連載小説
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血と肉と骨と
バサッ…バサッ…
翼が空気を掻く音が一定の感覚で辺り一面の森に靡く。
その瞬間、湖にいた動物達はこそこそと森の陰に急ぎ隠れ始めた。


『竜が来る。』
そう本能的に悟って。

もし一瞬でも見つかってしまえば、獣は、特に肉付きのいい鹿や猪は竜の鉤爪に叶いそのまま住処に連れ去られてしまう。


――…一度竜の大群が通過した時もあった。

まだ湖底が透き通って見える程…綺麗だった頃。

コバルトブルーの湖の碧色が岩山の影に侵され始めると、動物達はあらゆる悲鳴を叫び、皆森の影に隠れたが、
それが空で待ち構えていた捕食者達への合図となってしまった。

すぐに辺り一帯が翼のはためく音と黒い影で覆い尽くされてしまうと、そこにいた全ての動物が貪り尽くされていた。

…それからは、ピィピィと喚く鳥も無くなった。


辺り一帯に散在しきった、竜達の食べ残しは雨や風でしだいに湖へと注ぎ込まれ数十年間、湖は死の池と化し真っ赤に染まっていた。

動物達の肉片や骨は殆ど沈殿していたが、動物を捕食した際に牙から流出した竜の毒液が漂い、
湖はもちろん、
その辺一帯の大気にまで気化した物が蔓延しきっていたからだ。
今はそれさえ雲散して、赤色も抜けて緑色に変色した塩湖になっている。




最後の小鳥が飛び立った瞬間、地面が揺れ砂埃が立った。

湖に向き直った砂色の仔竜が水面の空の端に映り、その少し側には入道雲が見えていた。
仔竜の腕には子供が抱えられていて、全身唾液まみれで目を閉じ顔をしかめたまま気絶している。


その可哀想な(可愛い)表情を覗き、一瞥をくれると、腕を離し何かの供物のようにゆっくりと子供を持ち上げ、湖に投げ入れた。
どぱあんっ――勢い良く人一人の体重が石のように水面を貫くと、垂直に水飛沫が立つ。
気泡も浮かんでこなかった…。





――暫くして…死体のようにするりと水面に浮かんできた。水が波紋を立てて拡がっていく。
不気味なほど静かな浮き身だった。

目が閉じたままで…四肢はだらりと輪を描くように広がっていた。
本当に死んでいるような…そんな心安らかな表情をしていた。



しかし、わかっていた。

気絶しているだけなのだ。この湖では…死ねないのだ。
抵抗、怨念、憎悪、劣等…その他諸々の負の心だけが重く重く…底に沈んでいく…。
今の子供は赤ん坊同然―――。



仔竜が空に飛び上がり下放射線状にホバリングし、上手くキャッチするとそのまま上へ上へと登り、空中で留まった。
抱きかかえた子供をくるっと回転させ、また可哀想な表情を覗くと、右頬を啜るように舐めてしっかり“味”がついた事を確かめた。

と、同時に背徳感で心が満たされたことで妙に後ろめたい気持ちになったが、目を細めて少し俯いただけだった。

素晴らしい朝(食)に思いを馳せて洞窟へと翼を早めた。
恐らくは兄さんも動物を捕って帰る頃だろうと思う。




≫≫≫

また匂いがヘンだ…。
しかもさっきより生ぬるい気がする…。
手足のどこを動かしてもヌルヌルの液体が全身に染み込むくらい服やズボンの下に侵入して来る。

早く出たい…。

さっきはそう思ったけど一瞬でそんなことはどうでも良くなった。


背中が押し上げられるように上へ上へと運ばれていくことに気づいていなかった。
はっと目を凝らすとその瞬間に噴門が花開いた。と同時に顔面に白い飛沫がかかる。

(うぐ……)

肉が全身に食い付き、また僕は別の竜さんの腹の一部に…なってしまうのか。
しかしそう思うと同時に外に出られるのかもしれない…という安堵感も生まれていて、僕はほんの少しの間だけ抵抗するのを忘れていた。

すると、僕の上下感覚がはひっくり返り、肉で埋まった隙間一つ一つが僕の重みで薄く広がっていく。
そうして…さっきよりも広い空間に投げ飛ばされ四つん這いになってその空間を自分の手と足で覆い尽くした、指先につく石のように硬い肉壁が閉塞感を患わす。

ぱっと顔を上げると目映い光で目が眩み右手を前に。と同時に膝小僧の辺りでニョロッと何かが動き、バランスを崩す前に自分の身体が前のめりに押し出されるのを知った―――。

ドサッ

『ううっ… 。
硬い地面の上に背中がぶつかり、暖かい草の上に転がった。
はっと上の方を向くと、ギラギラと照り付ける太陽の逆光が木々の影から強く目に焼き付いた。

一瞬口から呻き声が出ると、身体が持ち上げられ視線が青空へと持ち上がり、次の瞬間突き放され、背中を冷たい感触が浸すと全身がその深淵の中に埋もれた。視界が白くぼやけて、
波のような青白い靄(もや)が漂い広がっているのが見えて…振り返る間もなく意識が途切れた。

――くる……しぃ…。










≫≫≫≫

雲が少なくまばらに広がってぽつりぽつりと空いた隙間から暑くきらきらと輝く光の柱が立っていた。妙な世界の、何とも言えない心苦しさを感じると何となく口を閉じたまま光の柱の中を抜ける。上へ上へと突っ切って行くと明るい世界が広がっていた。


あぁ…まだ朝だと言うのに…―――。
下界に光の柱を貫き、雲海を薄橙色に焼きつかせて、その円い太陽はまだ輝き足りないとばかりにあかくそのみを色付かせていた。
地平線も茶色く焼け焦げてその上も銀がかかって…
終焉とも始まりとも付けがたい神々しい光景が度肝を抜き、暫くその光景に見とれた。
雲海を突き抜ける岩山の岩峰が褐色に輝く。

同じように仔竜の砂色が太陽の逆光で深く黒ずみ、時折金のように光を放つ。


『うわあああッ――――!!
(ん?)
上から高い悲鳴が聞こえた。どうやらすぐ近くの様で目の前の岩山を辿ると、
やはり、住処の方からだった。
巨大な要塞のように大きい山の中腹にぽつんと空いた黒い穴が見える。
竜はふと抱き抱えている子供の顔を覗くと、ふっと微笑を浮かべて、穴の中へと飛び去った。


香ばしい鉄の匂い―――

ああ…早く食べたい…。
ごくりと唾を飲み、翼はためく。
 
14/06/28 14:44更新 / みずのもと
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■作者メッセージ



次回、グロ注意。
毎回短文ですいません、
m(__)m

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