくが良いさ! なんたって君は今からこの臭いの一部になるんだからね! 心の中で呼び掛けたベロベルトは下腹部に力を込めていく。プルプルと臀部が震えた次の瞬間――
 ブオォォォォッッ!
 今までに食べてきた獲物達の残り香がリーフィアの鼻孔に注ぎ込まれる。この手の攻撃に弱い草タイプの彼にとっては毒ガスも同然だった。嗅覚を破壊されると同時にグニャリと脱力した彼は、それから数秒と持たずに失神してしまうのだった。
「……おえっ、くっさ。食事中にするもんじゃなかったよ」
 後悔するも、これで食欲をなくす男ではなかった。立ち上がって回れ右をした彼の口からボタリと涎が滴り落ちる。
「しっかり野菜も摂らないとね。気絶している今の内に食べちゃおうっと!」
 言うが早いか持っていたボウルをひっくり返し、片手で器用に温泉卵を割り落とした彼はリーフィアを白一色に染め上げる。
「ベロォォォォォン!」
 後は別腹に収めるだけ。最後の獲物を喉奥まで引きずり込んだ彼は、リーフィアを唾液袋の中へと挿入し始める。ドレッシングと卵のお陰で滑り心地は抜群。頭から順番に難なく押し込められていき――
 チュポンッ!
 小気味よい音と共に後ろ脚を含む全身が呑み込まれる。狭いのは入り口だけ。二十五メートルものベロが仕舞っておける袋の大きさは伊達ではなかった。
「おっ! 入った、入った! やったぁ、大成功だ!」
 見事に六匹を食べ尽くしたベロベルトは両手を高々と挙げて大喜びする。今度から食べ切れない分はここに仕舞っておくことにしよう! 意外な使い道を見出した彼はまた一つ、進化のありがたみを噛み締めるのだった。
 さぁ、お次はお待ちかねのデザートだ! 食べずに残しておいたアップルパイの存在を思い出した彼は、こってりとしたチーズソースと卵黄で塗り潰された口を直すべく、くるりと踵を返して部屋を後にし始める。
 バキィッ!
「へっ……?」
 音の響いた方に視線をやれば大穴が開いていた。食べに食べまくって元の倍近い重量となった彼を支えきることができず、床板が抜けてしまったのだった。
「うわっ、うわわわわーっ!?」
 大慌てで両手両足をバタつかせるも、三百キロを超える巨体が宙に浮かべる筈がなかった。瞬く間に穴の中へと吸い寄せられ、ぐんぐんと加速しながら背中から真っ逆さまに落下していく。
 落っこちた先は団欒の場のど真ん中。渾身のヒップドロップで食堂の長机を粉砕し、その下の床板を突き破って半身をめり込ませたところで静止する。
「ゴホッ、ゲホッ……! あっ、あいたたた……!」
 濛々と粉塵が舞い上がる中で呻き声を上げるベロベルト。臀部に激痛を感じながらも気になったのはアップルパイの安否だった。これを食べずして晩餐は締めくくれないのである。彼は曇った視界の中で目を凝らす。
「あぁ、良かった! 無事だ!」
 その姿を認めたのは意外にも自身の腹の上だった。衝突の弾みで投げ出されたのが運良く落ちてきたらしい。喜びのあまりに痛みすら忘れた彼は、即座にベロを伸ばして丸ごと口の中に放り込む。
 こんがりとキツネ色に焼き上がったサクサクのパイ生地、カラメルで煮詰められた甘酸っぱいリンゴのコンポート、そして――土台にたっぷりと敷き詰められた濃厚なカスタードクリーム。全てベロの上で一つに溶け合い、甘美な風味となって口の中いっぱいに染み渡る。
「んんーっ、最高! あぁ、美味しかった! ごちそうさまでした!」
 これぞ本当の別腹。大声で食後の挨拶を述べ終えた彼は満足した様子で身を起こす。たらふく食べた後は寝て過ごすに限った。床に散らばる割れた食器類やら木片を避けながら暖炉の前まで移動していった彼は仰向けに身を横たえる。
 きっと立派なウンチになりますように! 天高くそびえる桃色の山の頂をベロリと舐めて願いを込めた彼は静かに瞼を閉じる。満腹したお陰で眠気も限界だった。数秒あまりで眠りに落ちた彼は大いびきをかき始める。
 たっぷりの胃液にじっくりと漬け込んで獲物を溶解するベロリンガの胃袋が寸胴鍋なら、ギュッと収縮して高温高圧の環境を作り出し、強力な消化液で瞬時に獲物を溶かし尽くすベロベルトの胃袋は圧力鍋だった。そんな食いしん坊の怪獣の胃袋に掛かればイーブイの進化系などミートパイと同じ。生きながらにして体の芯までホロホロに柔らかく煮込まれた五匹は、肉の牢獄の中で骸骨になる暇すら与えられず、直火で炙られたチーズのようにトロトロと溶けて行ってポタージュと化してしまう。
 胆汁と膵液で味付けされた後は小腸へ流し込まれるのみ。次々と腸壁の柔毛に絡め取られては養分を吸い取られ、お返しに老廃物を練り込まれながら奥へ奥へと下って行った果てに汚泥となって大腸へと流れ着く。
 適度に水分を吸い取られて塑性状態となり、蠕動運動でコネコネと練り上げられて程よい硬さになったら一丁上がり。魔法のトンネルを潜り抜け終えた五匹は、食べられる前の姿とは似ても似つかぬ茶褐色の粘土質の塊となって結腸の奥深くに押し込められる。
 喉奥の袋に収められたリーフィアも辿る道は同じだった。唾液の溶解成分の働きで野菜スープと化した彼は、袋の中で分泌され続ける唾液に押し流される形で胃袋へと下って行って――後は以下同文。最終的に深緑色の粘土状の物体となった彼は、直腸近くで五匹と混ざり合って大きな一塊となる。
 かくして、食卓いっぱいの御馳走と百五十キロ以上もの肉塊を大便に変え終えた彼であったが、その過程で搾り尽くされた養分の大半は肝臓で脂肪に変えられ、贅肉として皮膚の下に蓄えられる。その厚さは実に数十センチあまり。今の時期に着るにはあまりにも暑すぎる、ゆったりとしたブヨブヨの外套が仕立て上げられるのだった。
 ブウゥゥゥゥッッ!
 満月が南の空に輝く頃。一仕事を成し遂げた彼の消化管から安堵の溜め息が漏れる。濃厚な汚臭が居間全体に充満するも、消化管の持ち主は顔をしかめてボリボリと尻を掻いたのみ。直後にゴロンと寝返りを打って体を横向けたベロベルトは、何事もなかったかのように再び鼻提灯を膨らませ始め――翌朝の日の出まで爆睡し続けるのだった。
20/05/05 18:39更新 / こまいぬ
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■作者メッセージ
お待たせしました。
毎度のことながら申し訳ありません。

以上、ブイズの六種盛りでした。
ベロベルト君も大満足したことでしょう……。
好みの食べ方に出会って頂けたなら幸いです。

さて、物語ですが、捕食要素は今回のシーンで全てとなる見込みです。
次回以降はストーリーがメインとなる予定ですので、ご了承願います。

今回もお読み頂きありがとうございました。

追記:4/14 章末を一部修正しました。

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