天界から追放された神 |
メキシコ;オアハカで歴史学を学ぶとある大学生ミゲルは図書館で本を借りた。
その夜、彼はイギリスからの留学生のルームメイト、ブランドンとテレビゲームをしていた。 「ちょっとトイレ行ってくる。」 ミゲルはトイレに行き、戻る途中にベッドの目覚まし時計を前もってセットしようとした時、彼は凍りついた。寝室には大きく、とぐろを巻いた蛇がいた。 「ほほう、人間じゃないか。久しぶりだな。」 「し、喋った⁉…蛇が喋った?」 ミゲルはドラム缶ほど胴の大きな蛇が人間の言葉を話したことに驚き腰を抜かしてしまった。その大きな蛇は身体をくねらせながら床に座り込んだミゲルに近づいてきた。 「まぁ、そんなに怯えるな。」 彼はミゲルの顔を覗き込むと、首を傾げた。 「しかし、少し見ない間に随分と変わってしまったな。人間は…」 「あ、あんた…何なんだ?」 「私を知らないのか?」 「もしかして…ケツァルコアトル神?」 「いかにも。会えて嬉しいぞ、若い人間。そうだ、名は何というのだ?」 「ミゲルだ。」 そこに、ブランドンが心配してやってきた。 「おい、ミゲル。ブリトーの食い過ぎなら最初からそう言え…よ………嘘だろ?」 ブランドンも先程のミゲルと同じ反応をした。 「お前さんの仲間か、ミゲル?」 「ああ、ブランドンだ。こいつのルームメイト。」 「ルーム何だって?」 「ルームメイトだ。一緒に住んでいる仲間のことさ。」 「なら、私もその“るーむめいと”に加わらせてくれ。」 2人は目の前の神に反対することが出来なかった。 「これは何だ、ミゲル?」 「これはケータイだ。他人と連絡を取ったり、音楽を聴いたり出来る。」 「音楽か…今はどんな音楽が人間の間で好まれているのだ?」 「俺たちの間じゃ、レゲトンっていうテンポの良い曲が流行ってる。」 「それは、面白そうだ。私が崇められていた頃は、小気味良いテンポの太鼓の音の音楽をよく聴いていたものだ。」 夜遅くまでミゲルたちはその蛇の神と話していた。 「さっきの音楽の話だが、太鼓の音というと……」 ミゲルの頭の中で何かを思い出した。 「生贄……確か本にそう書いてあった。アステカ文明の人々はそうやって豊作を願ってたって。」 「よく知ってるな。勉強熱心は良いことだ。」 「なぁ、今…生贄って言ったか?」 ブランドンの顔は青ざめていた。 「ああ、言ったぞ。」 「俺は美味くないからな!」 「安心しろ。食い殺したりはしない……今はな。」 ミゲルは新たなことを思い出した。 「そういえば、これ何だか分かるか、ケツァルコアトル神さん?」 「黒い塊の様だが?」 「じゃ、食べてみてくれ。」 ケツァルコアトル神はそれを一口で食べた。それは、その大きな蛇の神と比べると非常に小さかった。 「お、甘くて美味いぞ。今では人間はこんな美味な食べ物を食べているのか?」 「その通り。今のはチョコラテ(チョコレート)っていうんだ。それに、これはあんたが人間に贈り物として与えた実から出来ている。」 「カカオのことか。彼らはショコラトルと呼んでいたな。」 「“彼ら”ってのは、アステカ文明の人々か?」 「ご名答だ。」 ブランドンは何か頼み事をしたそうだった。 「なぁ、神様…このアパートの中庭の野菜を元気付けること出来るか?」 「何だそんなことか。」 翌朝、ブランドンとケツァルコアトル神の姿は中庭の畑にあった。 その畑には、アボカド、トマトそしてじゃがいもが植っていてほとんどが萎れていた。ケツァルコアトル神は口を窄め、何かを吹き込む様に息を吐いた。 「良し。見てろ、ブランドン。」 瞬く間に、植物の茎は青々とし葉を広げた。 「明日には収穫出来るだろう。」 「あ、ありがとう。」 「ちょっと待て。お前さんの願いを叶えてやったんだ。それ相応のことをしてもらうぞ。」 「ま、まさか…」 「お前さんの考えてる通りだ。」 「い、生贄…!?」 言い終わると同時にブランドンの体にケツァルコアトル神の太い胴が何重にも巻き付いていた。 「動くなよ。牙に当たって怪我するぞ。」 ペロリ 「うわぁっ!」 先が2つに分かれた舌でブランドンの顔を舐めた。 「なかなか私好みの味だ。」 あむ そして、神はブランドンを頬張りごくりと音を立てて丸呑みにした。神は膨らんだお腹を見て満足そうに微笑んだ。 「お前さんは良い生贄だ。やはり、人間を愛した価値があった。」 「おい、目を覚ませ。」 「え?…生きてる?生贄になったんじゃ…」 ブランドンの顔の前に大きな影となるようにケツァルコアトル神の大きな顔があった。 「お前さんのような愛すべき良い人間を殺すわけないだろう。まぁ、実を言うと天界から追放されて以来生贄は不要になったのだ。」 「天界を追放…?」 「そうだ。人間への贈り物と引き換えにな。」 「人間が憎いよな?」 「何を言うか、ブランドン。天界より人間といる方がずっと良いぞ。」 その日の夜 ケツァルコアトル神はミゲルに巻き付いていた。 「食い殺さないって約束する。」 「本当だな?」 「信じてくれ。」 「なら、俺からも頼み事だ。しばらくここにいてくれ。」 「ああ。もちろん。約束だ。」 神はごくりと音を立てて頬張ったミゲルを呑み込んだ。 アステカ文明で崇められていたケツァルコアトル神は、愛する人間につかの間の幸せを与えることを拒むより天界から追放されることを選んだのだ。 |
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