連載小説
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後編
「ここ…が…頂上か……」
息を切らし、疲弊した顔で染み出るように呟く。





「頂上にこんな建物が…?」
アスタの目に飛び込んできたものは石で作られた大きい祠のような建造物であった。
少し驚いた顔を見せつつもその中へと歩みを進めていく。



入り口から細長い廊下を進み、大広間のような場所に出る。中は何故か薄明るく、そしてその中央に堂々と鎮座していたものは…



「ド……ドラゴン…だと!?」




漆黒の鱗に覆われた体、石をも引き裂いてしまいそうな鋭い爪、赤く光る眼光。どれもこの世界の人は伝説で聞いたことのあるドラゴンの姿であった。ドラゴンは世界に数十頭しか生息しておらず、その鱗を持ち帰れば一生遊んで暮らせるほどの価値を持つ。極めて獰猛な性格で、高い攻撃力、魔力、防御力を持つため、その姿を見たものは生きては帰れないという。
そして、ドラゴンの主食は......人間。アスタの中で嫌な予感がし始めていた。



『我が名はウラノス。我に何の用だ、人間の子よ。』



その言葉を聞いた瞬間、全身の毛が逆立ち、ガタガタと体が震えだした。今までに感じたことのない命の危険に、早くこの場から逃げろと体が警告信号を発している。
…しかし、帰るわけにはいかない理由がアスタにはある。

「お前、村の子供達をどうした。」

『ほう…我の言葉に返答出来る者があいつ以外にいるとはな……。村の子…というのは、あいつが連れてきた少年たちのことであるかな?それなら喰ってしまったが…。なかなか美味かっ…』



ウラノスが喋り終わるより早く、アスタはウラノスに斬りかかっていた。


剣がその鱗に届こうとしたとき、突然脇腹に痛みが走り、視界が歪む。

吹き飛ばされた、と気づいたのは体を思い切り石の壁に打ち付けてからであった。遠くの方に吹き飛ばされた剣がカランカランと虚しい音を立てて横たわる。

『やれやれ、人の話は最後まで聞くもんだぞ?』

「ぐっ……。」


魔力を使い、速度と威力を増したにも関わらず全く歯が立たず、自分とドラゴンでは実力が大きすぎると悟ってしまった。
そう感じて一度形成を立て直すために逃げようと足に力を入れると、激痛が走りうまく立てない。どうやら先ほど壁に叩きつけられたとき、片足の骨を折ってしまっていたようだ。


『どうやらお前の運命は決したようだな。』


ゆっくりとウラノスが近づいてくる。口からだらしなく滴っている唾液は、これからアスタがどうなるのか、暗に示してしまう。


鼻を近づけ、くんくんと匂いを嗅いでいるようだ。
『ふむ……少し汗臭いが塩気が利いてそれもまた美味そうだ。』
唾液が口から溢れてぽたぽたと流れ落ちる。


「…どうして…子供だけを襲ったんだ?大人の方が腹の足しになりそうなもんだが。」
『クク...時間稼ぎか?まあいい特別に答えてやろう。人間には分からぬと思うが…我はグルメなのだ。大人の硬く、酸味のある肉など喰えるか。その点子供はいい。肉は柔らかく活きがいい。それに、無知で愚かだ。…今のお前のようにな。』


そして倒れているアスタを鷲掴みにすると、口の所へと持ち上げていく。
興奮しているのか、息が荒く、直に当たる呼気の言い表せない腐臭に思わず顔をそらす。

「臭っ……うぐ…...離せ………!」
必死にその拘束から逃れようとするもアスタをがっちりと掴んだ手はビクとも動かない。

『随分とかわいい抵抗だな。お前は他の人間とは少し違うようだが……』




言葉を中断すると、手を少しずつ上へと持っていく。 そしてちょうど口の前にきたところで…




『我の前では、皆ただの食い物に過ぎない。』






バクンッッ!!!!






 ウラノスは口をめいいっぱい開けると、アスタを放り一口で口内に収める。
 口内は、ひどく獣臭く、喉の奥からはその臭いが濃縮されたような息が流れてくる。これから哀れな獲物はそこへと押し込められるのだ。
前には恐ろしいくらいに鋭い牙が立ち並び、後ろには胃へと獲物を送り込んでしまう地獄の入り口が広がっている。


 しかし、八方ふさがりなこの状況だが、アスタの目はまだ希望を失っていなかった。

 ズボンの中に忍ばせた短剣。それがアスタの最終手段であり、最も得意とする武器であった。魔力を最大限込めて振るえばどんな硬い物質でも一刀両断できるほどの威力を持っている。先日アスタが遺跡で戦ったガーディアンもこの一振りで倒してしまったのだ。

アスタは素早く短剣を取り出し、脱出に邪魔な牙に向けて斬りつけた。




ガキンッ!!!!!!!




しかし、牙が切れるどころか傷一つつくことはなく、逆に短剣が大きく変形してしまっていた。


「な……俺の全魔力を込めたんだぞ…!?」
『魔力を使えるのが自分だけだと思わないことだ。』
「ま……まさか……」
『龍族は基本的に莫大な魔力を持っている。お前ごときの魔力量では我の1/100にも満たない。』



突然、舌がアスタにまとわりつき、味を奪っていく。しかし、不規則に舌が運動しているのではなく、ある目的を持って動いていた。




ブチブチッ ビリッ


器用にも下で服のボタンをちぎり、服を破いていたのであった。
いくら魔力で防御できるドラゴンといえども、胃のなかで反撃をされてしまっては無傷とはいかない。最悪の事態まで考え、用意周到に獲物の希望を刈り取っていた。それとは、別に単に服が食べる際に邪魔だからというのが大きな要因になっているのだろうが。




プッッ




剥ぎ取った服を外に吐き出すと、露わになった肌をめがけて舌が迫る。ドラゴンの生温かい体温が直に伝わってくる。




ジュル……ニチャ……ピチャピチャ………




「おえ.........げほっ…げほげほ………」
唾液が口に入ってしまい思わず嗚咽する。粘膜質のため吐き出そうとしてもうまく吐き出せない。

纏わりつく舌と唾液にだんだんと体力を奪われていき、抵抗も弱々しいものへと変わっていく。


ジュル…グニュ...


舌の上に仰向けに置かれ、ぐりぐりと押し付けられる。
獲物の柔らかい肉の舌触りにウラノスは自然と笑みを浮かべる。

顔が押し付けられ唾液に覆われ息ができずにもがくも舌の力は弱まらない。アスタが意識も失いそうになったその瞬間、突然押し付ける力が弱まり、空気を求めて息を吸う。しかし、周りにある空気はもちろんだがドラゴンの獣臭い呼気であるため思わずむせ返る。アスタの目は涙目になっていた


「......ゲホッ!……くそっ!出せ…!俺たちは…、人間は食い物じゃない…!」
『それは我が決めることだ。獲物は黙って我を満足させていればよい。』




 こうしているうちに徐々に徐々に喉の方へと移動させられていることに気づき、焦って外に出ようとしても完全に唾液に塗れてしまっているため、滑って戻ることが出来ない。

そしてとうとう足が喉へと入り始めてしまった。
一度入ってしまったら食道の蠕動により胃へとだんだん送られるだけである。


「ぐっ......こんなところで死んでたまるかよ……」
手が引っ掛かるところを探すも当然口腔内にそんなところがあるはずはない。



アスタには、死ねない理由があった。
それは、弟であるリスクを助けるためだ。アスタがこの年端もいかない年齢で、財宝や報酬を求めて活動しているのも、治療に必要なお金を集めるためであった。マスターの支援もあり、この仕事の報酬でやっと治療費が集まるはずだったのだ。




こうしている間にも、抵抗はするもののどんどん体は入り込み、とうとう腰まで呑み込まれてしまった。



『さて、最期に言いたいことはあるか?』

「リスクのことを……」
そう途中まで言うと、少し嘲笑ぎみに言い直した。
「いや、なんでもない。お前なんかに言うことなんて何もない。」

『フン…まだそんな口が利けるとはな…。我の胃でゆっくり溶けるがいい。』

(リスク……ごめん…お兄ちゃん、もう限界みたいだ……)
目から一粒の涙を流し、霞んだ視界で牙の間から見える最後の外の景色を見て、ドラゴンの胃袋へと入り込んでいった。




…ゴクンッ!!!





獲物が喉を膨らませる感覚に思わず酔いしれ、だらしなく開かれた口の端からは涎が糸を引いてしたたる。いつの間にか地面には小さな水たまりができていた。
喉のふくらみはゆっくりと下って、やがて腹のふくらみへと変わっていった。


『ゲフッ…なかなか美味かった…。』
大きくゲップをして、膨らんだ腹を撫でる。時折伝わってくる獲物の無意味な抵抗がさらにドラゴンを満足させる。
『フフッ…無駄だぞ?全くこれだから人間を喰らうのは止められない。』




『さて…』
ゆっくりと後ろを振り返る。




『ずっと見てたんだろ?ソルノ。』




「………なあんだ、ばれてたの。」
少し悔しそうな顔で、ドラゴンの近くへと歩み寄る。

『我にはお前のことは何でもお見通しだ。ここに来る途中変な小芝居を打ってたのも。』
少しソルノの顔が硬直する。

「あ、あれはしかたないじゃん。アスタを一人にさせたかったんだから。上手くいったんだし結果オーライでしょ。」

『フッ……かわいい顔してえげつないことするな…お前も』
「割と大変なんだよ?ばれないようにうまくみんなをだまして連れてくるのも。」

『「ばれないように」、ねぇ…。どうやらアスタとやらは心の底では気づいてたようだが』

「………え?どういうこと?」
ウラノスの発した意外な言葉に思わず少し声が裏返る。

『言葉の中に協力者がいることを匂わすことを言っても奴は反応しなかった。そんな鈍感なやつでもなさそうであるし、おそらくお前のことを信じたうえで真実を聞くのを避けたかったのだな。』

「アスタ………」
『ククク……今ならまだ吐き出せるぞ…?』


「.........…!………いや、いい。それに、どうせ吐き出す気なんてないでしょ。」
一瞬驚いた表情でウラノスの顔を見つめるもすぐに冷静な顔に戻った。


『クク…ばれたか。獲物をわざわざ吐き出すなど我のプライドが許さん。』

「…やっぱり。ウラノスの考えることなんてだいたい分かるんだからね。」











〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜







…ドチャッ!!

狭い食道を抜け、広いところへと落とされる。
呼吸をするたびに入ってくる腐臭。薄暗く、かろうじて体を動かせる辺りを肉壁に覆われた空間。ドラゴンの心音がドクンドクンと聞こえてくる。

「…ゲホッ……なんだこの臭い…くそ…このままここにいたら…」

自らのその後を一瞬想像するもあまりに恐ろしかったため、やめることにした。しかし一瞬想像した死は、アスタの冷静さを失わせる。
「出せ!!出せよ!!!」
いくら胃壁に攻撃しても、すべてを吸収してしまう肉壁はブヨブヨと形を変えるだけである。
そして、その攻撃が胃に獲物が来たことを教えてしまう。

グニュ……ヌチャ…

胃壁が動き出し、獲物をすりつぶそうと蠕動運動が始まる。胃壁がアスタを覆うように動き、粘液を塗り込んでいく。

「痛っ…!」
突然アスタの体にひりひりとした痛みが走る。傷んだ個所を見てみると赤くただれていた。ドラゴンの胃は、獲物を丸呑みしても支障のないように人間よりもずっと強い消化力を持っている。

「くっ……胃液か…」
胃液、胃に送られた食物を溶かして消化してしまう液体。誰もが学校で習うことだが、自分がその消化される食物にされるなど想像もしたことがなかった。

しかし、胃の中の危険はそれだけではなかった。

「あれ……なんだか意識が……」

胃の中の酸素量は限られている。よって、酸素濃度の低下が徐々に獲物の意識を奪う。


「く……そ………リ……スク……待っ……てろ………ここか…ら……出……て……お兄……ちゃ……が......た…す……」



「……………」
そうして、とうとう意識を手放してしまった。













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そして、それから2日が過ぎた。




「ただいま。」
祠の中へ、ソルノが疲れた様子で帰ってくる。

『どこへ行ってたんだ?あの少年がいなくなったことで、ここにいると騒ぎになるから早くここを発とうといったのはお前だぞ?』
少しイライラした様子でウラノスが言った。もう腹はすっかりと元の大きさへと戻っていた。



「別に.........僕が何してようと僕の勝手でしょ。」
目を伏せがちにボソッと呟くように言った。


『あの少年に同情でもしたか。』
「……!!」

『…図星か。』

「……村長に、アスタは子供をさらっていた犯人と相打ちになった、って言ってきた。僕がさらわれそうになったところをアスタが助けてくれたことにしたら、今後失踪事件が起こらなくなったら任務は遂行されたとみなしてアスタとの仲介役だったおじさんに報酬は渡されるそうだよ。結構無理やりな作り話だったけどうまくいってよかった。」



『ククッ…お前がそこまで人間に入れ込むとはな。……まぁ、勝手にするがいい。…そろそろ行くぞ。』
「わわっ、待ってよ!」

ウラノスが大きく翼を広げる。それに気づいたソルノが慌ててウラノスの背中に飛び乗る。


そして次の土地へと大空へ飛び立っていった。











この2人の奇妙な関係は一体何なのだろうか?ソルノがドラゴンに協力している理由とは?
それはまた別のお話である。





…To be continued …??
15/11/05 22:14更新 / あーる
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■作者メッセージ
最後まで読んでくださった方、ありがとうございました!

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