連載小説
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シーン3
 頭の後ろで両手を組みつつ鼻歌交じりに焚き火の前へと戻って来たベロリンガは元座っていた場所にドカリと腰を下ろす。
「……ふぅ、あの子の続きで済ませちゃうのが理想だけど、君はまだまだオイラのお腹の中が恋しいみたいだねぇ」
 気になってしまうのは自身の腹具合だった。ベロリンガはお腹をさすりつつ、昨日に食したエーフィが宿る自身の下腹部に向かって話し掛ける。
「まぁ、ゆっくりして行ったらいいさ。別にオイラも急がないからね」
 微笑みつつ口からニュルリと舌を伸ばし、ベロリンガは自身のお腹の三日月模様をペロリと一舐めするのだった。
「それにしても……」
 ベロリンガはブラッキーが座っていた方をちらと見やる。
「まさか君があの子のお嫁さんだったとはねぇ……。寂しい思いをさせてしまってごめんよ。すぐに会わせてあげるからね」
 さて、そのためにも彼が席を外している時間を有効活用しなければ。腹底のエーフィに呼び掛けたベロリンガは周囲に視線を向け始める。
 ――これだ。数秒後、彼の視線はブラッキーのティーカップに釘付けとなる。
「……いいこと思い付いちゃった!」
 悪意に満ちた笑みを浮かべると同時に、彼は出したままにしていた舌をティーカップの真上へと伸ばす。そこで彼が舌先をすぼめると、その先端から一滴の唾液が長々と糸を引きながら滴り落ちて行き――やがてカップの中央にポタリと着水するのだった。
 行為を気付かれる心配もなかったが、ベロリンガは素早く舌を口の中に仕舞い、ソーサーの上に置かれたティースプーンを手に取ってカップの中身を二回、三回と撹拌する。それからベロリンガは静かにスプーンを引き抜き、何事もなかったかのように元置いてあった場所へとスプーンを戻すのだった。
「……よし、バッチリだ!」
 一仕事を終えたベロリンガはカップに向かって大きく頷いて見せる。この位で済ませておこう。派手にやって警戒されてしまっては元も子もないのだから。ベロリンガはそれ以上何もせずにブラッキーの戻りを待つことに決めたが、果たして彼の判断は間違っていなかった。この上なくやるせなさそうな面持ちでバケツの持ち手を咥えたブラッキーがすごすごと戻って来たのは、その直後だったためである。
「あっ、お帰り! 言った通りちゃんと持ち帰ってくれたんだね! オイラが預かるよ!」
 ベロリンガはブラッキーが渡して来たバケツの側面を両手で挟み込んで自身の傍らに置いた。一連の出来事を通じて自尊心を大いに傷付けられてしまったブラッキーは一言も発することなく自身が座っていた場所に戻り、そのままそっぽを向いてしまうのだった。
 ……が、間もなくして無視を決め込んではいられない状況が巻き起こる。あろうことか、バケツを受け取ったベロリンガがその蓋を開けて中を覗きに掛かったのである。
「……わぉ、こんなにたくさん! 君ったらよっぽど長い間我慢してたんだね!」
 反射的に声のする方を振り返ったブラッキーが目の当たりにしたのは、およそ信じがたい光景だった。思わず身を乗り出したブラッキーの口から悲鳴に近い声が上がる。
「なっ、何をしているんです!? 勝手に開けないで下さい!」
「あはは、ごめんよ! その、つい気になっちゃってね!」
 へらへらと笑うばかりのベロリンガにブラッキーは怒りを爆発させる。
「気になっちゃって、じゃありませんよ! 早く蓋を戻して下さい!」
「分かった、分かったって! そんなに怒らないでよ、もう!」
 そこでようやくベロリンガは蓋を元に戻すのだった。
「全く……」
 ブラッキーはへらへらと笑い続けるベロリンガを眼光鋭く睨み付ける。紳士的に振る舞い続けていた彼も今回ばかりは不快そうな様子を隠さなかった。
 下品なデブの山椒魚め。これだから野生で暮らす奴らは――。ブラッキーはブスリした表情で飲み残しのカップをあおり、喉元まで出掛けた罵り言葉と共に飲み下す。少し喉に絡み付くような変な感触があったものの、怒り心頭の彼が気に留めることはなかった。ましてやベロリンガが黒い笑みを浮かべながらその瞬間を見守っていたことなど、彼は気付く由もなかった。
「あ、もう一杯入れようか?」
「結構です。僕はもう十分に楽しみましたので」
 バケツをケトルに持ち替えたベロリンガが気を遣って見せるも、ブラッキーはガシャリと乱暴にカップを置いて冷たく言い放つ。
「そう? それじゃあ、残りはオイラが飲んじゃおっと!」
 ベロリンガは嬉々としながら四杯目となるおかわりを自分のカップに注ぐ。カップが満たされるなり口へと運び、ゴキュリと喉を鳴らして一呑みにしてしまうのは相変わらずだった。どうやら彼の辞書に猫舌という文字はないらしい。
「……ふぅ、美味しい!」
 ベロリンガは満足そうにカップを戻す。
 さっき指摘したばかりなのに。そんな相手の様子を横目で見ながらイライラを募らせたブラッキーは気を紛らわせるべく、甘い干した木の実が詰まった壺へと前足を伸ばす。
 当のベロリンガはそんなブラッキーの胸中もどこ吹く風、部屋の隅まで運ぶべく、バケツを抱えて立ち上がるのだった。
「……君のはコロコロしてるから使い勝手も良さそうだね。明日に使わせて貰おうっと!」
「ちょ、ちょっと待って下さい。使うって……何に?」
 およそ聞き捨てならない台詞にブラッキーは慌てて問い掛ける。
「……ああ、その実を付ける木の肥料に使うのさ」
 そう言ってベロリンガが空いている方の手で指し示したのは、まさにブラッキーが口に運び掛けていた干した木の実だった。
「肥料? これの……?」
 ブラッキーの視線が手元の干した木の実に釘付けとなる。
「そう。それそれ」
 ベロリンガは小さく頷き、ブラッキーに背を向けて歩き始める。
「その木の実、オイラが世話している果樹園で採れたものなんだ」
「果樹園?」
 ブラッキーはオウム返しに尋ねる。
「うん。この裏手の丘の上にオイラが作ったんだ。自慢できるほど大きくはないけどね。……もう何年前の話になるかなぁ、オイラ冬の蓄えに困って苦しい思いをした経験があってさ。それ以来、反省の思いを込めて実のなる木の種を色々と植えては育てて来たんだ。その木の実は記念すべき第一号、オイラが最初に植えた木が恵んでくれたものさ」
 壁際に到達したベロリンガはバケツを置き、そのついでにバケツを引っ張り出した時に崩落させてしまったガラクタ類の山の斜面を修復し始める。
「……思えば最初は苦労したよ。日当たりは抜群だし、雨だって程々に降るから枯れはしなかった。だけど育ちもしなかった。痩せた土が育ち盛りの木の成長を邪魔しちゃったんだ。君も知っているでしょ? この森はどこもかしこも火山灰質の土だってことをね」
「ええ、知っていますが……」
 ブラッキーは頷いて見せる。何度か聞いたことがある。この樹海の土が火山灰質である理由、それは遥か大昔、北にそびえる高峰が大噴火を起こして辺り一面を溶岩と火山灰の大地へ変えてしまったためだと――。
 ブラッキーの反応を確認したベロリンガは背中を向けたまま語り続ける。
「そこでオイラは考えたんだ。痩せた土を良い土に作り替えたら上手く行くんじゃないかってね。そう思って来る日も来る日も果樹園に足を運んでは肥料をやって行ったんだ。そしたら……奇跡が起こってくれた。どの木も見違えるほどにグングンと育って行って、とうとう実を付けるまで大きくなってくれたんだ。……いやぁ、あの時の嬉しさと言ったらなかったね。オイラの努力が文字通り実を結んだ瞬間だったよ」
 作業を終えたベロリンガは薄ら笑いを浮かべてブラッキーの方を振り返る。
「ああ、長々と話しちゃって申し訳なかったね。でも、まぁ、ぶっちゃけた話……」
 込み上げる笑いを抑え切れず、そこでベロリンガは吹き出してしまう。
「努力って言っても、果樹園で野グソしてただけなんだけどね。もちろん今でもしてるけど! あははっ!」
「はは……は……」
 大笑いするベロリンガに合わせて笑い声を上げて見せるブラッキーであったが、その顔は笑っていなかった。彼はベロリンガの目を盗んで、干した木の実をこっそりと壺の中へ戻すのだった。
 ……もう寝よう。凄まじい脱力感に襲われてしまったブラッキーは尚も笑い続けていたベロリンガにこう切り出す。
「あの、すみません。そろそろ休もうと思うのですが、どこで横になったら……?」
「ん? ああ、そうだねぇ……。あすこの枯れ草の上なんかどうだい? ぐっすり眠れるんじゃないかな」
 真顔に戻ったベロリンガは少しキョロキョロした後、燃料用に集めてあった枯れ草の山を指し示して見せる。
「ありがとうございます。それでは……」
 悪くない。体の疲れもしっかりと癒せそうだ。提案に満足したブラッキーは小さく首を縦に振って立ち上がる。
 が、次の瞬間、ブラッキーの体に異変が起こる。一歩を踏み出そうとする足に上手く力が入らないのである。そのまま彼は訳が分からぬままバランスを崩して行き、床の上にパタリと倒れ込んでしまうのだった。
「え、何で急に……」
 四肢を投げ出す形で倒れてしまったブラッキーは、そこで前後の足が痺れを切らしてしまっていることに気が付く。ほんの少し前まで何ともなかっただけに、彼は戸惑うばかりだった。
「うん? どうしたんだい?」
 一部始終を見ていたベロリンガがブラッキーの元へ駆け寄って来る。
「ああ、すみません。ちょっと足が痺れちゃって。……はは、情けないですね。大丈夫ですよ。お気遣いなく!」
 気丈に振る舞って見せ、四肢を床に突き立てて起き上がろうとするブラッキーであったが、やはり上手く立つことが出来ない。
 いったい何がどうなっているんだ!? 彼はパニックに陥り始める。
「あれ、君ったら本当に大丈夫?」
 見かねたベロリンガがブラッキーの体を支えに掛かると、彼は不安そうな表情を向ける。
「ええ、大丈夫なのは大丈夫ですが……その、さっきから何だか体の調子がおかしくて……」
 その言葉にベロリンガは驚いた様子を見せる。
「えっ、何だって? ちょっと具体的に何がどうおかしいか教えてくれる?」
 ベロリンガに言われた通り、そこで彼はここ短時間の内に感じ始めた症状について包み隠さず話し始めるのだった。その言葉の一つ一つに頷きつつ、そして相槌を打ちながら熱心に聞いていたベロリンガであったが、聞き終えるなり見捨てるかの如く背中を向けて立ち上がる。
「……なるほど。じゃあ、そろそろだね」
 両手を後ろで組んだベロリンガがボソリと呟く。
「は? 何の話です?」
 ブラッキーはキョトンとした様子で尋ねるも、ベロリンガは大きな尻尾を怪しげに揺らして見せるばかりだった。
「あの、すみません。僕の質問にお答え頂けますか?」
 きっかり十秒数えたブラッキーが聞き直す。その声には苛立ちの感情が滲んでいた。
「……知りたいかい?」
 やっとベロリンガが口を開く。背中を向けているため確かめる術はないものの、その顔は明らかに笑っているようだった。
「ええ、だから聞いているのです」
 ブラッキーは相手の背中を真っ直ぐに見つめつつ返す。
「そっか。それじゃあ、教えてあげるね……!」
 今度の返答は打って変わって早かった。言い終えるなりベロリンガは回れ右をしてブラッキーの方を振り返る。
「なっ……?」
 ブラッキーはギョッとした表情でしてベロリンガの顔を見上げる。果たしてそこにあったのは、自慢の長い舌を床すれすれの高さまで垂らし、あたかもご馳走を目の前にしたかの如く、半開きになった口から大量の涎を溢れさせるベロリンガの姿だった。その顔には笑みがいっぱいに湛えられていたが、それは今までにブラッキーが目にして来たものとは凡そ似ても似つかぬ不気味なものだった。
「べろーん!」
 気の抜けた掛け声が上がると同時にブラッキーの視界はピンク一色に染められる。それもその筈、いきなりベロリンガが顔面に舌を押し付けて来たのだった。
「んむぅ!?」
 あえなく顔全体を粘つく肉厚の舌に埋めてしまったブラッキーの口から声にならない声が漏れる。そんな相手の反応に構うことなく、ベロリンガは押し付けた舌をゆっくりと上方に滑らせて行き、その舌先を使ってブラッキーの鼻先から額の輪っか模様に至るまでを力強く舐め上げるのだった。
「ひゃあっ!」
 顔中をベトベトにされたブラッキーは悲鳴を上げると同時に尻餅をついてしまう。
「いっ、いきなり何をするんです!? ……ひいっ!」
 気持ち悪そうに前足で顔を拭いつつ抗議するブラッキーであったが、理不尽にも今度は胸から顎の下までを一舐めにされる。その最後に華麗なアッパーカットを決められ、ブラッキーはもんどり打って仰向けに倒れてしまうのだった。
「ぐあっ!」
 着地時に後頭部をぶつけたブラッキーの両目から星が飛ぶ。痛みと同時に込み上げてきたのは怒りの感情だった。
「いい加減にして下さい! 痛い目に遭わないと分からないようですね!?」
 首を左右に振って星を追い払い、上体を起こしたブラッキーは毛を逆立てながら恐ろしい形相でベロリンガを睨む。
 そのだらしない体に噛み付いてくれる! 徐々に痺れが増して来ていた両方の後ろ脚に精一杯の力を込め、彼は相手の左腕に狙いを澄ませる。
「……いいぃっ!?」
 鋭い牙を腕に突き立てられたベロリンガの絶叫が洞窟中に響き渡る……と思えば、洞窟に響いたのはブラッキーの、それもどこか頓狂な響きのある悲鳴だった。
 まさに彼が攻撃を決意した次の瞬間、ニューッと伸びて来たベロリンガの舌が彼の後ろ足の付け根近くにベットリと押し当てられたのだった。デリケートな部分だけに耐えられる筈もなく、彼は腰砕けになってへたり込んでしまう。前足を背中の後ろに着いてしまったのが運の尽き、そのままグイと舌に力を込められ下半身を釘付けにされてしまうのだった。
「あはっ! 急所に当たっちゃったね! ごめんよー!」
 ベロリンガは舌を伸ばしたままケラケラと笑って見せる。
「……何するかって、見ての通りだよ。オイラは君も知っての通り、なめまわしポケモンのベロリンガだからね。初めて出会った君のことをもっとよく知るために舐め回しているのさ。……それっ、べろぉーん!」
 遅まきながらブラッキーの疑問に答えた後、相変わらず締まりのない掛け声を上げたベロリンガは押し付けた舌を相手の上半身に向けて這わせ始める。
「やだ、やめて……! だからって、そんな恥ずかしいとこ舐めないで……!」
 ブラッキーは大股開きになった二本の後ろ脚をプルプルと震わせつつ、目に涙を溜めて懇願したものだったが、ベロリンガは聞く耳を持たなかった。
「んん……! 君ったら引き締まった良いお腹してるねぇ! 最高の舌触りだよ!」
 呑気に感想を述べつつ、ベロリンガはそのまま順調にブラッキーの体に舌を這い登らせて行き、舌を体から引き剥がそうと無駄な抵抗を試みて来た両前足も含め、ブラッキーの体の前面を毛皮の根元から唾液塗れにしてしまうのだった。
 ねっとりと相手の頭のてっぺんに至るまでを舐め尽くしたベロリンガは満足そうに舌を口の中に引っ込め、乾いてしまったその表面に潤いを取り戻しに掛かる。
「うえぇ……」
 ようやく舌の拘束から解放され、改めて自身の体の惨状を目の当たりにしたブラッキーは思わず嘔吐いてしまう。お腹にへばり付いてしまった前脚を持ち上げれば、ベトベトの唾液が無数の糸を引いた。
 気持ち悪い。当たり前の事ながら彼は思った。おまけに舐められた部分が何故かビリビリと痺れて来るものだから、その気持ちは一層に強まった。
「さて、お次は背中側だね。ちょっと失礼するよ」
 彼が感傷に浸れたのはそこまでだった。相手の体をひっくり返すべく、ベロリンガは舌を伸ばしてブラッキーの脇腹と床の間に滑り込ませる。舌先に力を込めて相手の体をクイと持ち上げれば、難なくブラッキーの体は半回転してうつ伏せの状態となった。
 それから間を置かずして腰付近に舌先を押し付け、相手の背中を舐め回しに掛かるベロリンガであったが、それ以上もブラッキーが大人しくしてくれる筈もなかった。
「ああ、もう! 放して下さい! 今しなきゃいけないことじゃないでしょう!?」
 ブラッキーは体をくねらせ、四肢を激しくバタつかせてベロリンガの舌を振り解きに掛かる。
「あっ、動いちゃダメだよ! じっとしていてくれなきゃ分かんなくなっちゃうじゃないか!」
 ベロリンガは相手の体の動きに合わせて舌を動かすも、抵抗は想像以上に激しく、やがて完全に払い除けられてしまうのだった。
「懲りない子だねぇ! そんな君はこうしてあげるよ!」
 イライラを募らせたベロリンガは伸ばした舌を振り上げ――ブラッキーの背中めがけて真っ直ぐに振り落とす。
「ぐえぇっ!?」
 思いも寄らぬ一撃にブラッキーは悲鳴を上げる。
 柔らかいながらも重量があるため威力は相当なものだった。立ち上がり掛けていたブラッキーの背中とそれを支える四肢は一瞬にして叩き潰され、あえなく彼の体は床の上に崩れ落ちてしまう。振り下ろされた舌はそのまま背中に乗っかる形となり、脳天から尻尾の根元までを舌裏で押さえ付けられてしまった彼は、もはや一ミリも体を動かせなくなってしまうのだった。
「そぉれ! このままペッタンコにしてあげるよ!」
 声を弾ませると同時にベロリンガは舌に力をリズミカルに抜き入れし、ブラッキーの全身をギュウギュウとプレスし始める。
「ああぁ……やめてぇ……」
 横向きになったブラッキーの顔が苦痛に歪む。おふざけの過ぎる攻撃と侮るなかれ。彼の巨大な舌が持つ力は凄まじく、一押しする度にブラッキーの体は目に見えて凹み、全身の骨がギシギシと悲鳴を上げる。
 肉体的なダメージもさることながら、精神的なそれも凄まじいものがあった。体勢上、下向きになったベロリンガの口からは、おびただしい量の唾液が舌を伝って垂れ落ちて行き、その先にあるブラッキーの頭と背中を瞬く間に濡らし尽してしまう。やがてブラッキーの周りには大きな水溜り、もといベロリンガの唾液溜まりが形成され、彼はその水面にネチャネチャと何度も全身を押し付けられる格好になってしまうのだった。
「……よし、この位にしておくかな。あんまりやり過ぎると筋肉痛になっちゃうんだよね、これ」
 数分後、舌の疲れを感じ始めたベロリンガはブラッキーの背中から舌を離す。
もはや相手が暴れ回る心配をする必要はなかった。すっかり身も心もすり減らされ、何度も肺の中の空気を根こそぎにされてしまったブラッキーは、今やゼェゼェと肩で息をしながら力なく床の上に横たわるばかりの存在と化していた。
「そうそう! そんな感じでじっとしておいて! もうちょっとだからさ!」
 相手の現状を確認した後、ベロリンガは目の前に突き出されていたブラッキーの臀部に舌先を押し付ける。
「……ひっ!」
 プルンと弾力のある質感がベロリンガの舌を楽しませると同時に、ブラッキーの体が大きく縦に跳ねる。ベロリンガは気に留めることなく舌を動かし、相手の背筋の端から端までをなぞって行く。
「あっ、ああっ……あっ……」
 何とも形容し難いゾワゾワとした不快感に襲われてしまったブラッキーの口から掠れた悲鳴が断続的に漏れる。依然として息が整わず身動きできない彼は、ベロリンガの舌先が目的地に到達するまで、何もない宙に助けを求めるかの如く前足を伸ばし、巨大な舌が背筋を登って行く感触に体を震わせながら耐える他なかった。
「んむっ……。えへへっ、ちょっとくすぐったかったかな?」
 最後に首筋をペロリと舐めたところでベロリンガはブラッキーの体から舌を離す。お次はどの部分に舌を這わせるのかと思いきや、彼は舌を口に戻してブラッキーの正面に回り込み、向き合う形で腰を下ろす。
「……僕のことよく分かりましたか?」
 首をもたげてフンと鼻を鳴らして見せたブラッキーが皮肉交じりに尋ねる。怒りなど完全に通り越してしまった現在、もはや彼はベロリンガの行動に呆れ果てる他なかった。
「うん、まぁね!」
 悪びれる様子もなくベロリンガは顔いっぱいの笑顔で応じる。
「……でもね、もう少しだけ知りたいんだ」
 台詞には続きがあった。彼は正面の床に両手を降ろして頭を低く構え、うんとお尻を後ろに突き出したポーズを取る。それはちょうど取組が開始される寸前、マクノシタやハリテヤマが対戦相手と立会いをする時の格好と瓜二つだった。間もなくして彼は口を小さく縦に開き、喉の手前で巻いてあった舌をはみ出させる。
「待って下さい、何をす……」
 ブラッキーの静止する声が上がった途端、ベロリンガは床すれすれの高さを狙って舌を発射してブラッキーの足下に滑り込ませ、そのまま彼の体を垂直に持ち上げてしまう。逆再生でテーブルクロス引きをするに等しい離れ技も、先端まで神経の通った舌を持つ彼にとっては朝飯前だった。
 ベロリンガの行動は更に続く。お次に彼は舌を跳ね上げ、フライパン上のパンケーキでもひっくり返すかの如く、舌に跨ったブラッキーの体を宙高く投げ上げる。
「うわぁっ!?」
 宙に放り出されてしまったブラッキーの口から悲鳴が上がる。ゆっくりと前転しながら高度を上げて行った彼の体はやがて最高点に達し、背中から真っ逆さまに落ちて行くのだった。
「……よし、今だ!」
 ベロリンガが待っていたのはその瞬間だった。彼は宙を舞うブラッキーに照準を合わせ、およそ二メートル半ある長い舌を目一杯まで伸ばして相手の体を受け止めに掛かる。果たして彼の目論見は成功し、舌先にちょこんと腰掛ける格好でブラッキーの体は空中で静止する。
「あ……れ……?」
 自分の体が宙に留まる。不可解な現象にブラッキーは驚きを隠せなかった。思わず視線を下向けた先にあったのは、伸ばした舌の先端で器用にブラッキーの体を支えつつ、得意げにウインクして見せるベロリンガの姿だった。
「……さぁ、行くよ! もうちょっとだけオイラに付き合ってね!」
 合図して見せた後、ベロリンガは伸ばした舌をブラッキーの体を芯にしてグルグルと巻き取り始める。
「ひぁっ! 何をするつもり……んぐぅ!?」
 急速に体を覆って行く気味の悪い感触に悲鳴を上げるも、鼻口部をぐるりと一周する形で舌を巻き付けられ、その先の言葉を奪われてしまう。瞬く間に彼の体は桃色の大蛇の蜷局の中へ埋もれて行き、やがては呼吸をするのに必要な鼻孔を残して全身を隙間なくグルグル巻きにされてしまうのだった。
 そこでベロリンガは両目を瞑り、巻き付けた舌の表面に全神経を集中させ始める。時折、蜷局を変形させて相手の体勢を変えたり、舌に力を込めて相手の全身をギュッと絞ったりすること数十秒、
「……よぉし、バッチリだ! よく分かったよ!」
 ようやく納得するに至ったベロリンガが声を弾ませて舌の力を抜くと、その隙間からはみ出たブラッキーの体がベチャリと床の上にずり落ちる。舌の根元から半分近くまでは力を込めていない限り引っ込んでしまうようで、ブラッキーの体が解放されるなりシュルシュルと口の中へ吸い込まれて行くのだった。
 ベロリンガの計らいも甲斐なく、すっかり酸素不足に陥ってしまったブラッキーは激しく肩で息をしながら、しばらく身動き一つ取れないまま床の上に仰向けで横たわるのだった。
「……はは、あなた達がどういうポケモンか知ってはいたつもりですが、まさか全身を舐め回されるなんて。見ず知らずのよそ者にここまで親密に接してくれて嬉しい限りですよ」
「えへへ、どういたしまして!」
 やがて首をもたげたブラッキーは皮肉たっぷりに言って見せるも、鈍感なベロリンガは単なる褒め言葉として受け取ってしまうのだった。
「で……つまるところ僕の何が分かったと言うのです?」
「ああ、それはね」
 ブラッキーが問い質した途端、ベロリンガの口角が怪しく吊り上がる。彼は一呼吸置いた後、悪意に満ちた笑みを顔いっぱいに浮かべてこう言い放つのだった。
「……君が一呑みにできるサイズの獲物だってことだよ!」
 ようやく本心を明かしたベロリンガであったが、あまりに突拍子もない一言にブラッキーは理解が追い付かない。時間に換算して十秒近く、彼は呆然とした様子でベロリンガの顔を見上げ続けるのだった。
「え、獲物って……。あなた、まさか僕を食べるつもりで……?」
「うん、そういうこと! 君はここでオイラの晩ご飯になっちゃうのさ!」
 そこでベロリンガが大きく頷いて見せると、流石のブラッキーも動揺の色を見せ始める。
「ちょ……ちょっと待って下さい。何だって僕を落雷の危険から救った上に雨宿りに入れてくれたあなたがそんなことしないといけないんです? ……いっ、嫌だなぁ。悪い冗談は止して下さいよ、ねぇ?」
 ブラッキーは笑い飛ばすも、それはどこか自分自身に言い聞かせるかのような口調だった。そんなブラッキーの言葉にベロリンガは首を傾げて見せる。
「うーん、こうも考えられるんじゃないかなぁ? 落雷の危険から救ったのは、君が黒焦げになって食べられなくなっちゃうのを避けるため、雨宿りに入れたのは……」
 そこでベロリンガはブラッキーの右頬をペロリと舐める。
「落ち着いた場所で君を味わい尽くすためだってね! ……どうかな? これでもまだ冗談に聞こえるかい?」
 いよいよブラッキーの体が震え始める。相手が本気で自分を餌食にするつもりでいることを悟った瞬間だった。
「しっ……しまった、油断した……!」
 仰向けの姿勢のまま思わず後退ってしまったブラッキーの口からそんな言葉が漏れる。それもその筈、彼は目の前の相手が危険なポケモンであることなど、今の今まで夢にも思っていなかったのである。
 そんなブラッキーの反応にベロリンガは笑い声を上げる。
「あははっ! よく言われるよ、それ! ……自分で言うのも何だけど、オイラって警戒されちゃう要素に欠けるんだよね。とぼけた顔、締まりのない大きなブヨブヨのお腹、おまけに魅惑のピンク色をした体……君もオイラを一目見て気が緩んじゃったクチでしょ?」
「くっ……!」
 否定できなかった。ブラッキーは歯噛みをする。
「……さてと、君はどっちが良いかな?」
 ベロリンガは一歩進み出てブラッキーの真正面に立つ。
「一つはこのまま大人しくオイラに食べられちゃうって選択、もう一つはオイラをやっつけて脱出するって選択さ。好きな方を選んで欲しいな」
 聞くまでもない話だった。ブラッキーは憎しみに満ちた眼差しでベロリンガを睨む。
「チクショウ、殺してやる……!」
 その口調はもはや先程までの紳士的なそれではなかった。身の危険を感じた彼は、今や電流が流されているのではないかと思える程に痺れが増して来た体を勢い良く起こし、既に感覚が殆ど失われつつあった四肢を床に突き立ててベロリンガと対峙する。
「えへへっ、その意気だよ! お嫁さんにカッコいいトコ見せなきゃ駄目だもんね!」
 これだけ舐め回して痺れさせたにもかかわらず、まだ立ち上がって来るとは。からかって見せつつも相手の精神力にベロリンガは驚きを禁じ得なかった。
これは意外にも苦戦を強いられるかも知れない――。不安を覚えたベロリンガは万が一の事態に備え、重心を低くして身構える。
「さぁ、獲物らしく頑張って抵抗してオイラを楽しませてごらん! ……行くよ!」
 ベロリンガのその一言がバトル開始の合図となった。
17/12/17 23:43更新 / こまいぬ
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