連載小説
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シーン7
 最後のコラッタが死に際に見せた口の動き。あれは愛する者の名前を必死に叫ぼうとしていたのだ……! 今となってブラッキーは気が付く。
 ああ! 自分は何と恐ろしいことをしたのだろう! 回想を終えたブラッキーを底なしの罪悪感が襲う。彼らも愛する者を持った心ある存在だったのだ! そんな彼らを自分は物のように扱って殺し尽くした! 食べるにしても最初の二匹もあれば妻とで十分に満腹できた筈、自分は彼らの殆どを無駄死にさせてしまったのだ……!
 飽食の洗脳から解け、自らが犯した罪の重さを思い知って懺悔するも後の祭り。今や完全に食べられる側となったブラッキーは、遂に前足と頭を除く全身をベロリンガに呑まれた状態となってしまう。
 いつまでベロに抱き付いていられるかな? 積極的に呑み込もうとはせず、獲物が自滅するのを楽しみに待っていたベロリンガであるが、その瞬間は間もなくして訪れる。
 ヌルリッ。握力が限界に達したブラッキーの両前足が舌の根元から滑り落ち、最後まで残った前足と頭も喉奥に消えてしまう。伸ばした舌を巻き取り、上向けていた口を元に戻して閉じ、そして――ごっくん! 喉の膨らみとなったブラッキーを呑み下し、胃袋の底にドプンと沈めてしまうのだった。
「……ぶはぁっ! あぁ、食べた、食べた! 大満足のディナーだったなぁ!」
 生温かく湿った息を盛大に吐き散らかした後、今や破裂寸前の風船の如くパンパンに膨れ上がった腹部を両手でさすりつつ、ベロリンガは満足そうに食事の感想を述べる。
「お腹いっぱい過ぎて息苦しいや。こりゃ嬉しい悩みだねぇ……」
 こんなに食べたら一段とデブになっちゃうよ。彼は笑顔と困り顔とが入り混じった表情を浮かべる。小便と大量の脂汗とで先客から搾取した水分の大部分を排泄し終えていたものの、二日連続の大物は流石の彼も堪えた。
 幸せな満腹感に包まれると同時に眠気にも襲われてしまった彼は、床と擦れる程に大きく膨らんだお腹を両手で大事に抱えつつ、ゆったりとした足取りで焚き火の前まで戻って行った。
 涼しい夜なので残念だが、今晩は暑い位まで暖かくして寝よう。体温の下がる寒い季節に食べた獲物より、暑い時期に食べた獲物の方が早く熟れることを体験的に知っていた彼は、乾いた薪を何本も火にくべる。間もなくして完全に燃え移り、洞窟の天井を焦がす程の大きな焚き火が出来上がった。
 これでよし。後は睡魔に身を委ねるだけだ。寝る準備を整えて横になろうとした彼であったが、直前になって口の中に残る生臭さが気になってしまう。
 何か気の利いたものはないだろうか。そう思って辺りを見回した彼の目に留まったのは、ブラッキーが残して行った飲み掛けのティーカップだった。
「……食後に飲むのもオツなものだよね」
 そんな事を口走るなり躊躇なく手を伸ばしてグイと呷る。
 まだまだ足りない。次の一杯を注ぐためにケトルを引き寄せるも、数秒の思案があった後、
「えぇい、面倒臭いや! このまま飲んじゃえ!」
 そんな結論に達した彼は両手で高々とケトルを掲げて傾け、あんぐりと大きく開かれた口の中に濃い琥珀色の液体をジョボジョボと注ぎ始める。
 渋い。彼の舌が感じ取った味覚の全てだった。だがそれがいい。彼は更にケトルを傾け、蒸らしに蒸らされて渋味が出尽くしたお茶を最後の一滴に至るまで口の中に注いでしまう。口を閉じてケトルを置き、盛んに舌を動かして隅々まで行き渡らせてからゴクンと飲み干せば、後味はスッキリ。口の中に残った生臭さを一掃してくれる最高のアガリとなった。
「……あぁ、サッパリした! これで落ち着いて寝られるや!」
 食後の一服を終えた彼は大の字になって仰向けに寝転がる。そんな彼の視界に否応なしに入って来るのは、山のようにそびえ立つ自身の膨らんだお腹だった。
「君達も今頃は幸せの絶頂だったろうにねぇ。お腹いっぱい結婚の御馳走を食べて、仲良く寝床へ入ったら……やることなんか一つしかないもんね。オイラに出会っちゃったのが運の尽きだったよ。お生憎さま!」
 皮肉な笑みを浮かべつつ、両手で山の中腹をスリスリとなで回す。そうやって新婚ほやほやのカップルを食して思うのは身の上のことだった。
「オイラもいい歳なんだし、彼女とは行かなくても、仲良しの女の子の一匹や二匹くらい作らないと。現実を見なくちゃ。あの子はもういないんだ……」
 言葉の最後で深く沈んだ声になったベロリンガは、悲しみに満ちた表情で洞窟の天井を見つめる。
 駄目だ、考えるのは止そう。首を左右に動かしてネガティブな感情を振り払ったベロリンガは、大きく深呼吸をして静かに目を閉じる。
 昨日に続いて最高の一日だった。きっと明日も最高の一日になるだろう。いや、きっと最高の一日にしてみせる――。決意を新たにしたベロリンガは、間もなくして深い眠りへと落ちて行ったのだった。
17/12/18 01:06更新 / こまいぬ
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