連載小説
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シーン13【グロテスクな表現を含みます】
「死ねぇぇぇぇぇい!」
 さながら空中を泳ぐようにして肉薄して来るオーダイルを目の前にするも、ベロベルトの心に焦りはなかった。
 見える! 今まで目で追うことすら出来なかった筈の動きが確かに! 為す術もなく果樹園に沈められたのも今は昔、進化して発達を遂げた彼の両目はオーダイルの動きを確実に捉えていた。
「ラァッ!」
 後は上手く身を躱すだけ。オーダイルが左腕を振り下ろして来るタイミングで自身の足元を目掛けて舌を発射した彼は、地面を押す反作用の力でバックステップを踏んで第一撃を回避する。
「くたばりやがれ! アクアテール!」
 五本の鋭利な爪で両断する目論見は潰えてしまったものの、オーダイルの攻撃には続きがあった。振り下ろした腕の勢いのまま両足で踏み切って空中に躍り出た彼は、体を捻って一回転すると同時に太い尻尾を力任せに打ち付けて来る。
 今度だって! 遥かに攻撃範囲の広い一撃を目の前にするもベロベルトは動じない。後ろに避けた次は前だった。回転の軸となる尻尾の根元が安全領域と見抜いた彼は、綺麗に前転を決めて相手の股の間を潜り抜けてしまう。チャンス到来、彼はオーダイルの背後を取ったのだった。
「逃がすかぁ!」
 砂の地面にめり込んでしまった尻尾を即座に引き抜いて追撃を試みて来るも、狙いを澄ませるには十分な間があった。こちらを向き直って突撃して来た次の瞬間――彼のカウンターが発動する。
「これでも食らえ! それっ!」
 垂らした舌を腕のように振るって投擲されたのは大量の砂。逃げるのみにあらず、彼は最初の攻撃を回避するついでに地面の砂を舌先いっぱいに掴み取っていたのだった。
「ぐわっ!?」
 慌てて首から上を両腕でガードするも遅かった。その大部分を両目が見開かれたままの顔面で受け止めてしまった彼は、たちまちに方向感覚を失って足の動きを鈍らせてしまう。その隙をベロベルトが見逃す筈もなかった。
「今だ! まるくなる!」
 伸るか反るか、オイラの切り札に全てを賭けてみせる! 選択肢は一つだった。ジャンプして空中で大の字になると同時にベロベルトは体を丸めて縮こまる。その完成度と言ったらなかった。さながら亀ポケモンのように五体と尻尾を胴体に引っ込めた彼は、見紛う事なき完全な球体となって着地する。
「……からの、ころがる!」
 追い付かれたら一巻の終わりだ! 一刻も早く距離を取らないと! 目元を押さえて片膝を地に突いたオーダイルを尻目に、彼はフルスロットルで砂の上を転がり始める。進化の力とは偉大なもので、そんな彼の心配を他所に、ものの数秒足らずで相手が追って来られない程の速度に達してしまうのだった。
「……生意気な野郎が! 粉々にしてやらぁ!」
 およそ手の届かない場所まで逃走を許してしまうも攻撃の手段には事欠かなかった。大顎を開いたオーダイルの口の中で青白い閃光が輝きを放ち始める。狙うは砂煙を上げながら逃げ行くベロベルトの背中の一点。接近戦を諦めたオーダイルは高圧水流による一撃を繰り出しに掛かる。
「……くそぉ! もう立ち直って来た! ずっと大人しくしてりゃ良いのに!」
 その様子は転がり行くベロベルトからも明らかだった。卑怯なまでの回復力を目の当たりにした彼は小さく舌打ちする。
 ルート変更だ! 急ハンドルを切ったベロベルトは迷うことなく最寄りの小さな岩の裏側に転がり込む。攻撃を予想して弾避けに使えそうな遮蔽物を品定めしていたのが不幸中の幸いだった。
「砕け散れぇ! ハイドロポンプ!」
 直後、オーダイルの口から極太のジェット水流が発射される。相手が身を隠した数十メートル先の岩に到達するまでコンマ一秒足らず。一撃必殺、ベロベルトの身代わりとなった岩は巨大な水飛沫と共に跡形もなく四散する。
「くっ! 何て威力だ! あんなのを食らったら死んじゃうよ……!」
 破壊力は折り紙付きだった。一部始終を目に焼き付けた彼の口から動揺が漏れる。
「でも……一つ分かったぞ!」
 が、恐怖するばかりではなかった。彼の顔に自信に満ちた表情が浮かぶ。
 五秒だ。前に見た時と同じ。口の中が光り始めてから発射に至るまで、きっかり五秒を要している――。目の前で殺されて行った友達の死は無駄でなかった。たった一撃ながら彼は相手の技の癖を見抜いてしまう。
「……ちっ! 運の良い野郎が!」
 即座に次の一撃を繰り出しに掛かるも、当のベロベルトは既に次なる避難場所を見付けた後だった。
「五……四……三……二……一……今だ!」
 残るは高圧水流が押し寄せる瞬間に遮蔽物の陰へと滑り込むだけ。声に出して数えながら走行ルートの微調整を繰り返した彼は絶妙のタイミングで岩の裏側に到達する。
「死に晒せぇ! ハイドロポンプ!」
 見込みは大当たりだった。果たして予想通りの瞬間に繰り出された渾身の一撃は、標的の手前の遮蔽物に命中して文字通り水泡に帰してしまう。
「ぐっ……!」
 大量の破片と水飛沫を浴びるもダメージは僅かだった。一瞬で立ち直った彼は速度を落とす事なく転がり続ける。
 行ける! どんな強力な攻撃だって当たらなければ何ともない! このタイミングさえ間違えなければ完全にオイラのペースだ! 点が線になり、線が面になった瞬間だった。通算で三回目となる攻撃を目にしたベロベルトは確信する。
「……へんっ! どこを狙っているんだい!? オイラはここだよ!」
 さぁ、どんどん来い! 当てられるものなら当ててみるが良いさ! 見せ付けるかのように蛇行運転を始めた彼は大声でオーダイルを囃し立てる。
「ザコがぁ! 図に乗るなよ!」
 まさに瞬間湯沸かし器、たちまちに頭から湯気を立てたオーダイルは一瞬で挑発に乗せられてしまう。
 以降は同じ事の繰り返しだった。タイミング良く攻撃を回避しながら転がり続けるベロベルト。そんな彼が異変に気付いたのは身を隠せそうな遮蔽物が底を尽き掛けた頃だった。余裕綽々だった彼の表情が急速に曇り始める。
「駄目だ、どうも間に合いそうにないぞ……!」
 深刻な問題だった。序盤こそ快調に速度を上げて行った彼であるが、ここに来て急激に加速が鈍り始めてしまう。力が伝わりにくい砂の地面で満足の行く速度に達するのは無理があったのだった。
「逃げ回ってんじゃねぇぞ、この野郎! 正々堂々と勝負しやがれ!」
 オーダイルの欲求不満も最高潮に達した頃だった。一向に仕掛けて来る気配のない相手に業を煮やし切った彼は声を張り上げる。
「あははっ! 言えた義理かい!? まぁ、気が向いたら考えてあげるよ!」
 大笑いしながら煽り返すも心穏やかではいられなかった。残り数個に迫った遮蔽物の一つに進路を取る彼の全身が硬く強張る。
「何か手を打たなくちゃ。このままじゃジリ貧だ……!」
 タイムリミットまで残り十数秒。抜き差しならない状況に追い詰められた彼は大博打に打って出る。
「……仕方ない! こうなったら森に突っ込んでやる!」
 無謀にも程があるプランだったが本気だった。最高速を出すなら安定した土の地面の上を走るしかない。そう考えた彼は障害物だらけの森の中を走ることを決意する。
「弾け飛べぇ! ハイドロポンプ!」
 相変わらずのタイミングで激流が襲い来るも、例によって遥か手前の遮蔽物に命中して砕け散る。その炸裂音が作戦開始の合図だった。
「……行くぞぉ! 勝負はこれからだ!」
 気合を入れると同時にターンを決めるベロベルト。残る遮蔽物には目もくれず、無我夢中で木立の中へと猛進して行く。
「グハハハッ! 大馬鹿野郎が! 飛んで火に入る夏の虫とはこの事よ!」
 その模様を遠目に見ていたオーダイルは高笑いを抑えられない。
 もはや無理に直撃を狙う必要はなかった。彼は相手の進路上に生える無数の樹木に照準を合わせ直す。狙うは倒木との激突死。地の利を得たのはオーダイルも同様だった。
「うおぉぉぉぉっ!」
 だが――その大きさは両者で雲泥の差があった。鬨の声を上げると同時に底力を発揮するベロベルト。地面のコンディションこそ全てだった。彼は読んで字の如く加速度的にスピードを増し始める。
「……なっ、何だ!? どんどん速くなって行きやがる!?」
 得意顔でいられたのはそこまでだった。ベロベルトを横目で眺めていたオーダイルの顔に狼狽の色が浮かぶ。
 ダメだ! 早いとこ修正しねぇと! 未来位置を大きく見誤ってしまった彼は相手の遥か前方に標的を探し始める。が、そこは使えそうな木が一本も生えない森の切れ目となる部分。止むに止まれず直撃を狙って発射したオーダイルであったが――
「……クソッ、また外した! ツイてねぇ!」
 その結果はベロベルトの背後を僅かに掠めたのみ。気持ちの揺れは命中精度に少なからぬ悪影響を与えてしまったのだった。
 行ける! もう少しでアイツを倒せる! 徐々に焦り始めたオーダイルを他所に、木々の合間を鮮やかなコーナリングで掻い潜り続けていたベロベルトは確かな手応えを感じ始める。
「さぁ、もう一踏ん張りだ!」
 段々と密になって行く木々を前に気を引き締め直すベロベルト。目の前を見ているだけでは不十分、ここからは先の先を読みながら行動しなくては――。そう思って視界全体に目を凝らした瞬間、彼は不思議な現象に見舞われる。
「何だ? 光の線が見えて……?」
 まさに言葉通りの感覚だった。彼が呆気に取られている間に光の線はジグザグと分岐を繰り返しながら急速に伸び始め、やがて彼の視界の奥深くまで続く複数本の線へと変化を遂げて行くのだった。
「こっ、これは……!」
 その瞬間に光の線の正体を見抜いた彼は大きく息を呑む。それは木立の間を掻い潜るのに適した抜け道の数々。高速での転がり移動に適した体のつくりに進化した結果、彼は多数の障害物の中から瞬時にルートを見抜く能力を身に付けていたのだった。
「見える、見えるぞ! この全てが……オイラの勝利に続く道……!」
 優先度は線の太さで表現された。彼は迷うことなく最も横幅が広い道を辿り始める。
「しっ、信じられねぇ……! 野郎、いつからあんなにも器用になりやがった!?」
 迫り来る無数の樹木を次々に躱しながら猛スピードで森の中を駆け抜けて行く――。そんな相手の能力など知る由もないオーダイルにとっては目を疑う光景に他ならなかった。
 このままじゃ主導権が渡っちまう! 何が何でも次の一発でアイツを潰さねぇと! はやる気持ちに突き動かされるまま発射を準備しに掛かるオーダイル。彼は再びベロベルトの遥か前方に狙いを定める。
「遊びは終わりだ! ハイドロポンプ!」
 そして、発射の瞬間。彼は首を右から左へと振るい、まさに相手が差し掛かりつつあった一帯を超高圧のジェット水流で切り刻む。その直後――今まで障害物に過ぎなかった筈の木々が凶器となってベロベルトに襲い掛かる。
「行っくぞぉぉぉぉぉ!」
 気合を入れると同時にラストスパートを掛けるベロベルト。光の線の数本が消えてしまうも、それは数多ある選択肢の幾つかが失われたに過ぎなかった。何本もの倒木を急旋回で躱し、次々に降り掛かって来る太い幹の真下を紙一重で潜り抜けつつ、彼は残された光の線の上を矢のような速さで駆け抜けて行く。
「んっ……! 何だか曲がり辛くなって来た……!」
 それはオーダイルが薙ぎ払った区間の半分近くを突破した頃だった。徐々にコントロールが落ちて行く感覚に気付き始めた彼は表情を強く引き締める。
 その裏返しが意味する所は知っての通りだった。満を持した彼は最初で最後となる攻撃を決行すべく、湖畔に抜ける脱出路を探し始める。
「……よし! この道なら!」
 光の線を探す能力は健在だった。繁茂する木々の間に数本のルートを見出した彼は、その内で最もカーブが緩やかな一本を選んで辿り始める。
「きっと……アイツを倒すんだ! オイラと……そして皆のために! 明るい未来がすぐそ――」
 パキッ、ピシッ、メリメリィッ! ……ドッシャーン!
 幹が割れる音、折れ行く音、そして――倒れる音。それは森を抜け切る寸前の出来事だった。目の前に一本の大木が横たわって彼の言葉と進路を完全に遮ってしまう。
 そんな馬鹿な!? ちゃんと見ていたのに! それも何故に今のタイミングで!? 目を疑う光景に驚愕するばかりのベロベルト。実に不運な話だった。彼が安全と判断したその木は、見えない幹の裏側を大きく抉り取られ、何とか今まで倒れずに持ち堪えて来ただけの木に過ぎなかったのである。
 もはやこれまで。オイラの負けだ――。光の道が途切れるのと同時に彼は力なく目を閉じる。
「ごめんよ、みんな……」
 衝突の直前、口を衝いて出たのは仲間達への謝罪の言葉だった。
「ケッ、ざまぁねぇな。お似合いの最期だぜぇ!」
 轟音と共に濛々と舞い上がった巨大な土煙に罵声を浴びせ掛けるオーダイル。そうなるよう仕向けたとは言え、あまりに皮肉な幕切れに彼は嘲り笑いを抑えられなかった。
「……仕上げだ! 細切れにしてくれる!」
 後は息の根を止めるのみ。大顎を縦に開いたオーダイルは土煙の発生源に狙いを定める。そんな彼の口内に青白い光球が宿り始めた――次の瞬間だった。
「ああぁぁぁぁっ!」
 悲鳴とも雄叫びともつかない絶叫を上げながら煙幕の中から転がり出て来るベロベルト。彼は無事だった。土煙の中で粉微塵になったのは倒木の方だったのである。
「なっ……! 突き破って来やがっただとぉ!?」
 オーダイルが度肝を抜かれたのは言うまでもなかった。大きさを増しつつあった光球も集中が途切れるのと同時に消失してしまう。万事休す。ここに両者の勝敗は決したのだった。
「ば、馬鹿な……! この俺様が……こんな……!」
 もはや別の技を繰り出す猶予も逃げ出す時間も残されていなかった。フルスピードで一直線に突撃して来るベロベルトを目の前に、彼は鼻水を垂らしながら呆然と立ち尽くす他なかった。
「それーっ!」
 そのまま衝突しても連続攻撃には繋がらない。そう判断したベロベルトは高々と跳ね上がって空中で半回転し、バックスピンの状態で突っ込んで行くのだった。
「ぐわぁぁぁぁっ!」
 衝突と同時にロケットの如く打ち上げられてしまうオーダイル。百キロに迫る巨体も転がり攻撃の前では意味を成さなかった。十メートル、そして二十メートルと舞い上がった後も上昇を続け、最終的に森一番の背丈を誇る大木と同じ位の高さにまで達してしまう。
「奴隷……如き……に……! がはぁっ……!」
 負け惜しみを述べ終えたオーダイルの口から大量の鮮血が溢れ出る。その瞬間に彼は白目を剥いてしまうのだった。
「トドメだぁっ! ベロォォォォォン!」
 相手をボロ雑巾に変えた後も抜かりはなかった。見事に両足で着地を決めた彼は、高度を下げつつあったオーダイル目掛けて粘着質の舌を根元まで伸ばし切る。足先から順番に首までグルグル巻きにすれば準備は完了。後は固い地面に頭から激突させるのみ――。相手が相手だけに彼も容赦する気はなかった。
「これで……終わりだぁ!」
 選んだのは相手が日光浴に使っていた岩のテーブル。その一点に狙いを定めたベロベルトは瀕死の相手に巻き付けた舌を真っ逆さまに振り下ろす。
 グシャァァァァッ!
 どこか水っぽい響きのある激突音と共に頭のトサカから岩に叩き付けられるオーダイル。その瞬間に頭骨と頸椎を粉砕され、足りないとの疑いを掛けられた脳味噌を全部ぶちまけてしまった彼に生き残る術など残されていなかった。後は司令塔を失って滅茶苦茶なビートを刻み始めた心臓が静止するのを待つばかり。活け造りにされた魚ポケモンみたく全身を小刻みに痙攣させながら、彼は地獄の底へと一直線に転がり落ちて行くのだった。
「はぁっ……はっ……! たっ、倒した……!」
 グニャグニャになった相手を岩のテーブルに横たえた直後、プッツリと緊張の糸を切らしたベロベルトは膝から砂の上に崩れ落ちる。既に疲労困憊に達していた彼は、伸ばした舌を巻き取り終わるなり仰向けに倒れ込んでしまう。
 空が――青い。肩を激しく上下させながら荒い息をする彼の視界いっぱいに飛び込んで来たのは吸い込まれるような青空。その青さは最後に見た時よりも一層に青く見えた。
「終わったんだ……悪夢が……!」
 そう一言、勝利を再確認するベロベルト。晴れて自由を取り戻した彼は一面の青空に微笑み掛けるのだった。
18/06/19 20:21更新 / こまいぬ
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■作者メッセージ
今回はバトルシーンでした。

光の線云々の下りは某アメフト漫画にヒントを得ました。
高速で障害物を避けながら進んで行く様子が表現できておりますでしょうか……。

あと、「そんな状態で投稿するな」とのお叱りを受けてしまいそうですが、このシーンも含めて何かとチェックが追い付いていない状態です。文法上のミス、ストーリーの矛盾等に気付かれましたら、感想欄にでも気軽に書き込んで頂ければ幸いです。

今回もお読み頂きありがとうございました。

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