連載小説
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4
やれやれ、どうやらアイツの講座(という名の布教活動)はようやく終わったようだ。
生け贄が頭をかるくを抑えている。どうやら理解できる範疇を越えたらしい。

「ええっと、ようするに被食フェチというのは、飲み込まれるのが大好きな人たちってことですよね?」

「うん、そうだよ」

「一行で説明できるじゃねえかよ。二時間長々と説明する必要はどこにある」

俺の指摘に対し、シルガは拳を握りしめて答えた。

「いやいや、それだと被食フェチの素晴らしさが余すところなく伝わらないでしょ!やっぱり歴史や魅力、礼節なんかもきちんと教えないと」

「食う食われるに礼節がいるのかよ…」

その言葉を軽く聞き流し、シルガは生け贄の女に向かい合った。

「さて、どうする?被食フェチになる?なっちゃう?とっても楽しいよ〜」

「え、あ〜、その…」

戸惑ってるな。無理もない、あんな主観的で一方的な解説、心に響く奴は同じ被食フェチくらいのものだろう。
俺は見かねて助け船を出した。

「ったく、もういいだろう。そいつは食われることに対して何の興味も持ち合わせちゃいない」

「ん〜まあ無理矢理食べさせるのもあまり気分は良くないね」

引き下がったか、と思った俺は甘かった。

「こうなったらもう一度、被食フェチについて徹底的に叩き込んであげるよ!」

「オイコラちょっと待て」

これっぽっちも引き下がってない、むしろ前にでている。

「ハァ…さっきも訊いたが、何ががお前をそこまで駆り立てる?」

「ふっふっふっ。し・り・た・い?」

「…遠慮しておく、と言いたいが訊いておこう。何故だ?」

実を言うとこの時、俺は「被食フェチが〜」とかいう答えを想像していた。
だからシルガが黙って俺を指差した際、一秒と少し固まってしまった。

「…え、俺のせい?」

「まあ、そういうことになるかな」

そういわれても、心当たりが全くない。

「正確に言うとギン君のため」

「…俺が被食フェチのことを嫌っているのは知ってるよな?」

「知らないよ。私が知っているのは《君が自分で言っているほど被食フェチを嫌っていない》っていう事実」

…。
思わず黙ってしまった俺を前に、彼女は話し続けた。

「君は被食フェチが嫌いだ〜なんて言っているけど、本当は少し苦手意識があるだけだよ。まあ、少しといっても小さいトラウマくらいには大きいかな。あれ、大きいのか小さいのかややこしいね」

そう言ってシルガはクスクスと笑った。

「まあともかく、君は《嫌い》って言うことで苦手意識を吐き出してるだけだよ。本当は被食フェチを嫌ってなんかいない」

「苦手も嫌いも、似たようなもんだろ」

俺の追求に、シルガは微笑みを浮かべて首を横に振った。

「違うよ。《嫌い》っていうのは対象に攻撃的な感情だけど、《苦手》っていうのは守備的な感情なんだよ。極端な話、殺意があるかないかってことかな」

理解できたような、できてないような。

そんな俺の様子を感じ取ったのか、シルガはこう言った。

「つまり、ギン君は私が嫌いなんじゃなくて、私に頭が上がらないってこと」

…否定したいが否定できない。
不利を悟った俺は、話題の転換を図った。

「お前の言い分が正しいとして、それが被食フェチを増やすこととどういった繋がりがあるんだ?嫌いじゃないが、好きでもないってことだろ?」

「でもギン君、美味しいもの食べるのは好きだよね?」

まあ、嫌いな奴はあまりいないだろうな。

「私は世界で一番君のことを愛しているからね。君にはたくさん喜んでもらいたいんだよ」

苦手意識のリハビリにもなるしね、と彼女はいたずらっぽく告げた。

くっ…こいつはそういうことをよく恥ずかしげもなく言えるな。二人きりの時ならまだしも、生け贄の女がいる前で…。

そう思い、生け贄の女を見ると。

泣いていた。

口元押さえて号泣していた。

「ど、どうしたんだよ一体?」

「か、感動いたしました」

……………え?
俺が呆然としていると、彼女はしゃくりあげながらも口を開いた。

「たとえ種族は違えども、その愛は強く、確かなものなのですね。お二人のそのお姿、私の琴線を盛大にかき鳴らしました」

かき鳴らしましたって……。
俺が反応に困っていると、生け贄の女は鼻をすすりながら涙を拭いた。

「私、被食フェチになります!」

「なっ…!」

再度呆然としてしまった俺を後目に、シルガは生け贄の手を握った。

「そう言ってくれると思ってたよ!さあ、Let's 被食!」

「はい、レッツ被食です!」

俺は、何か言おうとしてやめた。
なんとなく、何を言っても無駄ということを察したからだ。

せいぜい味わい尽くしてやると思いながら口を開いたのは、俺のささやかな悪あがきだった。
13/10/17 20:29更新 / 兜燐
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■作者メッセージ
続編は近日中に投稿できると思います。

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