連載小説
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一噛みで終わるいのち
―――――――――――――――そよ風が耳で震えている。静かな空間に赤黒い雲が右から左へ静かに流れる。
その哀れな犠牲者達の断末魔や嘆きはむなしく掻き消されていく。
新鮮な日光が洞窟の中を黒々しく塗り潰していた。
人間一人より遥かに巨大な竜が身を屈めて洞窟に入っていく。
ちらりと竜が洞窟の外を一瞥すると、下界から調達してきた朝飯が褐色岩の食卓に並べられる。人間たちは人生の終わりに…今さらうろたえていた。





ボロボロの服を着た人間の男二人が岩壁に追い詰められていく。二人の小さな身体がすっぽりと黒く影に包まれてしまうと、足音は止んだ。
品定めをするように目を細め首をもたげてから竜は言う。

『さぁ…どちらからいこうか?』

一人は一瞬困惑した表情を浮かべ絶望し溜息を洩らした。
一人は竜の眼をじっと見据えたままだ。

どうして早く食い殺そうとしてくれないのだろう…?

二人はもう限界に近かった…。
『…なに…突然さらわれたから先に死ぬか後に死ぬかくらい選ばせてやろうと言ってるんだ…。』


どうせ死んでしまうんだから…。

二人は押し黙ったまま、竜の目を睨む。
竜の今まで食ってきた何百もの人間達の返答を振り返り、右の若者の方はずっと黙ったままだろうなと感じた。いや、むしろどちらとも答える気など無いだろう。
大抵人間達の間では『竜』という存在が悪魔のように黒く噂されていると言う事も今までの経験上、十分知り得た話なのだ。
人間達は竜を信じようとはしないし、約束も守らない。彼らにとってはそれが当たり前だからだ。


自分の表情を数秒間にちらつかせては、相手の出方を伺い、何とかしてあとに続こうとする考えをずっと巡らせているように見える、挙動不審な様子。
対して、もう一方の背の低い人間の方を向くと、ぐっと目線が合う。覚悟を決めて一か八か逃げようと企んでいるご様子。少し虐め甲斐がありそうで…もう一方は放っておいて、こちらからさきに食ってやる事にする。
若くて骨も柔らかそうなちびっこは後でじっくりと…。

≫≫≫

『では…こちらを先に…。』

竜は自分の方へ首を寄せると、一目散に逃げていくもう一人を一瞥し、そう宣言した。
鼠と象のような歴然とした体格差に圧倒され思うように目線が動かせない。
尻尾がしゅるしゅると地面を這う。
目線が距離を縮めていく事におぞましさを感じる。
竜に睨み付けられながら、嫌でも自分の恐怖に歪む顔が、竜の心を愉悦に引き込んでいるのが分かった。
あからさまに嫌悪感を出している自分の姿が竜の眼の表面に映し出されていた。竜の眼の黒く縦長に割れた部分が微かに鋭くなるのが見えた。

『ひっ…!…ぁあっ…』
冷や汗が止まらない。
ぐっと拳の中に溜まった汗を握り締め、理性を保とうと必死になった。
目の前がどれだけ絶望に覆われていても、どうにか自我だけは保とうとしてしまうのが人間の本能だからだ。
どうせならこのまま意識を失ってしまいたかった。
竜に食われる寸前であっても相手を威嚇するのを止め(られ)ない自分に腹が立った。
こんなときに臆病であっても良い筈なのに…!

竜に捕まって悲惨な死を遂げた先人達の話を何度も親から聞かされ続けてきた。目の前で突然友達の一人がひと呑みにされてしまった記憶が今更になって甦る。
自分も今から竜に…。
頭の中でしきりに走馬灯が駆け巡る。
ただ食われるのをだまって待つのみの餌に成り下がってしまった己の不甲斐なさに涙が出そうになった…。
『し……死にたくない…っ。うぅ…』
村に残してきた家族、友達皆……それぞれの顔が目に浮かぶ。突然…何で、何でこんな…。
この…数秒後の一噛みで奪われてしまう
『何だ……もう解けてしまったのか……なら、』
竜が頭を近づけ俺を―――――見下し、

頭が左目を横切った。

『鳴け。』


がつっ…すぐ横で血飛沫が噴き上がった。


両眼がはっと見開いて、首を右に曲げた。
…そして叫んだ。
…――――ウギャアアアアアァアアァァア!!!!!!!』
無数の棘が左肩、左腕、左半身全体に突き刺さる痛みと、歯車に肘が挟まり無理やり持っていかれるような…腕の引きちぎられる痛みがああああああぁぁぁ――――!!!!!!!!!!

必死に抵抗すればするほど引っ張られる力は強くなる、駄目だ…。逆らえない…。
必死に身をよじると、腕が更に引っ張られてしまう。



グチュ…グチュ…
自然と溢れ出る唾液で血の味が薄くなっていく。
牙を突き立て、新鮮な血を求め啜るように喰らう。


『やめ……て…ぎゃあ!!』
竜が…自分の肩に噛みつき、ゆっくり…ゆっくり…腕ごと食い千切ろうと下半身が尻尾によって下に引っ張られ、腕は竜の牙の奥で持ち上げられていく。
青年は顔を真っ赤にして、眼を見開き、声を張り上げた。
悲しみと怒りと不甲斐なさと人生のすべてがつまったような非情な叫びが、やがて絶望の混じった嗚咽に変わった。

『て………』
『グルルッ…ズズズ…』
一瞬にして人間の肉体と希望が崩れ去って行くさまを、生暖かな血肉と骨の硬さを味わいつつ愉しむ。
―――――グチャッポキッバキッボキンッ…ピキッ…ミシ…ミシ…ブチッ。


やがて肉塊が体から噛みきられ、竜の渇いた喉を潤すと、後に人間は絶命していた。



『』

尻尾をほどき、残った身体を口一杯に頬張った。
空気に触れて乾いていた黒い傷口を唾液が溶かしていく。腐りかけの肉汁がじゅわあっとして、口の中で溶けて無くなるのを恋しく思いながら、噛み啜り続けた。
そうして乾いたそれを噛み砕いた。


≫≫≫≫≫



あぁ…早く逃げなければ…。
天井を一心に見つめた。
泣きたい気持ちを必死にこらえる。
洞窟の中には人肉をあさる音と竜の唸り声が常に響く。もし、脱出する前に竜があの人を喰い尽くしてしまったら…。

想像したくない。
絶望している暇はない。

『しかし…』
しかし…
一体どうすれば良いと…。


ふと、崖の縁を見やった。助かる見込みはないが、貪り食われるより、自殺する方がよっぽど良いかもしれない。
いいや、その方が絶対良いに決まってる。

意を決して、男は崖の下を恐る恐る覗いた。


遥か下に雲海が見える。
これほど高いのに…村は、どれくらい遠いんだ…。
頭が痛い。


『……ひえぇ…っおっかねぇ…。』
下から風が吹き上げ、彼の顔に激突し突き抜けて行く。滲んだ脂汗が冷える。
もっと前に乗り出していたら…そのままバランスを崩して…
想像するだけで、また背中が気持ち悪くなった。

『はあぁ…どうする…どうする…?』
究極の二択。
生きたまま食われるか。遥か下で砕け散るか。


ふと、洞窟の方を向いた。絶句。


彼の側には洞窟の入り口ではなく竜が一匹立ち塞がっていた。
『ガアアアァァ…』

竜の姿が日の光に照らされて輝く。
返り血が逆光を浴びてより闇色が掛かり、それは本当に悪魔のようだった。

『…嘘……だぁ』


目線を背けられないまま、両手に地面をつき、意味もなく後ずさった。

ドンッ
何かにぶつかる感触が背中に伝わった。
驚いて振り向いた。
『……ぇ…?』

壁は白く縞模様になっており…呼吸していた。心音がなって……生きていた。

『あひいぃ…ッ!?』

蛇腹を上に目線を辿っていくと、もう一匹砂色の竜が首を曲げ、青色の二つの目がこちらをジイッ…と見つめていた。



16/02/24 14:43更新 / みずのもと
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■作者メッセージ
話が進まないのが一番もどかしいですな(;´д`)

腕が食い千切られてしまった…これって良いんだよね?ぐろ過ぎるかな…^ロ^;

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