読切小説
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行くなと言われた森の奥で
獣人の少年が家出をして、道中の森に棲んでいるけもりぅに食べられるだけのお話です。

人物の容姿などを描写してないのと、
感情の推移が不自然な所があるので
物足りないかもしれないです。











夜の中、僕は歩いている。
もしも今、この真っ暗で冷たい獣道が帰るべき家の道だったら、僕にはまだ心があったのだろうか。

寒くて心細い。今にも立ち止まってしまいそうだった。

カツン…カツン…凸凹とした不安定な足場で、意図せず足をねじってしまう度に、
不安が増していく。
ここはどこなんだろうって。

一度、立ち止まってみると、
自分の靴底が石を擦る音が消え、
透き通った自分の呼吸音だけが寂しく耳に響く。

大きくて粗雑な木々の影が、一人で足掻いている自分という人間を取り囲んで逃がさないように見える。

辿ってきた道はどうなっているだろうと思いながら、後ろを振り返ろうとした時、
草むらの揺れ動くのが聞こえた。
かぶっていた帽子のつばが、すぐ真上に垂れ下がっていた小枝に引っ掛かったのだ。ぐいんぐいんと影を揺らしながら、元の状態に戻ろうとするその小枝に手を合わせ、申し訳なく謝ったつもりでいながら、
後ろを振り返ると、暫くどきりとしたまま目線が固まってしまう。

無人の森の中とは言えど、地面にめきめきと張られている木の根っこの気持ち悪さや、月の光が差し込んで蒼白く光る木々の幹一つ一つが幽霊のように見えて、頭の中が真っ白になりそうになる。

「ふううぅ…」
頭の中に揺らぐ恐怖と不安を振り払おうと、なにも考えず、深呼吸をする。

大丈夫、誰もいないはず。
他の人のことなんて考えたくない。
誰にも見られてほしくはない。

そう思ってから、頭の中にも外にも静寂が訪れた。

風の音一つしない、生気のない冷たい森の中は、だんだんと僕の心にしみてきた。

「これから…」

(これからどうしようか…)

自分のか細い声は夜の闇と融け合うようにしんみりと耳の中に響く。
一言言っただけなのに、息をするのさえ苦しくなってきた。

動かなきゃいけない気持ちが出てくる。

体をどうにか動かさなければ、身の芯から凍りつき動かなくなる気がした。

腕を震わせてどうにか地面に直立している足を押すように動かそうとする。

その時、冷たい手のようなものが、
少年のふっくらとした肌をした足に取りつくように触れた。
「ひぇっ…!」

はっと足を離して、ぐらつく足元を片足と腰と背中の力で固まったままこらえると、体の力だけでは支えきれずそのまま地面に傾き、尻餅をついてしまう。
木の枝が力任せに折られ粉砕された音がけたたましく辺りに響いた。

「だ、誰もいないよね…?」
虫の鳴く声も風で木の葉がそよぐ音もしない、静かな闇の空間に自分の声は一つの生き物の鳴き声としてしか響かなかった。

お化けのような姿をした木がひしめき合い、暗闇の中に互いに絡みあいながら居ついているのがより不気味で、
なおも心を揺らがせる。

沈黙の中に、まるで自分以外の生き物が、今か今かと自分が動き出すのを息をひそめているように感じてしまい、
びくびくとして、動けなくなってしまった。


「うう…怖い…」

側にあった木の幹は固く、震える両手を支え体を立ち上がらせる頼りになった。皮は腐れておらず感触だけは想像したお化けのようにぐしゃっとしていない所が唯一の救いだった。

家出するのに、立ち入り禁止の森の中に入ったのはまずかった。

なんだか気味が悪い。
早くこの空間から出なければ。

そう思って、
街の方を向こうとしたその時、どすんっと何か、大きい、ふかふかしたものにぶつかった。
それは毛布のような感触をして、
人肌よりも少し熱く感じた。


「う…!」

埃っぽさが目や口を覆い、顔を放して思わず左手で視界を覆った。

「おやおや…こんなところにいましたね」

おじさんのようなしゃがれた声だった。
そいつの口元は笑っていて、真夜中の森の中では一層怖さを醸し出した。

「ひっ!」

がさ…がさ…

「もうお帰りですか?」


がさ…がさ…がさ…がさ…

そいつは地面にはりつく枯れ葉を踏んで近づいてきた。
距離をとろうとしたが、腰を抜かしてしまい、足が震えて動かずに、目の前まで来たそいつの顔を見た時、生き物としての威圧が生臭さと熱になって伝わってきた。
吐息をあびせられたのだ。


「帰れませんよ?」

「な、なんだよ…」

「町での暮らしが嫌だったんでしょう。
良いところに連れてってあげましょう。」


じゅる…と口の中で唾液を噛み締める音がした。

「なに…すぐ気に入りますよ。温かくてとても良いところですよ。
寒かったでしょう?さぁ…こちらに。」

気味のわるい悪意のある脅しに思えた。

「ひっや、やめてくれ…っ」

僅かな月明かりで、赤くギラついた二つの目と笑う口の形だけが影掛かって見えた。
濡れた岩肌のような色の固そうな牙がずらずらと並び、口の中には涎で潤った舌先がこちらを見ていた。

「ほら、早く」

のけ反って離れようとする意思は太い木の幹のような物に塞がれ、動けない。ゆさゆさと意思あるように自分の体を押さえる硬くザラついたそれは熱い怪物の腕だった。

「あぁ…こんなに汗と油で汚れちゃって…」



冷や汗と葉っぱの切れ端や小さい虫で汚れた顔を怪物の口から伸びた舌が首から額までを大きくなぞって、ズルズルと肌を滑る音がした。
怪物の舌と自分の肌がこすれあう音がざざざざあぁ…と、耳に細かく聞こえてきて、これが現実で夢ではないと舐められた感触を持って自分にそう知らせてくる。

あなたを食べる。
自分が食べられる。餌として。
そう、思い知らされる。

依然として目は冴えず、
むしろ周りははっきり見えなくなった。
目にべったりとぬめついた唾液のせいでもあるかもしれないが、それより捕食されるスリルと不安、恐怖が日常的な遅さを伴ってじりじりと希望を焦がしていく。

「ひえぇ…や、やだよ…」

「美味しいなぁ…子ネズミは。
いつ食べても変わらない味がするなぁ…」

自分がもはや誰ということは関係なく幼く若い子ネズミだということを自覚させられる言葉だった。


「あの、あの…やめてくだ、くだっ」

「はむっ」

「ひえぇぇっ!痛い痛いっ!やめてえぇ!」

「すぐ済みますから。だまっててくれませんかね…」

「いだいっ!!やめて!やめて!!」


少年の涙にまみれて歪んだ表情を見てから、怪物はにやぁ…と口角を上げた。

「あ…ぇ…」


「…あぁ、やっぱり痛いですよねぇ…
いひひ、かわいいなぁ君は。」
怪物は少年のかおを正面から眺めながら、ヨーグルトやプリンの蓋を舐めるように、顎からおでこまでをべろりと舐め上げた。

甘酸っぱく腐った匂いのする粘着した涎がガムテープをはがされた後のように顔にべったりと貼り付いた。


少年は視界をまるごとよくわからない動物の舌で覆われることを拒めなかった。

息の通り道が塞がれて生ぬるい舌の熱が一瞬一瞬舌肉と自分の顔のあいだにこもって、じっとりと塗らされていくのが不快だったが、しだいにそれはどうでも良くなってきた。
それどころか、寒い乾燥した空気の中で、ヒーターのように暑苦しい舌の、ざらざらとした感触が相対的に気にならなくなってきた。
できることなら、舐めるだけでいてもらいたいと思ったが、味見の後に食べられるという順序は変えられないと、また嫌な気持ちになってしまった。

そして、つながるように自己反省が始まった。

いきすぎたと思った。

あまりに楽しいことがなかったから、嫌われたから、行くとこまで行ってやろうと一線を越えてしまったのがいけなかった。と、少年は立ち入り禁止のロープを軽々と飛び越え、森に進んだつい先程の愚かさを悔いた。
とはいえ、それも仕方ないと彼は考えるのを止めた。
死に震えた心を溶かすような怪物の温もりと獰猛な食欲の熱が、希望の光のようにも感じられたのだ。

頭の中では逃げろ逃げろと警告がやかましかったが、神経や感情はもう食べられることをよしとしているように感じた。



食いちぎられる自分の体と相手の喉を潤す血肉。死屍累々の地獄絵図には見えずそれが、本来の姿のように想像した。恐ろしい。恐ろしい。
そう頭では感じとりながらも、このまま食べられてしまいたいと感じることは遮られなかった。



そしてついに食べられるその時がやってきた。

舌が収められた口が開き視界が生臭い空気の中へと閉じられた。
首輪のように筋に当てられる牙の感触に首ごと食いちぎられるかもしれないとまた不安がこみあげてきた。

興奮したように激しく入り乱れる獣の息と巻き付いてくる舌がべったりとくっついて離れず、
じたばたと反射的にもがく自分の体を引き上げるように口が大きく開き、足がひっくり返され落ちるように中へと招待されてしまった。

透明な唾液に浸かった艶かしい舌のクッションに包まれ、打ちのめされ、くの字になったまま身動きが取れなかった。
もぞもぞ動いたら手足を食いちぎられるのではないかと心底身震いしたが、丸ごと呑まれることが僕の選択した結果となっていたことが不思議で、ならなかった。

自分が敵わない怪物の思うままに従って自分は抵抗せずに呑まれて、胃袋の中で一生を終える。
そのことに何の未練もないわけではなかった。
できることなら、暴れて口から抜け出したいとも思った。

しかし、家を出るときに見た肉親の蔑みを含んだ失望の表情と、町を出るときに偶然出くわした親友の罵倒から逃げるようにして出てきたことも思い出すと、
食べられることが幸運だとも思った。

理性では明らかにおかしかったが、喜びには値すると少年はしばしば、
唾液の海に浸かったり舌先を体にまんべんなく擦り付けられながら思った。

肉食動物の唾液があつく煮えたぎった口の中に入った方が幸せだなんて、と、
再び自分の思考を省みながら躊躇したが、手足を食いちぎられても、
暗くて寒い外の世界に出ていくってことの方が、さらに嫌なことに思えた。

そんなことをずっと考えている内に、
寝そべっていた舌肉がのっそりと持ち上がり、上顎にぶつかるかと思われたが違った。
外の世界とは反対方向の暗闇で覆い尽くされた所に投げ出されていた。ぷるぷると揺れるのどちんこの実が揺れるのが不気味で近づき難かったが、それは頭上に通りすぎ触れることはなかった。

そして流された所がのどだと言うことに気づいていずに、ズリュンと自分の体が固い食道の中に呑み込まれた。



待ち焦がれた獲物の美味しさに閉じられた唇の下で、喉を伝って首元から腹の中へとぐぶりぐぶりと膨らんみながら下っていく。



ずぞぞぞっ
密着した熱い肉洞を上から押さえ込まれるように落下しながら、息も絶え絶えになってきて、

足が空を切って、けむりのように手触りのある蒸し暑い空気に包まれたかと思うと、
一瞬で少しだけ体を動かすことのできる空間に出た。

ぼとりっ
もう落下することはなく、酸っぱい匂いと火傷するような熱が充満したねっとりとした胃袋の中にハンモックのように力無く
身を横たえた。

意識も絶え絶えに、考えることもない…。

「あぁ…あぁああ…」

天ぷらを揚げる時のようなじゅっ…ぱちぱち…という音とともに露出した足の裏に焼けるような痛みが込み上げる。


子ネズミの少年はぽろぽろと涙を溢しながら、ぽたぽたと胃液の滴り落ちる暗闇をぼうっと眺めながら…徐々に瞼を閉じた。



痩せてスマートになっていた腹に膨らみとなって同化し、彼が誰かを食べたことが一目で分かるようになっていた。

地面や木の根元に涎が滴り落ちて汚れている所を落ち葉で覆ってから、微かに残った肉の風味を口の隅から隅まで探り、まだ飲み込んでいない唾液と一緒に絡めて楽しんだ。静かにゆっくりとそれは楽しまれて、無意識にごくり、ごくり、と、…飲み込む度に怪物の耳の中に響いた。

少年のよたれかかった樹と同じ幹に背中を預け、力を抜いて、ふかぶかと冷たい空気を吸い、満足そうに息を吐く。

すうぅ…はあぁぁぁ…

夜の闇の中に、怪物の息が虫や動物の息づかいに混じりながら消えていく。
木々をざわめかせる風がざわざわと舞う。








「あ…また食べたいね…」

「今回は君が食べてしまったか。」

「あ、いたのかい?君が出てこれば、分けられたのに、もうとうに一呑みにしてしまったよ。」

「いやいいさ、どうせまた手にはいるよ、あの街にはまだいっぱいいるだろうネズミなんてさ。なんたって他の町に行くにはこの森を通らなくちゃいけないんだからさ」

「そうだね。また町の縛りにうんざりした奴らがくるよ。また子供がきたら、君に譲ってあげるよ。」

「それが本当かは分からんが、ぜひ欲しいな。」

真っ暗な森の中にも、賑やかな町の中にも話し声は絶えないのだった。


20/01/11 16:02更新 / 水のもと
■作者メッセージ
pixivに投稿したものをそのまま転載しました。

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