連載小説
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シーン16【汚い描写を含みます】
「んぐっ……! んむふぅぅぅぅっ……!」
 そして――翌朝。灼熱の太陽の下、果樹園の片隅にぽっかりと口を開けた穴に跨って踏ん張るベロベルト。寝床へ戻る前に寄り道して大正解だった。穴掘りに取り掛かると同時に催し始めるも順調に掘り進めて行き、どうにかこうにか十分な大きさの肥溜めを拵え終えたのだった。
「こっ、これ……本当に大丈夫なのかなぁ……?」
 既に限界も寸前。後は粛々と朝の儀式を執り行う以外に選択肢などなさそうなものの、空っぽの穴底に視線を落とした彼は思わず臀部を窄めてしまう。
 ちゃんと口からお尻まで繋がった体に進化できているのだろうか? 最後の瞬間まで確かめようのない事だけに心配でならなかったが、後ろが支えている状況でいつまでもそうしている訳には行かなかった。便意に急かされるまま少しずつ力を戻して行き、覚悟を決めて渾身の力を込めた次の瞬間――
 ブオォォォォッッ!
 臀部の中心から勢い良くガスが発射される。不安を遥か彼方へ吹き飛ばす一発。辺りの空気を黄土色に染め上げた彼の顔に安堵の色が浮かぶ。
「……はぁ、良かった! ここだけは進化前と一緒じゃなきゃ!」
 嗅ぎ慣れた匂いを胸いっぱいに吸い込むベロベルト。鼻孔が痺れる程の汚臭も今日ばかりは爽やかに感じられた。
 さぁ、いよいよだ。縁起良く一本糞にしちゃおう。ガスが抜けてしまえばすぐだった。直腸に便が雪崩れ込んで来るのを感じ取った彼は下腹部にありったけの力を込め直す。
「んんっ、太い……!」
 その感覚に悪夢を蘇らせるも杞憂に過ぎなかった。昨日とは打って変わっての絶妙な柔らかさと滑らかさ。限界まで押し広げられた臀部から大便と化したオーダイルがゆっくりとひり出され始める。
「んはぁっ……!」
 うっとりした表情でベロを垂らすベロベルト。気持ちいい。その一言に尽きた。
 ベトベトの唾液に塗れさせ、グチャグチャに咀嚼して飲み下し、ドロドロに胃で溶かして腸で吸い取り尽くし、そして大便に変えて尻からひり出す。食べる――それは究極の征服だった。彼は無上の優越感に酔いしれる。
「んおぉっ、凄い……! これが……進化したオイラの……!」
 まさかベロより太いなんて! 自慢の桃色の大蛇、穴底に尾を降ろして蜷局を巻き始めた茶褐色の大蛇。両者を見比べた彼は驚嘆する。
 その一部は親友の二匹の腹に収まったとはいえ、進化前の自分より遥かに大きな相手を平らげたのである。美しい螺旋を描きながら堆く積み重なって行く大蛇の巨体を見守りつつ、彼は大作の予感に心を躍らせる。
 昨日と違って大した時間は掛からなかった。既に儀式も終盤。出し尽くしてしまうべく気張りに気張ろうとした――次の瞬間だった。穴底から溢れ出た臭気が彼に襲い掛かる。
「うげぇぇぇっ!? ぐっ、臭いぃぃぃっ……!」
 用を足しているのだから当然の感想だったが、いかんせん強烈すぎた。両手で鼻孔を塞ぐベロベルト。縮み上がってしまった拍子に危うく大蛇の胴体をねじ切り掛けるも、間一髪のところで持ちこたえる。
 悪臭の正体は消化の過程で発生する副産物。食べた物をより強力に溶かし尽くして養分に変えてしまう消化管が備わった結果、進化前とは比較にならない程の量が生成されてしまったのだった。しかも食べたのは肉ばかり。凶悪な香りの作品になることは最初から約束されていたようなものだった。
 暑い、むさい、臭い、三拍子揃っちゃったな。彼は苦笑いを浮かべる。進化した上に豪華なディナーまで堪能して、真夏にもかかわらず贅肉のコートを重ね着してしまった今の彼には蒸し風呂のような暑さだった。おまけに果樹を蹴り倒されて日当たりが良くなってしまったものだから、全身から吹き出る脂汗の勢いは止まるところを知らない。穴掘りで体中に付着していた筈の泥も今や大半が洗い流された後だった。
 この三重苦から逃れるためにも早く終わらせよう。いかに酷くても所詮は自分の臭いだった。徐々に鼻を慣らして行った彼は最後のひと踏ん張りに力を注ぐ。ぐるりと胴体の最後の一段をひねり出し――ブチュリッ。腸液に塗れた大蛇の頭を産み落として聖なる儀式を締め括る。その瞬間の心地は言うに及ばなかった。彼は表情を蕩けさせる。
「はぁぁっ……! 全部ウンチにしちゃった……!」
 征服感、達成感、そして少しの背徳感。全て入り混じって絶大な快感となって押し寄せた。豪快に放屁して腸内を空っぽにした彼の全身をゾクゾクとした興奮が駆け巡る。
 さぁ、どんな風に仕上がったか見てみよう。儀式が終わればお待ちかねの鑑賞タイムだった。穴に落っこちぬよう細心の注意を払って立ち上がった彼は、進化して初となる記念すべき第一作と対面する。
「……おぉっ!? おおおおおおおぉっ!」
 思わず鼻をつまんでしまう程の汚らしさ――もとい唸ってしまう程の立派さだった。太さ、長さ、そして螺旋が織り成す造形美。どれを取っても今までの作品を凌駕していた。昨日のより一回りも二回りも大きな逸品との対面を果たした彼は目を輝かせる。
「うーん、ここまでとはねぇ。あの子より太くて長いんじゃ……なんて彼女の耳に入ったら締め落とされちゃうだろうなぁ」
 真っ先に連想したのは蜷局を巻くジャローダの姿だった。いないと知りつつも彼は辺りを見回してしまう。
「それにしても……」
 最後に目が向いたのはカップルの二匹をひり出した肥溜めだった。昨日の今日ということもあって彼は感慨に浸らずにはいられない。
「君達も残念だったねぇ。オイラ史上で最高の傑作だった筈が一日で塗り替えられちゃったんだ。でも、まぁ……記録は破られるためにあるようなものだから悪く思わないでよね。あははっ!」
 二匹が埋まる地面を見つめながら大笑いするベロベルト。骨の一片、毛の一本に至るまで消化され尽くした上で大便にされたこと、一年の中でも最高に蒸し暑い日々が続いていること。両々相俟って凄まじい速さで分解が進んでいるらしい。昨日に盛り付けたばかりの土饅頭も既に半分近い高さとなっていた。あと数日も経たない内に余すことなく土に還って何の変哲もない元の地面に戻るであろうことは誰の目にも疑いなかった。
 立ったまま見るだけに飽き足らず、肥溜めの前で膝をついた彼は作品ギリギリまで顔を近付けて観察し始める。間近で嗅げば卒倒する程の激臭も分厚いベロで鼻孔を覆ってしまえば平気だった。
「うっひゃぁ、ドロッドロだ! 何を食べたかすら分かんないよ、これ! 本当にオイラのお腹の中で跡形もなく溶けちゃったんだねぇ……」
 見れば見るほどに均質でキメの細かい粘土状の塊だった。感動的なまでの消化能力を目の当たりにして舌を巻くベロベルト。鎧のような鱗、巨大な爪と牙、筋骨隆々の肉体、全てオイラの一部となったのだ。彼は得も言われぬ充実感に包まれる。
「うん、大満足! しっかり目に焼き付けたぞ!」
 立ったり屈んだりを繰り返しつつ、あらゆる視点から作品を楽しみ続けること数分あまり。悲しきかな、どれだけ気に入っても最後は土に埋めてしまわねばならないことを運命付けられた芸術品だった。立ち上がって肥溜めの底を見下ろした彼は今生の別れを告げるべく口を開く。
「……こうして君にさよならを言える日を迎えられて嬉しいよ。今まで無茶苦茶して来たんだから少しくらい償って貰わないとね。せいぜいオイラが大切に育てて来た果樹の肥やしにでもなるが良いさ」
 後は掘り返した土を埋め戻すだけ――の筈だった。どういう訳か穴の前で仁王立ちになるベロベルト。視線が注がれたのは腿の付け根の一点だった。
「でも……その前に!」
 口角を吊り上げるベロベルト。何か良からぬ事を考えているのは明らかだった。
「オシッコ掛けて遊んじゃおうっと! 今度はオイラが君をバラバラにする番さ!」
 多くの仲間の命を奪われた彼からすれば当然の権利だった。儀式を終えた直後から催していたこともあって既に我慢も限界。たっぷりとした下腹部の贅肉を両手でまくり上げた彼は体の中心を開帳する。
「おっ、おぉ……! 大きい……!」
 粗方の見当は付いていたが想像の遥か上だった。一瞬で顔を赤らめた彼の鼻孔が開き切る。雄に生を受けた者としてこれ以上の喜びはなかった。彼の顔いっぱいに締まりのない笑みが浮かぶ。
「あぁ! 進化って本当に良いこと尽くめだなぁ! こんな立派になるなんて……!」
 小さい。そんなコンプレックスに悩まされる日々も昨日までだった。過酷な自然環境に身を置き続けてきたこと、生きた獲物を丸呑みすることでしか摂取できない新鮮で良質なタンパク質に栄養の大半を依存してきたこと。二つの要素と進化の力が絶妙に絡み合い、漲る生命力の象徴へと成長を遂げたのだった。
「……っと、いけない! 元気になって来ちゃった! 早く済ませないと!」
 その雄姿を拝むのは魅力的な彼女を見つけた後のお楽しみに取っておこう。助平な気持ちを胸にしまうベロベルト。塞がった手の代わりにベロを添え、腰を大きく前に突き出して狙いを定め、そして――
「砕け散れぇ! ハイドロポンプ!」
 下手糞にも程がある声真似で叫ぶと同時に放水を開始する。触れるもの全てを切り裂く超高圧のジェット水流……とは行かないながらも、巨大な砲身から発射されるだけあって水勢は十分だった。ビチャビチャと派手な水しぶきを上げながら次々にぶつかって行き、一瞬で大穴を穿ってしまう。
「えへへっ、このまま穴だらけにしてあげるよ!」
 しこたま飲み食いした翌朝だけあって勢いが衰える気配はなかった。ベロを動かして放物線の軌道を調整した彼は次々と作品に風穴を開けていく。地面タイプに水タイプの技は効果抜群。今や物言わぬ粘土質の塊に成り果てたオーダイルは為す術もなくボコボコに穴を開けられ、蜷局の一巻きすら分からない程に小さく切り刻まれてしまうのだった。
「そぉれ、トドメだ! 溶けてなくなっちゃえ!」
 後はヘドロの沼に全て沈めてしまうのみ。リズミカルに腰を振るった彼は温かな黄金色のシャワーを満遍なく降り注ぎ、辛うじて浮かんでいた切れ端を一つ残らず粉砕する。一日ぶりにして二度目。ここに世紀の大悪党はその姿形を未来永劫に失ってしまうのだった。
「ふぅぅ……! スッキリ……!」
 そのままジョボジョボと排尿し続けること数十秒あまり。最後の一滴をポタリと水面に垂らした彼は大きく息を吐きながら体の中心を元あった場所に仕舞う。恨み辛み、そして憎しみ。排泄されたのは大小便だけではなかった。彼はどこか晴れやかな面持ちで肥溜めに向かい合う。
「今度こそお別れだね。……もう見るからに臭そうだから早いとこ埋めてあげるよ」
 ホカホカと湯気が立つ視覚的な効果も合わさって一層に際立って感じられた。彼は思わず鼻先を手で扇ぐ。
「そうそう、言い忘れるところだった。……どうせ地獄行きだろうから万に一つもないと思うけど、オイラの仲間も含めて君が無意味に殺してきた子達に会う機会があったら、せめて頭くらいは下げるんだよ? いいかい? オイラとの約束だからね?」
 きっと下げないだろうな。薄々は感じながらも彼は最後の最後で一縷の望みを託すのだった。
「さぁて、とっとと埋めて休んじゃおうっと!」
 大声で宣言した彼は傍らで山盛りになっていた土を肥溜めの底へ次々と蹴り込んで行く。昨日のカップルと違って気を遣う必要のない相手だけに作業は効率よく進んだものの――
「……うえっ、くっさ。まったく、どんなゲテモノ食べたらこうなるんだろうねぇ?」
 汚臭との格闘は水面が完全に埋もれた後も続いた。どこかで聞いた覚えのある台詞を口走りつつ、彼は残った土を穴の上に寄せ集めては盛り付けて行く。何も染み出て来なくなるまで繰り返せば作業は完了。自身のお腹に負けず劣らずの大きな土饅頭を作り上げた彼はやり切った表情で両手を腰に当てる。
「これでよし、と! ……ふぅ! 臭かったぁ!」
 額の汗を拭って解放の喜びを噛み締めるベロベルト。が、それも束の間。間もなくして彼は鼻をひくつかせ始める。
「あれ? まだ何か臭うぞ……?」
 そういえば昨日も同じことがあったような。首を傾げた彼は臭いの発生源を探し始める。突き止められたのは最も近い場所だった。
「……まさかオイラ自身だなんて。ほんの一汗かいただけなのになぁ」
 ヌルヌルの皮脂に覆われ尽くして今やバターを全身に塗りたくったかのよう。べっとりと体にまとわりつく白濁した液体に鼻孔を近付けてベロリと一舐めすれば、すえた汗と垢の臭いが脳天に突き刺さる。
「はぁ……」
 進化して恰幅の良さに磨きが掛かったツケに他ならなかった。力なく頭を垂れて溜息を吐いた彼は心の中で折り合いをつける。
「もう汗臭い体のままで良いや。別に誰も困らないんだ。我慢できなくなるまで放っておこうっと!」
 その時が永遠に訪れない可能性が低くないだけに空恐ろしかった。全身の汚れを一舐めにできる程に長いベロを手に入れておきながら体を清潔に保つのを面倒がるベロベルト。進化して怠惰な性格も一段と酷くなってしまったのだった。
 これにて本日の営業は終了。後は日が暮れるまでダラダラと過ごすだけだった。木陰に腰を下ろした彼は山頂からの景色に目を凝らす。雲一つない青空、地平線の彼方まで隙間なく立ち並ぶ青々と茂った木々の数々。うんと伸びをした彼は狐の料理番の言葉を思い出す。
「確か……次の満月の日の夕方だっけ。それも例のカップルみたいなのが六匹もかぁ」
 シャワーズ、サンダース、ブースター、リーフィア、グレイシア、そしてニンフィア。思い浮かべるだけで涎が溢れ出る名前の数々だったが――
「うーん、食べ切れるかなぁ……?」
 腕組みをして難しい顔をするベロベルト。さぞかし美味いものを食べまくって来たのだろう。食べ応えのありそうな肉付きの良い姿が印象的だっただけに微妙なラインだった。エーフィ、ブラッキーのそれぞれを食べた時の感触、そして今現在における自身の腹具合を手掛かりに、彼は嬉しい悩みに頭をひねり始める。
「うん、大丈夫! しっかりお腹を空かせておけば何とかなりそうだ!」
 やがて導き出されたのは可能という結論だった。会心の笑みを浮かべた彼は両手をポンと叩く。
「そういうワケだから美味しい料理をいっぱい作って待っていてね。……まぁ、一番の料理は君達自身なんだけど! あははっ!」
 六匹が集うであろう丸太小屋の方向を見つめながら高らかに笑うベロベルト。そんな事とはつゆ知らず、丸太小屋の住民達は今日も稼業に精を出す傍ら、一週間後の宴に向けた準備を着々と進めて行くのだった。
19/11/05 16:32更新 / こまいぬ
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■作者メッセージ
 お久し振りです。長らく投稿できずに申し訳ありません。

 ……内容が内容のため、次のシーンと同時の投稿にする予定でしたが、生存報告も兼ねて単発で投稿させて頂きました。ご気分を害された方々にはこの場を借りてお詫び申し上げます。

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