読切小説
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止められない食欲
※一部に過激な表現を含みます



 暑い、とにかく暑い。これが暑くなきゃ何なんだ。



 森へ木の実を探しに入った僕は後悔していた。さっきから川の1つも見つかりやしない。ああ、早くあの冷たい水の中にザブンと飛びこみたいもんだ。

 それにしても、想像以上に深い森だな。いつもは表側にしか行かないから知らなかったよ。だけど、ここなら他の人もあまり来ないだろうし、良い木の実が残っているはずだ。いつもの場所じゃ、もうほとんど残っちゃいないからね。



 僕は自然の香りを感じながら、ゆっくりと伸びをした。



 くー、いいねー。動物たちもたくさんいるよ。こんなにも豊かな森だったんだ。どうして今まで気がつかなかったんだろう?

 今この辺り一帯にいる人間は僕だけのはずだ。そう思うと、なんだかわくわくしてくる。まるで神様になったかのような気分だ。



 おや?



 そう思った矢先に、何か物音が聞こえた。



 「誰だい、そこに居るのは?」



 僕が呼びかけると、ガサリと音が鳴って、その方向から一匹の痩せたオオカミが現れた。

 この森にはオオカミが出ると噂には聞いていたけれど、初めて見たよ。なんだ、可愛いじゃないか。うちの飼い犬のドギーにちょっとだけ似ているな。



 「こんにちは」



 言葉が伝わるはずはないけれど、嬉しくなった僕はオオカミに挨拶をした。



 「ようっ!」



 ん? 今人の声が聞こえたような? でも、どこから?



 「どうした? 何をきょろきょろしているんだ?」



 まただ。僕が声のするほうを見てみると……



 「おーい、もしもーし」

 「しゃ、喋ったあああああ!!???」



 うっそだー。夢じゃないよね? でも、確かに今オオカミが喋ったのをこの目で見た。



 「何をそんなに驚いているんだ?」

 「そうか、どこかにスピーカーが……ついてないや」

 「いや、俺が喋ってるんだって」



 そんな馬鹿な。獣が喋るだなんて今まで一度も聞いた事が……いや、一度だけあるかな。といっても老人の昔話だからアテにはしていなかったけどね。あれはどんな話だったけな?



 「そんなに珍しいのか?」

 「う、うん」



 不思議そうに尋ねるオオカミに、僕はひたすら頷くしかなかった。

 そんなにも何も、世界中がおったまげるよ。実はまだ、暑さで僕の頭がおかしくなったんじゃないかと疑っている。だけど、確かに今目の前で起きている事だ。



 「ところで、僕に何か用かい?」



 僕は恐る恐る声をかけてみた。



 「なーんにも。ただ、面白そうだったからよ」

 「どうして君は喋ることができるの?」

 「さあな。気が付いたらこうなってたぜ」



 気が付いたらで済ませていいのかな?

 ちらりと見ると尻尾を振っている。敵意は無いみたいだね。



 「お前こそどうしてこんな場所までやってきたんだ」

 「んーとね。木の実を採りにきたんだよ。オオカミさんにも分けてあげようかい?」

 「いいや、俺は生肉しか喰わねえよ」



 そうか。やっぱり肉食獣なんだね。でも、犬みたいで全然そんな感じがしないや。



 「面白そうだな。俺もついていっていいか?」

 「うん! 独りじゃ心細かったからね」





 そんなこんなで僕はオオカミに案内してもらう事になった。ずっと見つからなかった川は案外近くにあったみたいだ。

 喉を潤した僕達は、木の実を探しにもっと奥へと進んでいった。



 「すごいや。こんなにたくさん実がなってる木は初めてみたよ」

 「だろ? 動物達にとっても穴場なんだぜ?」



 さすがは森の獣だ。よく知っている。



 「君も、木の実を食べるのかい?」

 「いいや、木の実を採りにきた動物を喰うのさ。お腹にガブっと噛みついてよ、血と肉汁の味がすごく美味いんだぜ」

 「ふぅん……」



 食べられた動物は……死んじゃうよね。やっぱり。

 考えないようにしておこう。それがお互いのためだ。



 「うん? どうした?」

 「い、いや。何でもないよ」





 木の実をたっぷり採って帰路についた僕達だけど、ずいぶんと遠くまで来てしまったなぁ。つい楽しくって奥へ進んでいたからね。

 辺りはすっかり暗くなった。月明かりがあって本当に良かったよ。でなきゃ今頃は真っ暗だ。それにしてもオオカミはどうしちゃったんだ? さっきまであんなにお喋りだったのに、すっかり無口になった。



 「ねえ」

 「……ん?」



 すっかり上の空だ。



 「どうしたの? 元気ないよ?」

 「腹が減ってな」

 「なーんだ。そんな事だったのか」



 それなら早く言ってくれれば良かったのにね。えっと、ううん。数えるまでもないや。ちょっとくらいあげても木の実はたくさんある。それに、今日一日案内してくれたお礼をしないとね。



 「じゃあ、持って帰ってきた木の実を分けてあげるよ!」

 「だから俺は生肉しか喰わないんだって」



 ぶすっとした口調でオオカミが言った。あっちゃあ、そうだったね。すっかり忘れてたよ。犬のドギーはリンゴとかも好きなのにね。

 じゃあどうしたものか。どうしようもないのかな? 役にたってあげたいな。



 「そんなものは要らないんだけどよ。一つ頼みたい事があるんだが」

 「何? 何でも言ってよ」

 「お前を舐めさせてもらえないか?」





 舐める? もしかして味見を? まさかね。



 「う、うん……いいけど」



 オオカミは喜んで僕の脚を舐め始めた。ちょっぴりくすぐったい。

 尻尾を振っているところを見ると、喜んでいるのかな? あれ? でもオオカミが尻尾を振るのは嬉しいんじゃなくて、狩りの合図だったような。



 「う、美味え」

 「えぇ!?」



 い、今確かに聞いた。まさか僕を食べるつもり!? ううん、それなら最初から襲ってるはずだよ。食べたいのを我慢して舐めるだけで済ませてくれているんだ。優しいオオカミなんだよ。



 「な、なあ。甘噛みしてもいいか?」



 甘噛み……ドギーがよく僕にやるやつだ。怪我しない程度にゆるーく噛んでくるんだけど。

 僕はオオカミを見つめる。犬のものとは比べ物にならない鋭い牙が口から覗いている。一体今までに何匹の動物があれに引き裂かれたんだろう。僕は怖くなった。



 「なあ、なあ。いいだろう?」



 オオカミは潤んだ目で僕を見てくる。とても敵意があるようには見えない。そうだよね。昼間はあんなに仲良く歩いていたんだもん。転びそうになった僕を体を張って助けてくれたりね。



 「うん、分かった。分かったよ、でも……」



 僕は真剣な目をして言う。



 「た、食べたりしないでね?」

 「ありがとうよ!」



 オオカミはカプリと優しく牙を突き立てた。オオカミの生温かい湿った吐息が肌に直に感じられる。全然痛くないけど、さすがに怖い。

 オオカミって猛獣なんだよね? ついつい悪い方向に考えがいってしまう。早く終わってくれ。僕はその事ばかり考えていた。

 すると、オオカミは口を離してこちらに向き直った。

 ほっ、やっと終わったのかな?



 「いい固さだ。こいつは極上の味がするはずだぜ。なあ、一口喰ってもいいか?」



 !?

 僕は全速力で首を振った。



 「ダメダメダメダメ! ぜーたいにダメー!!」



 びっくりしたよ。それでいいよだなんて言う人いないよ!

 僕は滝の様な汗を流した。月明かりに照らされたオオカミは凶暴な肉食獣そのものだった。



 「いいじゃねえか一口くらいよ!」



 言うや否や、オオカミは僕に襲いかかってきた。僕を思いっきり押し倒すと、僕のお腹にガブリと噛みついた。

 血がにじみ出すと共に、激痛を覚えた。



 「痛い痛い! やめてよ!」



 もちろんオオカミは止めてはくれない。僕のお腹の肉を引き千切ると、それを美味しそうに飲み込んだ。僕はオオカミに心を許した事を後悔したけど、もう遅かったんだ。



 「あ……あ……あ……」



 あまりの怖さと痛みに僕はおかしくなってしまいそうだ。



 「もう一口、もう一口いいよな?」

 「ぐう……ダメ……だ……」



 痛みをこらえて必死に絞り出した願いにもオオカミは応えてはくれない。僕の事はただの餌にしか見えていないらしい。



 「固い事言うなよ」

 「や、やめ……あがあああああ!」



 僕は大きな傷口をさらに噛み裂かれてしまった。堪える事のできない痛みに僕は泣き叫ぶ事しかできなかった。



 「止めて、お願いだから止めて」



 よっぽど僕の肉が美味しかったのか、オオカミは喜ぶばかりだった。

 僕はオオカミに押さえつけられて、逃げる事もできない。



 「もう一口、もう一口くれ!」

 「いやあああああ!!」



 これ以上食べられたら死んじゃうよ! だけどオオカミは僕のお腹に口をうずめてもぐもぐと食べ始めた。

 お腹の中を荒らされるような感覚に、僕は悶え苦しむ。これが食べられるって事なのか。内臓まで食べられたのか、僕は何度も血を吐いた。



 「お前の命を寄越せ!」



 ああ、やっぱりそのつもりだったんだね。僕の肉を食べたかったんだ。

 もう僕は体の半分くらいオオカミに食べられている。まさか生きている間にこんなに痛い思いをするとは思わなかった。体が痙攣を始める。

 もう終わりなんだね。今朝出かけた時にはこんな事になるだなんて思いもしなかったな。



 「美味い! 美味い!」



 オオカミは口を真っ赤に染めて僕の皮膚も肉も骨までも食べている。

 そんなオオカミの一部になってしまう事がとても悔しい。



 「う……ぐ……」



 痛くて声を出すこともできない。

 ガリッゴリッと僕の体をオオカミが噛み砕く音だけが辺りに響く。

 だんだんの目の前が真っ暗になってきたみたいだ。



 こうして、僕の人生は終わった。





 夜の森は静かだ。そこには、わずかな骨と肉片が血だまりの上に散らばっているだけだった。



 「あーあ、またやっちまったな」



 残酷な痕跡を見つめてオオカミが言う。



 「最初は純粋な気持ちで声をかけたんだけどな、肉食獣の本能ってのは怖いもんだ。満月だからかな?」



 そうは言ったものの、オオカミには別段後悔している様子も無かった。



 「人間を喰ったのはこれで何人目だったかな? 大勢いたせいか、人間の言葉まで覚えちまったぜ」



 喰い殺された子供が、はじめに思い出しかけた老人の昔話はこれだったのだろうか? それだけは、オオカミ自身にも分からない。



 「ん? あそこに誰かいるな。道に迷ったかね。おーい」



 そのオオカミと出会ったものは、まさか人を喰った後だとは思わないだろう。

 こうしてまた、繰り返される……



13/07/20 13:50更新 / ぶちマーブル模様

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