連載小説
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シーン6【かなり残酷です】
「お父さん、お母さん! 誰か助けて!」
 一匹目。泣き叫びながら一目散に逃げ出そうとした一匹に背後から飛び掛かってガブリと首元に食らい付く。そのまま牙に力を込めて行って――ボキリ。頸椎を噛み砕き、鈍い音と共に命を奪い去る。亡骸となった一匹を咥えた状態で残された者達の方を振り返り、ニィッと不敵な笑みを浮かべれば挨拶は完了だった。
 絶叫する者、慌てふためく者が大半を占める中、辛うじて平静を保っていたリーダー格の一匹が無謀にも立ち向かって来る。
「ここは俺が食い止める! みんな今の内に逃げるんだ!」
 号令を掛けると同時に散り散りとなって逃げて行く配下のコラッタ達。残る全員が無事に視界から消えて行ったのに安堵の表情を浮かべたのも束の間、緊張の色を顔いっぱいに湛えたリーダー格のコラッタが捨て身の突撃を仕掛けて来る。
「うおおぉぉぉっ!」
 掛け声で己を奮い立たせ、動きを読まれぬようジグザグに走って全速力で距離を詰めて来るリーダー格のコラッタ。が、そんな全身全霊を賭けた特攻も、抜群の動体視力を誇る彼からすれば目で追える程度の動きに過ぎない。飛び上がって脳天を狙って来た前歯による一撃をひらりとかわし、地面に激突した瞬間を仰向けに両前足で釘付けにする。絶望と恐怖が入り混じった表情が彼の嗜虐心を極限まで高ぶらせた。
「ゲームオーバーだ! くたばれ!」
 二匹目。咥えたままだったコラッタの遺体を放り投げ、リーダー格のコラッタの喉元を容赦なく四本の牙で貫く。
「ぎゃゃあぁああああああ!」
 断末魔の叫びを上げることが出来たのはそれまでだった。次の瞬間に喉笛を頸動脈ごと引き裂かれ、ぽっかりと開けられた穴の縁からシャワーのように鮮血が噴き出し始める。
「ふはは! 薄汚いドブネズミの分際で俺様に盾突いた罰だ! 苦しみ悶えて死ぬが良い!」
 食い破った新鮮な肉をゴクリと呑み下し、激しく息を漏らしながら転げ回り始めたコラッタをゴム鞠の如く足蹴にして遠くまで弾き飛ばす。
「にっ、兄さん!」
 絶叫を耳にして戻って来てしまったコラッタが一匹。致命傷を負わされた仲間の元に脇目も振らず走り寄り、必死の介抱を試み始める。
「……ああ、何て酷い傷だ! とにかく血を止めないと!」
 両前足に精一杯の力を込めて止血しに掛かるも、それは手の施しようがない傷。前足が鮮血に染まるばかりで出血の勢いは一向に弱まらず、手当ての甲斐もなく彼の目の前で力尽きて行ってしまうのだった。
「止まらない、止まらないよ……! あぁ、どうすりゃいいんだ!? 兄さん、お願いだから戻って来ておくれ! ……嫌だ、こんなの嫌だ! 兄さん……僕を、僕を置いて行かないで……!」
 三匹目のコラッタは傷口に両前足を乗せたまま、もう二度と動くことのない仲間の体に顔を埋めて涙を流し始める。その時まで彼はブラッキーが足音を忍ばせて背後まで近寄って来ているのに気が付く由もなかった。
「ほぉ? そんなにも兄さんが好きか。ならば望む通りにしてやろう」
「……ひっ!?」
 悪意に満ちた声にハッと我に返って後方を振り向いたコラッタが最後に目にしたのは、血に塗れたブラッキーの悪臭漂う口の内側だった。リーダー格のコラッタと同様に前足で釘付けにし、首に噛み付くと同時に喉の肉を食い千切る。
「が……あっ……!」
「願いが叶って良かったな。感謝しろよ?」
 同じ運命を辿る羽目になったコラッタに捨て台詞を吐いた後、彼は夜の帳が降りた草原を駆け始める。
 後は流れ作業にも等しかった。暗闇の中で怯えながら身を潜めていた一匹一匹に音も気配もなく忍び寄り、血と殺戮とを好む歪んだ心の赴くまま、恐怖と苦痛に満ちた死をプレゼントして回ったのだった。
「……こっ、こんなの絶対に間違っている! 何だって皆殺しにする必要があるんだ! 僕達に恨みでもあるのかい!?」
 順調に始末して行き、最後となる八匹目。今や口の中どころか顔までも返り血で真っ赤に染めたブラッキーは、声を枯らしながら訴えて来た残る一匹を追い詰める。
「いいや、何も」
 ブラッキーは薄ら笑いを浮かべながら答える。
 紛れもない本心だった。どうせ相手は放っておけば勝手に子を産んで産みまくって数を増やして行くコラッタのことである。食べようが食べまいが、見つけ次第にでも殺しておくのが得と言うものだった。
「だっ、だったら!」
 回答を耳にするなり最後の一匹のコラッタは跪き、自身の胸の前で両前足を組んで見せる。
「お願いだ! 後生だから見逃してくれ! ここで殺されたんじゃ死んでも死に切れない! 僕には……僕には死ねない理由があるんだ!」
「理由だと? 話してみろ」
 命乞いか、面白い。興味が湧いたブラッキーは反射的に返す。
「はっ、話したら……見逃してくれるのか!?」
「いいから早く話せ。殺すぞ?」
 一縷の望みに表情を明るくしたコラッタであったが、途端に脅迫されて竦み上がってしまう。
「わっ、分かった! 話す、話すよ!」
 上ずった声で前置いてからコラッタは話し始める。
「両想いの彼女がいるんだ。明日にでもプロポーズしようと。これ……花束も買ってあったりして」
 そこでコラッタは真っ白い包み紙でラッピングされた色とりどりの花束を気恥ずかしそうに持ち上げて見せる。明日のために街まで行ってお金を出して買って来た代物だった。
 捨てずに持って逃げ回っていたのか。図らずもブラッキーは相手の熱意に感心してしまう。そんなブラッキーの心を更に揺さぶるかの如く、コラッタは真剣な面持ちで続ける。
「彼女に言われたんだ。子供が欲しいって。その願いを叶えてあげたい。そのための最高に幸せな一時を僕は彼女と一緒に過ごしてあげたい。だから……お願いだ。せめて明日まで僕を殺すのを待ってくれ。君も僕も同じ血が通った生き物じゃないか。僕のこの気持ち……君にも伝わるよね?」
 きっと分かり合える筈だ。コラッタは祈るような気持ちでブラッキーに微笑み掛ける。
「なるほど、奇遇だな。実を言うと俺も結婚したばかりなんだ」
 伝わった! コラッタは喜びの感情を爆発させる。
「それは本当かい!? 僕からもお祝いの言葉を述べさせて……」
「そういう事情だ。諦めて殺されてくれ」
 ブラッキーは強靭な後ろ足でステップを踏んでコラッタに躍り掛かる。
 現実は非情だった。どれだけ情に訴えようが所詮は獲物の戯言。狩られる相手の命を命とも思わない程に感覚が麻痺し切っていた当時のブラッキーを心変わりさせるには遠く及ばないのだった。
「うわぁぁぁっ!?」
 何故だ!? どうして!? そんな気持ちすらも言葉に出来ないまま、最後のコラッタは喉元に四本の牙を突き刺され、仰向けに前足で押さえ付けられる。愛する者への思いが詰まった花束もその瞬間に投げ出され、バラバラになって地面の上に散らばった。
 ブチブチブチィッ。
 肉が引き千切られる不気味な音が響くと同時に、コラッタの首から胸までを焼けるような激痛が襲う。
 食べないで。それは僕の大切な体。僕は君の食べ物じゃない――。無言の訴えも空しく、もぎ取られた体の一部は無慈悲にも目の前で汚い口の中に放り込まれる。そのままグチャグチャと咀嚼されて唾液と混ぜ合わされ、ゴクンと喉奥に送られてしまうのだった。
「……ふむ、悪くない。こいつと二匹目の奴で十分だろう」
 後はゴミだ。試食の感想を口にしたブラッキーは心の中で付け加える。片っ端から狩り尽くして美味しそうな奴だけ頂けば良い。それが虐殺の動機の全てだった。
「誇りに思うが良い。お前は俺の結婚の御馳走に選ばれた。……まぁ、彼女のことは心配するな。そこら中から湧いて出て来るドブネズミのことだ。お前の代わりなんか掃いて捨てる程いるだろうよ。数日もすればお前のことなんか何もかも忘れ去って、別のオス相手に股を開いているさ」
 瀕死の重傷を負った足元のコラッタの顔を見下しつつ、ブラッキーは相手の魂を粉々に踏み潰す一言を掛ける。ショックだったのだろう。両目いっぱいに涙を浮かべてパクパクと口を動かし続けていたコラッタはそこで息絶えてしまうのだった。
 相手の目から光が消えたのを確認したブラッキーはコラッタの亡骸を咥え、散らばった花の一本一本を気にも留めずに踏み潰しながら元来た道を戻って行く。虐殺の記憶はそこで途切れた。
17/12/18 00:45更新 / こまいぬ
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