サン・パウロの死神

*流血描写に注意

São Paulo, Brasil (サン・パウロ、ブラジル)

ある日、クラウジオと兄のパウロは店で服を見ていた。
「40レアルになります。」
クラウジオが店の店員に金を渡したその時、2人組の口元をバンダナで覆った男たちが入って来た。そして、拳銃を出すと彼らに向けた。
「金を出せ!」
その男たちは強盗だった。だが、クラウジオとパウロはその強盗の顔を鋭い目つきで睨むと体をくねらせて蹴りを入れた。2人は過去にカポエイラの州大会で優勝経験があるほどの腕前だった。吹き飛んだ強盗はやや青ざめたものの、クラウジオに向けて拳銃を発砲した。その時、間一髪のところでパウロが彼を庇った。強盗が逃げ、パウロはその場に倒れた。店員は急いで救急車を呼んだ。

「兄さん!」
床が彼の血でみるみる紅く染まっていった。
クラウジオは兄の出血部を抑え、救急車の到着を待った。

パウロが救急車に乗せられ、クラウジオも救急車に乗りストレッチャーに乗せられた兄の側で、彼の手を握っていた。

病院に着くと、パウロは運ばれた。
「出血多量だ!」
「ICUへ急いで運べ!」

しばらくして、ICUの扉が開きマルチネス医師が外で足元を見ながらながら待っていたクラウジオの肩をさすった。
「お兄さんはきっと大丈夫だ。」
と言った。しかし、その声は震えていた。

その日を境に、パウロは重篤患者の病室のベッドに寝かされた。何日も目を覚まさず、まるで死んでしまっているようだった。クラウジオは欠かすことなく見舞いに病院を訪れた。

パウロが撃たれてから3週間が経ったある日、クラウジオはいつものように兄にその日の日記を届けるために見舞いに来た。その時、クラウジオは不気味な何かを見た。

黒玉のように真っ黒でふさふさした体毛をもつ生き物が病院内を彷徨いていた。それはパウロのいる病室へ入って行った。妙に不気味に思ったクラウジオは、寝ている患者から松葉杖を拝借した。息を殺して影からその生き物を見張っていると、それはパウロの横に立ち、ニヤリと厭な笑みを浮かべた。そして、舌なめずりをするとパウロの顔をまじまじと覗き込んだ。
「やめろ!」
考えるよりも先に体が動き、その得体の知れないものに松葉杖を振り下ろした。するとそれは松葉杖を片手で受け止めた。続けざまに腹部に力の入った蹴りを入れたが、全く効いていなかった。生身の人間なら後ろに倒れていたはずだった。
ガシッ
「う…」
それは赤い爪の付いた手でクラウジオの首を絞めた…
「私の邪魔をするなら、あなたも死ぬことになるわよ…」
その生き物の声からしてメスであり、なぜかその姿はゾロアークだった。
「兄さんに何かしたら、お前を殺す。」
「ふふふ…殺す?私を?」
ゾロアークの姿をした何かは笑い声を漏らしたが、次第に不思議がる表情へと変わった。
「待って、あなた、私が見えるの?それに触れるの?」
「何だよ?それがどうかしたか?」
彼女はやや驚いていた。
「初めてよ!」
「何が?」
「あなたみたいに私が見えたり、私に触れる人間に会うことがよ。」
「は?何なんだよ…まぁ、兄さんに何もしないって約束するならもうお前に蹴りを入れたり殴ったりはしない。」
「それじゃあ、私の仕事が果たせないわ。」
「お前まさか、死神か?」
「ふふ、当たり。」
「なぁ、助けてくれよ。兄さんを。連れてくのは勘弁してくれよ!」
「ふーん。お兄さんを連れて行くのはやめてあげてもいいけど、じゃあ、誰なら良いの?そこのドナー待ちの女の人?それともそこの脳腫瘍の男の人?」
「俺だ…俺を連れて行っても良い。」
「本当に?あなたにそんな覚悟があるの?」
クラウジオの目には涙があった。
「じゃあ、今回は特別にそうしてあげる。」
彼女はクラウジオの頬を手で撫でた。クラウジオは目を瞑り歯を食いしばった。
「何してるの?」
「命を奪うんだろ?俺の…」
「今じゃないわ…そうね、70歳まで待ってあげる。あと50年近くあるわ。」
クラウジオの表情が少し緩んだ。
「条件があるの。これから、あなたと一緒にいるわね。」
「何だと?」
「他の悪魔や死神に横取りされたくないもの。」

次の日、パウロは目を覚ました。
「兄さん!」
「クラウジオ!無事か?俺はなぜここにいる?」
「兄さんが俺を守ってくれたんじゃないか。」

マルチネス医師もこれには驚いていた。

それから1週間後、パウロは退院した。パウロにはそのゾロアークの姿は見えてはいなかった。
「兄貴には見えないのか?」
「ええ、お兄さんのパウロだけじゃなくて他の大体の人には私の姿は見えないわ。」
「自分で相手に姿を見せることはで出来るのか?」
「出来るわよ。触ることもね。でも、普通の人には見られたくないの。」
「俺は普通じゃないってことか。」
「おそらく。」
「なぁ、名前はあるのか?」
「名前?この姿が好きだから、ゾロアークって呼んでも良いわよ。」
「それじゃ、そのまんまじゃないか。」
「名前ってそんなに重要?」
「だって、しばらくここにいるんだろ?だったら、好きな名前で呼ばせてくれ。」
「なら、いいわ。何て呼びたいの?」
「オリビアだ。」
「なかなか良いじゃない。」

その夜、オリビアはパウロが撃たれた服屋のある通りにいた。すると、乾いた銃声が響き、バンダナで顔を隠した二人組が別の店から出てきた。彼らは札束をポケットにいっぱいに入れ、拳銃を握りながらおどおどしていた。オリビアが彼らの肩を掴んだ瞬間、2人同時に振り返り、拳銃を彼女に向けた。
「な、何なんだこいつ?」
「何だと思う?」
「どうでもいい。死ね!」
カチ、カチ…
弾が入っているにもかかわらず、拳銃は両方とも不発だった。
「ついてなかったわね。」
彼らは何回も試したが結果は同じで、顔がみるみる青ざめていった。
「その顔、癖になるわ。」
「何する気だ?」
「仕事よ。今日は手加減しない。」
大口を開けて片方の男にかぶりついた。舌でその男の上半身を舐めまわし、暴れ始めると鋭い牙で肉を食い破り骨を砕いた。彼女の口の中で悶え苦しむ男の悲鳴が微かに漏れた。もう1人の男は恐怖で腰を抜かし、尻餅を付いたまま後ろへ下がっていった。獲物を呑み込んだ彼女は血のついた涎を拭うと目の前の獲物にのしかかった。
「や、やめろ。」
「ふふふ、今まで何人人を殺してきたのかしら?1人?いや、今日で3人目よね?」
彼女は獲物の顔の目の前でニヤリと笑い、大きく真っ赤な舌でその獲物の顔を舐めた。
獲物は獣臭さに嫌がっていた。嫌というほど舐めまわし、味が薄くなった後獲物をさらに自分の方へ近づけた。
「あなたにぴったりな場所へ連れていってあげる。」
そして、その男も丸呑みにした。

膨らんだ腹が元に戻ると、大変満足した顔でその場を去った。

警察が到着した頃には、道に血だらけで横たわっていた二人組の強盗の死体があるだけだった。誰1人として死神の仕業であると見抜けぬまま、盗んだ金の取り分をめぐり仲間割れが起きたのだという見解のもとその事件は解決した。

事件解決の翌日、サン・パウロの死神は早く起き、クラウジオの寝顔を眺めていた。
「気持ちのいい朝よ。」
「そうかもな。昨日夜遅くまでネットサーフィンして寝不足だ。」
「夜更かしは寿命を縮める原因になるらしいわよ。」
「説得力があるのかないのか、わからんな。」
「うふふ。ねえ、クラウジオ…あなたを食べてもいい?」
「それって今すぐ死ねってことか?」
「違うわ。私…人間を食べるのが大好きなの。」
「本当に殺さないのか。」
「大丈夫。信じて。」
すると、クラウジオは上半身だけ服を脱いだ。
「あら、協力的なのね。」
「服を台無しにされたくないんだよ。」
オリビアはクラウジオを自分の体に押し付けると、顔をべろりと舐めた。
「うっ…」
クラウジオは涎の臭いと気持ち悪さに顔を歪めた。
「傷付けたくないから、なるべく動かないでね。」
彼が頷くと、一気に上半身まで咥え込んで甘噛みし、溢れる唾液を抑えながら味わっていった。
ゴクリと音を立てて呑み込む時の彼女の顔は幸せそのものだった。

クラウジオは彼女の胃袋の中で最初は不快さゆえ愚痴を溢していたが、次第に眠くなっていき、目を閉じた。

数時間後、目を覚ますとそこはベッドの上だった。
「すごく気持ちよさそうに眠っていたわよ。」
「そうか。」
「食べられるの好き?」
「どうだろうな。」


これがクラウジオがサン・パウロの死神を信頼し始めた瞬間だった。



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