助けの来なかった生贄娘
その村では毎年、豊穣を祈る生贄の儀式が行われていた。
儀式は非常に残酷なものであり、白羽の矢で選ばれた若い娘を竜に喰わせ、その糞を畑に蒔けば虫害や冷害に見舞われることなく作物を育てることができるというものであった。
その年生贄に選ばれてしまったのは、村外れにある家に両親とともに住む娘であった。とりわけ貧しくもなければ裕福でもない、普通の村娘。勤勉に家業へ望んでいた彼女がこのような儀式のヒロインとなってしまうとは、何と惨いことだろうか。
しかし、一度選ばれてしまえば助かる望みはない。
これまで数百年もの間、誰も儀式を止めようとしなかったことがその証拠である。
村人共はたいそう残念がってはいたが、心の奥底では自身や親族が選ばれなかったことに安堵しているのだ。
運命のその日、泣き叫ぶ娘と親を引き離し、血の儀式が行われる祭壇へと引き立てていく。帝都からはるか遠い辺境の村になぜあるのかも分からない、金銀宝石様々な装飾が施された豪勢な衣服を被せられるが、それを喜ぶ女など一人もいないことだろう。
村からさほど離れていない山の頂上に設けられた祭壇は、これから起こることとは似合わぬほどにのどかな場所だった。入口ではリスが出迎え鳥たちの囀りさえも聞こえる。
生贄に対する罪の意識なのか、あるいは間もなく現れるであろう竜の存在に覚えてか。絶対に逃げることができぬよう祭壇へと生贄を縛り付ければ、運搬役の村人共はとっととその場から逃げ帰ってしまうのだった。
これから暫く不気味な静けさ保たれることとなる。竜の腹へと納まるまでの短い恐怖の時間が。
祭壇に残された小娘ができることは、間もなく訪れるあまりにも惨い最期を思い、恐怖に震えながら失禁することだけだった。
安らかさとはかけ離れた凄惨な死に加え、うら若き自身の肉体が畜生の排泄物にまで成り下がらなくてはならない屈辱。到底耐えられるものではない。
数刻の後、そいつは現れた。見上げるばかりの巨躯に、雪のような真っ白な体表。もはや芸術と呼んで差し支えないその見た目は周囲を圧倒し、人間など到底叶わないと知らしめるのだった。そして心のどこかで本当は竜など居ないのではないかと信じていた儚い期待も、これで打ち砕かれることとなった。
竜は人間を己と対等な生き物であるとは思っていない。ただの餌を見下ろすその表情には、慈悲の欠片もない。
「あ・・・・・・あ・・・・・・。」
あまりのことに娘は命乞いの言葉さえままならなかった。
哀れな生贄を竜は無造作に掴むと、そのまま鼻先へと持っていく。餌の匂いを確かめる習性は犬や猫とも大差ない。ただしその規模は破格だ。娘にとっては竜の鼻息でさえも暴風に感じられた。
そして満足のいくまで生贄の匂いを嗅げば、うまそうだと言うように大きな口から唾液を垂らし舌舐めずりをするのだった。
「い、いやあ! 嫌だ! 食べないで! お願いします! 助けて、誰か! 死にたくない!」
降りかかる死をはっきりと感じ、娘は泣き叫ぶ。その声は誰にも届くことはない。竜は一切の動揺を見せず、餌を喰らおうと口を開けた。
唾液が糸を引いたぬめぬめとした口腔が眼前に広がる。どれだけ暴れようとも、逃れることはできない。生暖かい吐息が掛かると同時に舌上へと放り投げられ、その口は閉じられた。
「やめて! 出して!」
必死に竜の唇裏を叩くが、すぐに舌を使って転がされる。唾液にまみれて気分が悪くなるが、次に辿り着く場所でまみれるものは、それだけでは済まないだろう。
だからこそ、必死に抵抗する。
グウゥゥ
竜は小さく唸る。ただの餌を少しばかり味見をすれば、もう口内に留まらせておく意味もない。そしてゆっくりと舌を傾け、生贄を喉奥へと落とそうとする。
「ああ、そんな。嫌よ、こんなの」
舌は唾液で滑っており摩擦は全く効かない。何とかしがみつこうとするが叶うはずもなく、二度とは戻れない地獄へと落ちていくのだった。
飲まれてから僅か数秒。少しばかりの衝撃と共に妙に弾力のある空間に辿り着く。
胃袋の中に落とされた生贄の娘。もはやどうあがいても助かる見込みはない。確定してしまった死にただ静かに涙を流すが、本当の苦しみはこれからだ。
発狂してしまえばどれだけ幸せだったことか。意識のあるままにここに辿り着いたということは、生きたままその身をこなされていく激痛と絶望を味わわなくてはならない事を意味していた。
「ひいぃ・・・・・・」
額にポツリと液体が降りかかるだけで娘は悲鳴を上げる。ただの水のように感じられるが、この液体こそが肉体の形を無くし、命を削り取る胃液であることは分かっていた。
竜の体は食物の到来を理解したようだ。そこら中から胃液が沸き立ち迫り来る。強い酸の匂いが鼻につく。どこにも逃げ場はない。
すぐに全身が胃液にまみれる。今はまだ何も起きていないが、このままでは遅かれ早かれ溶かされてしまうだろう。
生贄は必死に胃液を振り払おうとするが、狭い空間で液体から逃れることはまず無理な話だ。少し払えたところで、さらに大量の胃液が降りかかる。
徐々に胃液のしみこんだ爪先が痛くなってきた。いよいよ恐怖の時間が始まったのだ。
竜が望むのは食べ物を自らの栄養に変えること。それに伴う獲物の苦痛など、関係のないことだった。胃液が麻酔の役目など果たすはずもなく、肉を溶かされる痛みは全て被食者の感覚神経へと伝えられる。その神経さえも、間もなく焼き切れてしまうのだが。
「ああああ、ああああ、痛い」
まだ消化は始まったばかり。皮膚の表面が溶け出しただけだが、生贄はもだえ苦しむ。
怪我を負ったところで、それは一部分だから耐えることができるのだ。全身隅から隅まで感じる痛みに、人間ごときが正気を保てるはずもない。
いっそひと思いに殺されれば楽だろうに。じわじわと溶かされ、抵抗もできぬまま死にゆく恐怖は、到底耐えられるものではない。
悲痛な叫び声とぐぐもった呻き声が、交互に真っ暗な胃袋の中へ響き渡る。
消化はさらに速度を上げる。爪などの柔らかい組織はとうに剥がれ落ち、生贄と胃液との境目はますます曖昧になっていった。
腸へと送るため獲物の形を崩そうと蠕動運動は活発化になり、胃壁とこすれあった瞬間に溶けかけていた生贄の皮膚がズルリとめくれ剥がれ落ちていった。
「ぐぎゃあああああ!!! ああああああああああ!!!」
新たに加わった、これまでのものとは比べ物にならない激痛に可哀想な小娘はあらん限りの悲鳴をあげる。生ける者の命が尽きる際にあげる断末魔の絶叫だ。
若い娘から出た声とは思えない絶叫。どれだけ声をあげようとも、それは当の竜にすら聞こえない運命だが。
そしてこの痛みは死という終わりがやって来るまで途切れることはない。溶かされた体は元には戻らないのだから、痛みが強くなることはあっても弱くなることはない。
今の激痛は、その次に訪れるさらなる激痛の前触れでしかないのだ。
「ぐえええええええ!!! う、うぎいいいいいいいい!!!」
既に消化の魔の手は筋肉、そして内臓にまで及んでいた。内臓が溶かされる際には、この世のものとは思えない激痛に加え、締め付けられるような苦しみも同時に生贄を襲った。とはいえ、その違いを認識する余裕があったかどうかは疑問だが。もはや娘に 「痛い」 以外の思考をすることは不可能だった。
さらに不幸にも生命維持に必要な心臓や脳は重厚に守られており、なかなか溶けてはくれない。
命を守ろうとする生物の摂理も、今は苦しみを長引かせるだけだ。ここまで溶かされてしまえばもう助かることは無いのに、惰性だけで命はつなぎ止められていた。
「あ・・・・・・あぁ・・・・・・。・・・・・・・・・・・・。」
皮膚が、筋肉が、骨がボロボロと崩れていく。その全てが混ざり合い、立派な一人の命だった娘は原型を失ったドロドロの何かへと姿を変える。
死ぬほどの苦痛、いいや実際に死ぬのだが。それを一時の安息もなく娘は味わい続けた。
目も当てられないような惨たらしい姿となった頃、ようやく生贄にも死という救いが与えられることとなった。
生贄の体を骨の髄まで溶かしきり、コポコポとふやけきった体の残骸を消化していく音だけが、胃袋の中に響いた。
生贄にさえ選ばれなければ、人と同じように恋をし、家族を持ち、楽しい思い出も沢山できたろうに。長く戦争も起きていない太平の時代だから、病気に気を付けていれば天寿を全うできただろうに。
これからの娘の人生、その可能性。全てを溶かされ、気味の悪いジュースと成り果ててようやく胃からの脱出を許されるのであった。
人間という大きな獲物を得られた竜は満腹となり、満足そうに眠っている。後は今朝まで生き物であった何か、多大なる苦痛のなれの果て。それが自らの血肉となるのを待つのみだ。
翌日未明、竜の習性かそれとも村人の意図を理解するだけの知能があるのか。竜は昨日生贄がくくりつけられていた場所に寸分違わず糞を排出する。
それなりの美貌を持っていた娘は、悪臭を放つ汚物と成り果てた。今の自分の姿を見ることができれば、娘は何を思っただろう。
糞の中、僅かに混じった長い髪の毛と消化されることのなかった装飾品だけが、かつての姿を教えてくれるのだった。
果たしてこの風習に意味はあるのか。それは村人にも竜にも分からない。確かなのは、この糞を元にして野菜が多少育つだろうというだけ。
生贄が奪われた命も、最期に味わった想像を絶する苦痛も、たったそれだけのためなのだ。
儀式は非常に残酷なものであり、白羽の矢で選ばれた若い娘を竜に喰わせ、その糞を畑に蒔けば虫害や冷害に見舞われることなく作物を育てることができるというものであった。
その年生贄に選ばれてしまったのは、村外れにある家に両親とともに住む娘であった。とりわけ貧しくもなければ裕福でもない、普通の村娘。勤勉に家業へ望んでいた彼女がこのような儀式のヒロインとなってしまうとは、何と惨いことだろうか。
しかし、一度選ばれてしまえば助かる望みはない。
これまで数百年もの間、誰も儀式を止めようとしなかったことがその証拠である。
村人共はたいそう残念がってはいたが、心の奥底では自身や親族が選ばれなかったことに安堵しているのだ。
運命のその日、泣き叫ぶ娘と親を引き離し、血の儀式が行われる祭壇へと引き立てていく。帝都からはるか遠い辺境の村になぜあるのかも分からない、金銀宝石様々な装飾が施された豪勢な衣服を被せられるが、それを喜ぶ女など一人もいないことだろう。
村からさほど離れていない山の頂上に設けられた祭壇は、これから起こることとは似合わぬほどにのどかな場所だった。入口ではリスが出迎え鳥たちの囀りさえも聞こえる。
生贄に対する罪の意識なのか、あるいは間もなく現れるであろう竜の存在に覚えてか。絶対に逃げることができぬよう祭壇へと生贄を縛り付ければ、運搬役の村人共はとっととその場から逃げ帰ってしまうのだった。
これから暫く不気味な静けさ保たれることとなる。竜の腹へと納まるまでの短い恐怖の時間が。
祭壇に残された小娘ができることは、間もなく訪れるあまりにも惨い最期を思い、恐怖に震えながら失禁することだけだった。
安らかさとはかけ離れた凄惨な死に加え、うら若き自身の肉体が畜生の排泄物にまで成り下がらなくてはならない屈辱。到底耐えられるものではない。
数刻の後、そいつは現れた。見上げるばかりの巨躯に、雪のような真っ白な体表。もはや芸術と呼んで差し支えないその見た目は周囲を圧倒し、人間など到底叶わないと知らしめるのだった。そして心のどこかで本当は竜など居ないのではないかと信じていた儚い期待も、これで打ち砕かれることとなった。
竜は人間を己と対等な生き物であるとは思っていない。ただの餌を見下ろすその表情には、慈悲の欠片もない。
「あ・・・・・・あ・・・・・・。」
あまりのことに娘は命乞いの言葉さえままならなかった。
哀れな生贄を竜は無造作に掴むと、そのまま鼻先へと持っていく。餌の匂いを確かめる習性は犬や猫とも大差ない。ただしその規模は破格だ。娘にとっては竜の鼻息でさえも暴風に感じられた。
そして満足のいくまで生贄の匂いを嗅げば、うまそうだと言うように大きな口から唾液を垂らし舌舐めずりをするのだった。
「い、いやあ! 嫌だ! 食べないで! お願いします! 助けて、誰か! 死にたくない!」
降りかかる死をはっきりと感じ、娘は泣き叫ぶ。その声は誰にも届くことはない。竜は一切の動揺を見せず、餌を喰らおうと口を開けた。
唾液が糸を引いたぬめぬめとした口腔が眼前に広がる。どれだけ暴れようとも、逃れることはできない。生暖かい吐息が掛かると同時に舌上へと放り投げられ、その口は閉じられた。
「やめて! 出して!」
必死に竜の唇裏を叩くが、すぐに舌を使って転がされる。唾液にまみれて気分が悪くなるが、次に辿り着く場所でまみれるものは、それだけでは済まないだろう。
だからこそ、必死に抵抗する。
グウゥゥ
竜は小さく唸る。ただの餌を少しばかり味見をすれば、もう口内に留まらせておく意味もない。そしてゆっくりと舌を傾け、生贄を喉奥へと落とそうとする。
「ああ、そんな。嫌よ、こんなの」
舌は唾液で滑っており摩擦は全く効かない。何とかしがみつこうとするが叶うはずもなく、二度とは戻れない地獄へと落ちていくのだった。
飲まれてから僅か数秒。少しばかりの衝撃と共に妙に弾力のある空間に辿り着く。
胃袋の中に落とされた生贄の娘。もはやどうあがいても助かる見込みはない。確定してしまった死にただ静かに涙を流すが、本当の苦しみはこれからだ。
発狂してしまえばどれだけ幸せだったことか。意識のあるままにここに辿り着いたということは、生きたままその身をこなされていく激痛と絶望を味わわなくてはならない事を意味していた。
「ひいぃ・・・・・・」
額にポツリと液体が降りかかるだけで娘は悲鳴を上げる。ただの水のように感じられるが、この液体こそが肉体の形を無くし、命を削り取る胃液であることは分かっていた。
竜の体は食物の到来を理解したようだ。そこら中から胃液が沸き立ち迫り来る。強い酸の匂いが鼻につく。どこにも逃げ場はない。
すぐに全身が胃液にまみれる。今はまだ何も起きていないが、このままでは遅かれ早かれ溶かされてしまうだろう。
生贄は必死に胃液を振り払おうとするが、狭い空間で液体から逃れることはまず無理な話だ。少し払えたところで、さらに大量の胃液が降りかかる。
徐々に胃液のしみこんだ爪先が痛くなってきた。いよいよ恐怖の時間が始まったのだ。
竜が望むのは食べ物を自らの栄養に変えること。それに伴う獲物の苦痛など、関係のないことだった。胃液が麻酔の役目など果たすはずもなく、肉を溶かされる痛みは全て被食者の感覚神経へと伝えられる。その神経さえも、間もなく焼き切れてしまうのだが。
「ああああ、ああああ、痛い」
まだ消化は始まったばかり。皮膚の表面が溶け出しただけだが、生贄はもだえ苦しむ。
怪我を負ったところで、それは一部分だから耐えることができるのだ。全身隅から隅まで感じる痛みに、人間ごときが正気を保てるはずもない。
いっそひと思いに殺されれば楽だろうに。じわじわと溶かされ、抵抗もできぬまま死にゆく恐怖は、到底耐えられるものではない。
悲痛な叫び声とぐぐもった呻き声が、交互に真っ暗な胃袋の中へ響き渡る。
消化はさらに速度を上げる。爪などの柔らかい組織はとうに剥がれ落ち、生贄と胃液との境目はますます曖昧になっていった。
腸へと送るため獲物の形を崩そうと蠕動運動は活発化になり、胃壁とこすれあった瞬間に溶けかけていた生贄の皮膚がズルリとめくれ剥がれ落ちていった。
「ぐぎゃあああああ!!! ああああああああああ!!!」
新たに加わった、これまでのものとは比べ物にならない激痛に可哀想な小娘はあらん限りの悲鳴をあげる。生ける者の命が尽きる際にあげる断末魔の絶叫だ。
若い娘から出た声とは思えない絶叫。どれだけ声をあげようとも、それは当の竜にすら聞こえない運命だが。
そしてこの痛みは死という終わりがやって来るまで途切れることはない。溶かされた体は元には戻らないのだから、痛みが強くなることはあっても弱くなることはない。
今の激痛は、その次に訪れるさらなる激痛の前触れでしかないのだ。
「ぐえええええええ!!! う、うぎいいいいいいいい!!!」
既に消化の魔の手は筋肉、そして内臓にまで及んでいた。内臓が溶かされる際には、この世のものとは思えない激痛に加え、締め付けられるような苦しみも同時に生贄を襲った。とはいえ、その違いを認識する余裕があったかどうかは疑問だが。もはや娘に 「痛い」 以外の思考をすることは不可能だった。
さらに不幸にも生命維持に必要な心臓や脳は重厚に守られており、なかなか溶けてはくれない。
命を守ろうとする生物の摂理も、今は苦しみを長引かせるだけだ。ここまで溶かされてしまえばもう助かることは無いのに、惰性だけで命はつなぎ止められていた。
「あ・・・・・・あぁ・・・・・・。・・・・・・・・・・・・。」
皮膚が、筋肉が、骨がボロボロと崩れていく。その全てが混ざり合い、立派な一人の命だった娘は原型を失ったドロドロの何かへと姿を変える。
死ぬほどの苦痛、いいや実際に死ぬのだが。それを一時の安息もなく娘は味わい続けた。
目も当てられないような惨たらしい姿となった頃、ようやく生贄にも死という救いが与えられることとなった。
生贄の体を骨の髄まで溶かしきり、コポコポとふやけきった体の残骸を消化していく音だけが、胃袋の中に響いた。
生贄にさえ選ばれなければ、人と同じように恋をし、家族を持ち、楽しい思い出も沢山できたろうに。長く戦争も起きていない太平の時代だから、病気に気を付けていれば天寿を全うできただろうに。
これからの娘の人生、その可能性。全てを溶かされ、気味の悪いジュースと成り果ててようやく胃からの脱出を許されるのであった。
人間という大きな獲物を得られた竜は満腹となり、満足そうに眠っている。後は今朝まで生き物であった何か、多大なる苦痛のなれの果て。それが自らの血肉となるのを待つのみだ。
翌日未明、竜の習性かそれとも村人の意図を理解するだけの知能があるのか。竜は昨日生贄がくくりつけられていた場所に寸分違わず糞を排出する。
それなりの美貌を持っていた娘は、悪臭を放つ汚物と成り果てた。今の自分の姿を見ることができれば、娘は何を思っただろう。
糞の中、僅かに混じった長い髪の毛と消化されることのなかった装飾品だけが、かつての姿を教えてくれるのだった。
果たしてこの風習に意味はあるのか。それは村人にも竜にも分からない。確かなのは、この糞を元にして野菜が多少育つだろうというだけ。
生贄が奪われた命も、最期に味わった想像を絶する苦痛も、たったそれだけのためなのだ。
20/10/17 17:46更新
/ 天地水