読切小説
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後を追う


今にも死に絶えようとしていたのは、俺にでも分かった。

「本当に、方法は無いのか? 俺、何でもするからさ、」

「生命の運命だ。」

「言葉遊びをしてるんじゃないって! だって、ドラゴンだろ、俺ら人間とは違うだろ、何か、あるだろ、魔法だって使えたじゃないか、」

「騒ぐでない。」

「何でそんな、落ち着いているんだよ、俺はもっともっと一緒にいたいのに! まだ出会って十年じゃないか、俺はまだまだ元気なのに……、俺が死ぬのを見送ってやるって、言っただろ……」

俺はグランの青い顔に抱きついた。大きくてごつごつして、まだ温かい。

「出来なくて残念だ。」

「何言ってんだよ、……じゃあ俺も死ぬ、一緒に死のう。」

「愚か者が。自ら命を絶つ者などとは、関わらぬぞ。」

「じゃあどうしろって、……」

俺の言葉は途切れた。薄暗い洞窟内が沈黙だけになった。


「エル、お前が傍にいてくれた、それだけで、私は幸せだ。」

沈黙を破った声は、力なく掠れていた。

「……そんなの、嫌だ。嫌だよ、俺はグランともっと話がしたい。グランの鼓動を聞いてるだけで、安心できるんだ。」

「他にそのような存在を探すことだ。私に構ってばかり居ると、人間との関係は、どうなのだ。」

「そんなのどうでもいい! 俺は、グランが、好きだ! 好きなんだ! グランを失うなんて考えられない!」

勢いで叫んだ。心のままに、今言わないと、後悔するに決まっている。

「馬鹿か。エルも私も男だ、私はそのような趣味は無い、」

「そんな話をしてるんじゃない、俺は、グランと離れたくない。どうしてはぐらかすんだよ、」

答えは返ってこなかった。

「エル、元の生活に戻るのだ。これが私の最期の願いだ。」

グランは眼を細める。その眼は、元に戻らない。

「そんなの、残酷すぎるよ。なあ、もっと眼を開けてくれよ、もっと生きててくれよ、俺を独りにしないでくれよ!」

「今まで、楽しかった……。ありが……とう……。」

グランの眼は、完全に閉ざされた。呆気なかった。
グランが死んでも、周りの光景は何も変わらなかった。
ただぬるい風が吹き抜けていくばかりだった。


「グラン……グラン!!」


俺の頭の中が真っ白になった。何もかも、夢の中じゃないかと疑った。

「なあ、嘘だろ? 生きてるって言ってくれよ……」

恐る恐る、グランの顔に手を触れた。温かみが、どこにも見当たらなかった。慌てて手を引っ込めた。
グランはびくとも動かない。

「何か、返事してくれよ……」

グランは何も言わない。道標を根元から折られた俺は、そのまま立ち尽くすしかできなかった。




「グランは馬鹿な奴だなー。」

快活で馬鹿でかい声が聞こえてきた。俺は睨みながら後ろを振り返った。

「レーグ、何言ってんだ!」

俺は叫んだ。

「おー、怖い怖いー。」

奴はジュルリと舌をなめずった。真っ赤な舌の先から、透明な唾液が滴り落ちる。
レーグは全身を赤い鱗に覆われた、グランより少し小振りなドラゴン。グランの友達だそうだ。よくグランや俺にちょっかいを出す、お調子者だ。

「出て行ってくれ、グランを馬鹿者呼ばわりするなんて酷いだろ!」

「馬鹿だから馬鹿って言ったんだなー。わざわざ死ぬことなんて無かったのになーって思っただけー。」

レーグは顎を地面につけて、俺の方を見下ろした。グランより小さいとはいえ、人間と比べるとドラゴンは巨大な生物だ。いつもは感じない本能の恐怖が、今だけは感じたらしく、体が震える。

「どういう事だよ。死ぬのは定めって言ってた……」

「格好つけやがってなー。なーに、グランの奴、お前と出会ってから人間を喰わなくなったんだなー。」

「……え? ……ドラゴンって、人間を、食べるの?」

「そりゃそうだ。そうだな、今まで見てきた中で、お前が一番旨そうだなー。ジュルゥ……」

レーグの口の端から唾液が垂れ、洞窟の床を濡らす。僕の心が揺れた。

「グランは……この十年、何も食べてなかったの?」

「水しか飲まなかった、馬鹿者なんだなー。お前のせいなんだなー。」

俺ははっとした。グランはずっと、我慢していたのか。

「じゃあ、俺が……」

「グランは人間に同情しちゃったんだなー。」

その言葉が、俺の胸をえぐり取った。俺のせいで、グランは死んだんだ。


「今からでも、間に合うのか、」

「何を言ってるんだなー? 死ぬんだったら、おいらが喰ってやるぞー。」

俺は返事せず、ふらふらとグランの前まで歩く。グランの顔を撫でる。温かさの欠片も、無かった。手から熱が奪われるような感覚になった。グランだって、生きたかったのだと思うと、余計に苦しくなる。

「何してるんだー?」

僕はグランの上顎を勢いよく持ち上げた。重たいが、徐々に口が開いていく。

「そんなことで、生きられるなら、ちゃんと言ってよ……。」

グランの吐息を感じた気がした。本当に、生きてないのか……?

「だから、何してるんだー?」

「無駄なことかもしれないけど、俺に出来ることは、これ位しか無いんだ!」

俺はグランの口に向かって叫んだ。そして次の瞬間、俺は地面を蹴って、グランの体内に飛び込んだ。

「何を……」

後ろでレーグの声が聞こえた。黙っていてくれ、本当に俺がしたいことは、これなんだ。グランの口は少し開いて、外からの光が僅かに射し込んでいた。

「早く、喰ってくれよ! 噛み砕いてくれても良いからさ!」

俺はグランの舌に抱きついた。少しひんやりとした、ぐにぐにとした柔らかい舌。まだ少し湿っている。もっと唾液でも何でも良いから出して、俺を味わって喰ってくれよ、呑み込んでくれよ……。
舌を抱きしめた。無意識のうちに堪えていた涙が、溢れ出てくる。無尽蔵に溢れる。こんだけ泣いたんだから、奇跡か何か起きてグランは生き返るよな? 俺の思いは、俺の体がはちきれそうなほど大きく、ぐっと詰まってるんだ。誰にも負けない。

……何も起きなかった。何だよ、くそぅ!
そうだ、自分で飛び込もう。胃まで行って、俺を消化してくれ。そうしたら、生き返るのかもしれない。まだ間に合うかもしれない。
俺はグランの喉へと四つん這いで進んだ。喉の入り口が見えた。俺は唾を飲み込んだ。待っててくれ、グラン。
俺は喉の肉に触れた。舌よりもぶよぶよした柔らかい肉。俺はぐっと力を込めて、肉を押し広げた。その先は真っ暗だった。
俺は勢いよく頭をその穴に埋めた。肉に押しつけられて、少し呼吸が辛い。勢いに任せ続けて肩、腰、足と、肉をかき分けながら俺の体を押し込んでいった。
不思議な感覚だった。全身がこそばゆいような、揉みほぐされて気持ちいいような、何となくずっとここに居たくなるような、そんな心地良い空間だった。
そんな事を感じている暇はない。早く、グランの糧にならないと……。
腕と足を必死に動かして、暗闇で見えない先を目指した。


ぐじゅぅ……ぐにゅ……

手を伸ばすと、ぐっと締まった門らしき肉がある。酸の臭いが濃くなっている。そうか、この先が胃なのか。早く、早く……
俺は慌ててその噴門をこじ開けようとした。しかし硬い。何だよこの、くそう、くそう!
肉に埋もれて踏ん張れるような支えも無く、体勢も崩れたままでは、力が入らないらしい。
俺は「開け!開け!」と叫びながら手に力を込めた。俺はこの先に用があるんだ。だから「開けてくれ、グラン!」
その願いが届いたのか、少しずつ開き始めた。酸の鼻を突く臭いが一気に濃くなったのが分かった。
俺は頭をねじ込んだ、一気に噴門は開いていく。その勢いに任せて、頑張ってもがいて首まで突っ込んだ。次は肩だ、足をばたばたさせて前に前に進もうと頑張った。
ここからがなかなか進まなかった。ゴールはすぐそこなのに、僕の体は前に進もうとしなかった。
「何だよ、何でだよ!」
俺は泣き叫んだ。俺に罪を償わさせてくれよ。俺がグランを殺したも同然なんだ!!
次の瞬間、俺の体は勢いよく肉の上を滑り始めた。そして、やったという達成感を感じる間もなく、顔から液体に突っ込んだ。胃液だ、と感じたのも束の間、
痛い!
こんなにも痛いのか、消化されるというのは、想像していたよりも身に滲みて痛い。慌てて胃液から抜け出そうとした。でもこれは、グランのためなんだ。グランのためなら、なんのこれしき……ッ! 俺は目を歯を食いしばり、わざとじゃぶじゃぶと胃液を波立たせる。
それでも全身を炙られるような痛みと、傷に塩を塗ったような滲みに耐えるのは辛い。苦し紛れに頭上のぐにぐにした胃壁の肉を掴むも、力も入らずぬるっとしていて掴めない、辛い、苦しい。それでもこれでグランが生きられるんだ、だったら俺は、我慢するしかない。いや、喜んでグランのために我慢するんだ。
必死に我慢した。頭が可笑しくなりそうな痛みにも、俺は我慢し続けた。

どくん……
大きな鼓動を感じた。やった、やったんだ、グラン、奇跡は起きたんだ!
ただ心の動くままに涙が流れる。もう頭もうまく働かない。
そして最期に一つ、願った。

グラン、俺を糧にして生きてくれ。

耐えきれない痛みの最中、俺の意識は痛みから逃げようと薄れていった。








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目が覚めたのだ。

あれ? 俺は、生きているのか?
目を開く。ごつごつした岩肌が見える。ここは……
体を起こす。ここは、いつも見慣れた洞窟の出口だった。

「驚いたか?」

その声に驚いた。振り返ると、そこにはなんと、グランがいつものように床に伏せていたのだ!

「グ、グラン!? どど、どうして?」

グランは、いつもの穏やかな顔で俺のことを見据えていた。俺は慌ててグランの躯に触れる。温かかった。生きていた。

「エルを驚かせてやろうと思って、私とレーグで画策したのだが、少々度が過ぎたみたいだな。魔力も思いの外使ってしまった。」

じゃあ今のは、ドッキリってことか?
ああ、そうなんだ……

「度が過ぎたって、いい加減にしろよ! 俺が、どれだけ心配したと思ってるんだよぉ……。」

俺はとうとうグランの顔をばしばし殴りながら泣き始めた。
情けないな、俺。

「まさか、自ら私の体内に飛び込むとは、感動したぞ。」

「当たり前だよ、グランのためなら何だってやるんだからな!」

「同時に、慌てて蘇生魔法をかけたのだがな。随分と肝を冷やされたものだ。」

グランは俺の頬を舐めた。肉厚な舌の感触は思いの外気持ちいい。頬に透明な唾液の跡が残る。

「……じゃあ、今までの話は嘘なんだよな?」

「そうだ。死ぬ筈が無い。私はエルより遙かに長く生きるのだ。」

「そうだよな、良かった……。でもさ、……」

「何だ?」

俺はグランの頬を撫でる。ごつごつして、温かい。

「グランは、もし、俺が死んだら、……どうするの?」

グランは急に黙った。俺は答えが気になって仕方ない。しかしグランはしばらく考え込んでいた。そのまま息が詰まりそうになる。質問したことを後悔し始めていた。

唐突に、グランは口を開いた。

「エル、お前は私が死んだと思った時、私に生きてくれと願っただろう。だから私は、エルが死んだとしても、生き続ける。お互いに生き続けることを望むのだから、わざわざ死ぬ意味など無い。お互いの望みに反することは、為すべきで無いのだ。」

それはグランらしい、重たい答えだった。それでいて、最善の策を答えるのだ。

「……グランはいつも、一つ一つの言葉が重いや。」

「何千年と生きていると、自然とこのようになるのだ。私が先に死んだとしても、エルは生き続けてくれ。それが私の唯一の願いだ。」

「分かった。グランの為に、生き続けるよ。」

そう言って、なんだか笑いがこみ上げてきた。ふふっと笑みがこぼれてしまった。

「どうした?」

「いや、何だか、よく分からないや。やっぱり真面目な話は苦手だな、俺は。」

「ふむ……やはり、エルは興味深いな。いつも私の想像の斜め上をいく。」

「いつもなのか? いつもじゃないだろ、俺は普段はちゃんとしてるだろ?」

「お前はいっつも変だー!」

グランの声ではない。後ろをぱっと振り返るとレーグがすぐ目の前まで迫っていた。俺は思わずうわっ、と声を漏らす。

「脅かさないでくれよ……、」

「グランの為なら何でもするってーところ、変だなー。」

「変? 好きなドラゴンのためなら、何だってするさ。」

「限度を弁えぬから、後先考えずに突っ込むのだろう。」

これはグランの言葉だ。

「そんな事言ったって……」

「私はそのような向こう見ずなところ、嫌いでは無いがな。」

グランは眼を細めて言った。少し意地悪をしてみたくなった。

「じゃあ、好きって言ってよ。」

レーグの顔がにやける。グランはそれを見てか、口元にぐっと力を込めると顔をぷいと逸らした。

「わ、私は興味深いと思うのみだ。恋などせぬぞ。」

「おいら邪魔だったかー?」

レーグは半ば笑いながらそう言った。グランは恥ずかしいのか、四脚で立ち上がった。

「レーグ、で、出て行け。」

「もっと素直になったらいーのになー。まーいっか、じゃあ二人とも、永遠に爆発しろなんだなー。」

俺ははたと気づいた。

「レーグってもしかして、俺らのこと、羨ましいのか?」

すると急にレーグは翼をばたばたとさせ始めた。

「そんなことないんだなーっ!」

そう言い残してばたばたと空へと飛び出していった。結構分かりやすい性格だ。案外レーグも可愛かったりするかもしれないなぁ。



「邪魔者は居なくなった。」

グランはどこか嬉しげに言いながら、その場に躯を丸めて伏せた。

「じゃあ、好きって言って。」

「あくまで私は男だぞ。」

「細かいことは気にしなくていいって。な、そうだろ?」


 「……相変わらずだな、――――」


地鳴りのような低い声で、俺のリクエストに答えてくれた。
俺は何も言わず、閉じたばかりのグランの口に、真正面から顔を寄せた。

15/08/08 14:35更新 / 長引
■作者メッセージ
新しいvoreのシチューを模索しようと書いていたら、何故かあらぬ方向へ走ってしまったよ/(^o^)\オーマイガッ
ニッチャーのニッチに付け込んでしまった感じに仕上がりました……

P.S.
き、今日がvoreの日だって!?(ナンダッテー!!
今朝知ってから慌てて、途中で挫折していた話を引っ張ってきて書き上げちゃったよww勢いって怖いww

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