読切小説
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彼がイライラする理由
(説明)

巨大なネコと人間が暮らす町の学校

という半ば無理矢理な設定。

人間と共存するのがイヤな一匹のネコ。

仕返しに食べちゃった。

そんな話。

流血や食い千切りに近い描写があります。
ご注意下さい。

#シャープで場面の転換を表します。

会話文が多めで、少し残酷な描写が入ります。でも、展開が早いので、つまんないかも。


#

まったくどうして他のネコ達は、あんなおぞましいやつらと仲良しこよしでいられるんだ?

 今日も休憩の時間にこう言ってきた人間がいた。
「毛むくじゃらな上に勉強すらできないとか終わってるよね」だってさ。その言葉を机に座ってる時に言われた時には、その場で八つ裂きにしてやりたいと強く思ったよ。

 でも、その時は二限目が始まる直前でさ、僕の友達も数人いたから我慢したよ。
僕、がんばったよ。

 で、昼休みのことなんだ。
 
 僕は肉食だからネズミの肉を食うのは仕方のないことさ。
 僕だって、何にも考えずに動物を食べて生きてる訳じゃない。罪悪感ぐらいあるさ、殺して喰うわけだからね。ただ、それを他のやつに責められる筋合いはないし、ましてや人間だって同じだろ?
 だからさ、「きみみたいな三毛猫に毎日毎日食べられてお腹の中でジュウジュウ溶かされちゃうネズミちゃん達は可哀想だって、思わない?」なんてニマニマ笑いながら言いやがった嫌味な人間を連れ出してさ…このあいだやり返してやったよ。

#
体育館の裏は日陰が濃く、寒々しかった。

「どうしたんだよ、こんな所に連れ出して…」
「いい加減理由もないのに僕のことをバカにするのをやめないか?それとも、君の言ってたネズミのように腹の中に入りたいの?」

「はあ?何いってんの?人のこと食うとかバカげてるでしょ。本当に頭大丈夫?」
 そいつが言い終わる前に、僕は体格差を利用して首根っこに手を当て、体育館の壁にぶつけ押し付けたまま、小声で脅してやった。

「知ってるか、おい、僕達ネコが昔食ってたのは人間って歴史の先生が言ってたの聞いたよな?ネズミを食用として育てられる方法を人間が開発して僕達の祖先に提供してから、人間の代わりにネズミを食べるようになったんだ。昔のネズミは君らが食ってる豚ほど大きくなってないから、陸上によく住み着く人間が手っ取り早い主食となっていた時代もあったって…」

「そ、それが、なんだって言うの?」
「つまりさ…ボクがキミをぺろっと平らげてしまっても何らおかしくないんだよね…わかるかな?」
 ぶつけた衝撃で既に苦しそうに息をする彼は、むしろ強気に反発し、でかい図体しやがって、と負け惜しみをつぶやく。

「そ、そんな昔のこと関係ないでしよ。だいたい、人間食べたら、人殺しで捕まっちゃうよ。」
「ああ…確かに今は人を食ったら殺人で捕まるね。…でも、思い出してみてよ、身の回りのことをさ…。
 三日前から背の低い子が休んでるよね?ぶち猫くんをウシ呼ばわりしてた君の友達。」

「…あの子が、なんなの?」

「僕ね…見たんだよ。四日前の帰りに君の友達がぶち猫くん達に体育館の裏に呼び出されたのを。
ちょうど僕らが立ってる、側溝の上だね。
引っ掻かれて噛みつかれて、教科書ぐっちゃぐちゃにされて泣きべそかいてたよ。許して、許してって。
ははっ…ほんといい気味だった。ほら、ここに赤いシミがあるの見えるかな?」

 ほらっ、と嘲るように言ったのが、不気味だった。
 爪先で指されたコンクリートの上には赤い水玉の跡が野ざらしで残っていた。誰にも気づかれていない誰かの血痕がどす黒くかたまり、肉片のようなものが、机に残った消しクズみたいに散らばっていたのにもぎょっとした。
 ほのかに鉄の匂いがするのに気づいたとき、軽く見ていた相手の声がはっきりと耳の中に聞こえてくるようになる。
「え、な、なに…う、嘘だよね…?」

「それと、続きがあってね。」
「…」
「その子が、もうやめてって言ったんだ。ぶち猫くんは許してあげなかったみたいでさ、その子、猫の集会に連れていかれたんだよね。」
「…そ、…それで、どうなったの。」
「ぐっちゃぐちゃだよ、教科書みたいにね。」
「そ、それって」
「文字通り八つ裂きにされたんだよ、ページをびりびり破るみたいに、手足を引き裂かれてさ。生きたまま肉を食い千切られて、ウシが屠殺された時のように血がどろっと流れてさ。僕、ご馳走に呼ばれたから知ってるんだ。そのとき、人の味を知っちゃってね。とてもクセになる味なんだ。」


「君に侮辱されて傷ついた心が癒されたわけじゃない。でも、僕、気づいたんだよ。君が教室で公然と僕の悪口を言ってたからさ。
もし、僕がいじめられたくなくて食べたとしたら、少なくともネコ達はわかってくれる。
僕が君のことを食べたくて食べたとしても、僕がキミの苛めに対する正当防衛だって言えば、同情くらいしてくれるさ。ニャット語の成績が良かった頭の良い人間ならわかるよね、僕の言ってること。」

「…ひっ、や、やめてよ。こんなこと…。
 わわっ悪かったよ。今までの分、反省するから…やめてくれ、お願い。」
「やだよ。痛い目みなきゃ分かんないんだ。
だからね、僕の生まれついた種族をバカにした時と同じくらい軽い気持ちで、君の人差し指、食べたいな。片方の指一本食べさせてくれたら、許してあげる。
 多分、ウインナーより不味いんじゃないかな?食べてみないとわかんないけど。
ほら、出しなよ。」

 指一本と命、それは耐え難い選択だった。
 それでも死にたくない彼はひいひいと涙を溢しながら、利き手じゃない方の人差し指を震えながら差し出した。
 それをゆっくりと肉球でつまみ、そっとおしゃぶりのように咥え、牙で挟みこむ。

「それじゃ、…さん、にい、いち」

「うっ……あれ?」
 骨が折れる音も、がりっと噛む音もしない。痛みもなかった。
「ふふ…そんなに怖がってくれるなんて嬉しいよ。
 それと、安心して。君の指や手足を噛み千切ったりはしない。君が傷つかないようにするやり方が一つだけあるんだ。
 一呑みにするんだ。まるごとね。そうすれば、傷がつかないし、血で汚れたりしないからね?君の制服は僕がたいせつに持ち帰って、焚き火にくべてやるから。植物由来だから燃えやすいし大丈夫。
 だから、安心して、僕に身を任せてほしい。」
「い、いやだ。結局食べるんじゃないか!」

「ねえ、もしかして、きみ自分の言ったことが食べられるほど悪いことじゃないって思ってないかな?本当なら、ぶち猫くんと同じように、じゅる…もう少し君のことを味見してから、友達と一緒にお肉パーティー開いてもいいんだよ。みんなで食べた方が美味しいし。」

「や、やめてくれ。絶対行きたくない…。」
「まあ怖がらないでよ。うーんとね…
一つ、条件を満たしてくれたら食べるのをやめてあげようかな。」

「じょ、条件?ま、また、身代わりとか言うんじゃ」
「無実な人間食べたら名目が立たないじゃないか。身代わりなんて物騒なこと言わないよ。簡単なことさ」

#
「やさい?」
 ペット用の皿の中に、子猫達が残した山盛りの野菜が盛られている。
「いやぁ、腐らせると勿体ないからさぁ…この残飯を処理してほしいんだ。もし全部食べてくれたら、君を食べるのは諦めるよ。」
「でもこれ…」
「割りと美味しいんだよ、これ。ほら、食べないの?だったら…」
「わ、わかったよ。食べる、食べるから!
自分のこと、食べないでくれよ、頼むよ」
「わかってくれて嬉しいよ。ちゃんと約束は守ってやるからさ」

「でも待ってよこれ、腐ってるじゃないか…。」

「ごめんねぇ…本当にすまないんだけど。
 この野菜はこの子達のごはんだからさ、必死でかき集めて皆で分け合うようになっててね。馴染みの野良猫用に盛られた手付かずの野菜から、ごみバケツの中にある腐りかけの野菜くずまであるんだ。ここにあるのは、食べ残しだよ。腐らせて無駄にしたくないんだよね。
 だから、成長期の元気な君に食べさせてあげようと思って、僕の心からの親切だよ、野菜も取らないとデブになって、僕みたいなわるい猫に食べられちゃうからさ。全部あげるから、残さず食べてほしいんだ。
 吐いたらダメだよ。」



#

「もう、無理…吐きそう。」

「どうしたの?まだ残ってるよ。腐りかけで土まみれだけど、大丈夫だよね。一応人間でも食べれるでしょ?
  動物を食べるのは可哀想、なんだよね?」
「うっ…」
「ほら、水やるから流し込んで。」
  口の中にある汚物を無理やり流し込むと、水を呑み込む前に吐き気が抑えられなくなった。



「行儀が悪い子だね。せっかくご飯を恵んだ僕の前足に吐いちゃうなんて。ほら、綺麗にしてよ。」
「うぅ…」
 前足に吐きかけたそれを頭になすり付けられる屈辱感と同時に意識がぼんやりする。
「あーあ。もったいない。猫の残飯処理の世話もできないなんてダメだよ。やっぱり君はご飯にでも、なってもらわないと許す価値もないね。おやすみ。」


#
 暖かい布団のなかで目が覚める。背中のクッションが電気毛布のようにぬくぬくして心地よい。

「おはよう。気持ちよさそうに寝てる顔すごくかわいいね。」
 
 真上からネコの声が聞こえる。

「さて、僕たちネコは一応野菜も食べるけど、生で食べるより小動物のお腹の中で柔らかくなってる野菜をまるごと食べるのがより効率的なんだ。」

「ひ…っ」
 熱っぽいネコの声が右耳をこそばゆくする。


「君のお腹の中には消化されかけの野菜がいっぱい入ってる。君に飲ませた薬で胃腸の調子も良くなってるはずだからね、眠くなったのは副作用だよ。」

 野菜を吐いてしまったことを思い出した。僕は跳ね起きて猫から離れようと反射的に動いたが、手足も巻き込み、布団とベルトのようなものに挟められ拘束されていた。体を海老反りにしたりして抵抗したが、ベルトから押さえつけられているようにびくともせず更に締め付けが苦しくなった。
 気味が悪くなり、僕は抵抗するのをやめた。



「野菜たっぷりで栄養たっぷり。僕も成長期だからね。
 お腹の中で君の友達にも会えるかもね、髪の毛とか残ってるかもしれないし
 暖かいでしょ?実は君が入ってるこの毛布はね、僕のお腹なんだよね。もうすぐ君もこの毛皮のもふもふの一部になれるから、光栄だろうねぇ。あ、でも、僕のこと悪く言ってたのはなんでかな?気持ちよさそうに寝てたってことは僕のお腹で安心できるってことじゃない?そうか!ほんとは僕のこと好きだから馬鹿にしてたの?それなら、尚更キミのこと食べなきゃね。
好きなもの同士結ばれて、一つになるべきだよ!!」

「や、やめて…食べっんうぅ!」
顔を猫のざらざらした舌で舐めあげられる。

「でもこのまま呑み込むのはつまらないから…。
 人間のふくらはぎってどうなってるのか確かめていいよね?大丈夫だよ、怖い顔しないでよぉ。一回噛むだけだから。」
 ぷっつり音がして牙の先が足に突き刺さる。抜いた牙の表面が赤いペンキでコーティングされたように見え、4つの深い裂け目からとろとろと血液が川のように流れる。

「痛い痛い!ああぁ!!痛くしないって言ったのに!ひどい、ひどいよ!」
「僕は、食い千切らないって言っただけで噛みつかないとは言ってないからね、んっすごく美味しい!噛みごたえバツグン!あ、ゴメンゴメン、牙が奥まで突きささっちゃった。風船みたいに血が出てる。すぐ舐めて止血しなきゃいけないね!」

 血が固まって毛並みのつやを汚さないように、下から降りてくる血液を受け止めようと、唾液にまみれた舌肉がべったりと乾いた肌にすいつく。
「ひいぃっ!!」

 獲物をさがし求めるへびのようにじっくりと這いまわり、表面にある血液をすっかり舐め取ったかと思うと、傷口に侵入し舌先をねじこませ、塩味のする液体を少しでも搾り取ろうと動く。
「唾液がしみる!痛い、痛いからやめて…!」

「ふふふ、血が止まらないねぇ…どうしようか。ん?どうしたの君たち。」

「何してるの?」「ぼくも舐めたい」 
「お腹すいたー」

「ふむふむ。そうか。猫嫌い君、匂いにつられて子猫達が寄ってきてね、君の血をすすりたいんだそうだ。良いだろう?少しぐらいで良いんだ。頼むよ…」
「嫌だよ!…これ以上傷を増やしたくないんだ。痛くてたまらないんだよ。呑むなら早く呑んでくれよ。お願い…っ」

「そうは言ってもね、猫嫌い君、この子達は栄養不足で痩せてるんだ。少しでも食べさせてあげたいんだけど最近食欲がなくてね。きみの新鮮な生き血を、ほんの少しだけで良いんだ。飲ませてあげて欲しい。」
「ぜ、絶対にい」「ほら、おいで子猫たち。好きな所から飲んでいいよ。」
「いいの?」「やったー!」

 猫の懐に抱え込まれ、逃げようともがいてもロープの輪のように首に回された猫の腕はびくともせず、人間の手のひらより一回り大きいくらいの子猫が4、5匹おずおずといった調子で寄ってきた。


「こ、こっちに来るな!来ないで!!」
 自分の悲鳴に驚いて近寄らない猫もいた。優しい猫も居るみたいだ。しかし、次の言葉で状況は悪化した。

「大丈夫だよ。このニンゲンのお兄ちゃんはね、本当は猫が大好きなんだよ。でもね、恥ずかしがりやさんだからこんなことを言ってるんだよ。だから、安心して食べてあげて。きっと心のなかでは喜んでくれるよ、君たちのような可愛い子たちに食べられて、嬉しくない訳ないんだから。」
もはや何を言っても聞いてくれず、子猫達が思い思いに体を絡ませしがみついてくる。
「温かいなぁ…」
「じゃ、ちょこっと、いただきまーす」
カプッヂュルルル…「美味しいー!」ゴク…ゴク…ゴク…
 腹や腕や足や首回りに噛みついて、乳飲み子の如く血を吸い始めると、血の流れが幼い捕食者達の口の中に逆流していき激痛が走る。
「ぎゃああぁああ!!……あ、ああぁ」

「お兄ちゃんありがとー!」
「おいしー!」「お腹いっぱいになっちゃった」
どくどくと自分の体から子猫達の喉へ注がれていく水分の喪失感と傷口が広がる痛みがめまいを引き起こし、目が開けづらい。
「もっと食べたい」「血だけじゃ足りないよー」
「お肉もたべたいー!」
「こう言ってるけど、君はどう思う?このまま子猫達に体を差し上げてもいいと思うんだよね。」

「や、やだ…もう、食べられ、たくない…助けて…」
「君は出血が酷いから、もうすぐ死んじゃうだろうし、僕か子猫ちゃん達のご飯になってほしいんだけど。独りさびしく死ぬのは嫌だろう?」

「し、死ぬの、やだ……」
「痛くて、選択すらできないほど、混乱しているんだね。分かったよ、少し休ませてあげる。子猫ちゃん達、今日はここまでだよ。」
「「「えーそんなぁー」」」
「また、朝になったらご飯をあげるから、それまで待っててね」
「「「はぁい」」」
たべたそうに体を舐めていた猫たちが、残念そうに去っていく。



#
「おはよう。血も止まったから、だいぶ綺麗になったよ。食べられるのが怖いかい?じゃあまず、毛繕いのように舐めることから馴らしてみようね」
「い、痛っ!」
「傷が開いて痛いだろうけど、唾液が乾いちゃうと風邪引くから、舐め続けなきゃね、君、おいしいなぁ!もっと早くご飯として会ってれば、優しく接することも出来たのにねぇ、すごく残念だよ。」
「お願い、ゆるして、食べないで、もう何も言わないから…」

 充血した目からぽろぽろ涙を流しながら言うと、
僕を見た猫は細目を半分見開いて、さもおかしそうに笑いをこらえながら喋りだした。

「ふ、ふふっ…!言わなかったら許してくれると思った?ふふ…この間の生物の猫の生態、満点だって見せびらかしてたくせにわからない?そうかそうか、頭は良くてもどんな風に僕が君を思っているか分からないんだね。君の悪口なんてどうでも良いんだよ。むしろ、僕は君と同じ悪いやつなんだ。言ったろ?人の味はクセになるって。僕は人間を食べる大義名分が欲しかったんだよ!君が猫でなくて、人間で本当に良かった!
感謝したいくらいだよ。僕が君のようないじめっ子に復讐するなんて、ありそうな話だ。でも、僕が君のような餌にありつけるなんて、めったにないことだ。
だから、君とは出来る限り思い出を作っておきたいんだ、わかるよね。食べたら、君はいなくなるんだ。
ずっと僕の記憶の中にあるんだ。僕をバカにした君が泣き叫び絶望して、心の中に残り続けるんだ。ふふふ…

これは、最高に心地よい復讐なんだよ。」
 
 謝ったら許してくれるかもしれないという淡い希望を描いて逃げていた。自分の心臓にナイフを突き立てられたような緊張感で、希望が幻となって消えて行き、猫の集会で食い荒らされた友達が頭に浮かんできた。
 実際に見ていないそれらは、今までネットで興味本位に見たことのあるグロテスクな映像が記憶から引っ張り出され無造作に合成されたものだった。割いた腹から飛び出す内臓、食い千切られた腕、しゃぶられて血が微かについた骨、どろどろの血肉で汚れた猫の口、もうすぐそんな未来がくる。もう目の前にある。既に猫の牙に自分の血がこびりついているのを見て、吐き気がした。
 
 お互いの息づかいのみがはっきりと聞こえるほど、静かだった。ひとつ息を吸って吐くたび、自分が血の通った獲物であることをじっと確認されているように感じて、胸の奥がずっしりと重くなる。
 猫の細く開いた目の黒い所を思わず見つめてしまった。そこには、いつもは見ることを避けている自分の顔が浮かび上がり、どうしたらいいのか分からないと怯えている。
 僕は猫と向き合うようにしてぎゅうっと抱きしめられ、内緒話でもするかのように近づけられた口元が耳元で囁いた。

「大丈夫だよ、大丈夫。僕、君のことは忘れないから。怖がらないでいいんだ。僕のことを外道とののしっても良いんだよ?僕も君のことを肉の味だけはいいクズだと思ってるからさ。似た者同士仲良くしようじゃない?ねぇ…」

 不安がこみ上げ、腕を伸ばし掌を腹につきたて、殺意を秘めた抱擁から逃れようとしたが、ソファーの下にはさきほど自分を傷だらけにした子猫達が集まって眠っているのを見ると、それも怖くなる。
 何匹かの猫はぐっすりと眠っている子猫の群れにまぎれて、僕がもがくのを観察していた。降りても、噛みつかれるなら、逃げ場なんてないんだ。
 抵抗をやめた僕を縛り付けるふとましい猫の腕の力が強くなる。

「ね?僕のからだ暖かいでしょ…すっかり大人しくなっちゃって、ペットみたいでかわいいよぉ、ねぇねぇほら、お腹の中で飼ってあげるよ。一晩だけ。体がポカポカ暖まって、幸せに逝けるよ。おいで。招待してあげる。」
「ひぃ…いやっ…」

「あぁ、そうだったね。まず体を綺麗にしてから、中に上がってもらわないとね。」

#
 そのまま抱きかかえられて連れてこられた部屋は、寒々しい真っ青なタイルが敷き詰められていて、灰色のコンクリートの壁面から突き出た銀色のU型の突起に白いシャワーヘッドが掛けられている。
 肉球に胴体を掴まれ、すとんと白い洗面器の中に落とされる。
「うわ…」
 ひとまわり大きいシャワーヘッドが自分に向けられ、おののくと同時に炭酸が弾ける時の音と共にいきおいよく噴出された冷水が無防備な体温を急激に下げていく。
「ひゃああぁ!!!」
 
 キュッキュッと水道を締める金属音が無機質で冷たい。噛まれた時と同様につけられた傷が痛くてたまらない。

 頭に被せられたタオルで赤ん坊を潰さないように優しくふきあげられ、ふうっと息が吹きかけられる。小さい頃父親にされた時の記憶が浮かんだ。自分のことを食べようとする猫の息を浴びながら、懐かしくなるなんて変な気分だ。
 痛みに耐え、されるがままに水分を拭き取られた。
 まるで子ども扱いだった。

「綺麗になったね、ソファーに戻ろう」
 
 タオルをとり、腕のなかに揺り籠のように抱かれる。抵抗感を感じたが、腕と脇腹に密着するお腹から伝わる体温が妙に暖かい。
さきほど冷やされたせいでそう感じるんだとわかっていても、猫の腕を追い払い、床に足をつくのが億劫になるぐらい空気が冷たく感じた。

 再び戻ってきた猫のお腹のもふもふの茂みは、被り馴れた毛布のようになつかしい匂いがした。
 寒い朝に暖まった寝床のように、抜け出すことを拒むかのような体毛の絡み具合が気持ちいい。
 そう思っていたら、首から肩へと生暖かい空気に触れ急に唾液臭くなった。肩の下は口端がじかに触れて熱く感じた。
 あぁ、これから食べられるんだ。抵抗が出来なくなったのか、受け入れているのか。
 でも…

「やっぱり怖いんだよね?食べられるの。」

「…」
「その様子じゃあ、まだ受け入れきれていないみたいだね。」
「ね、ねぇ…」

「なんだい?」

「食べないって、選択肢あるの…?」
「ううん、ないよ。ただ、こうやって、会話を楽しみたいんだ。」

「そ、そうだよね…」
「食べないって選択肢はないよ。だから、手助けしてあげるんだ。君が少しでも僕の復讐を受け入れてくれるようにね。」

「僕が…受け入れるの、を?」
「そうだよ…君が受け入れてくれるように、僕が導いてあげるんだ。
あぁ、かわいい子ネズミちゃん。
ほんとうにかわいそう…僕みたいな悪い猫のお腹の中で溶かされちゃうんだから。」
「そ、そんなこと言わないでくれよ…」

 山の様な巨体から延びて僕の体を抱き締めてつなげていた両腕で、肩車をされる小さい子どものように、高く高く持ち上げられ、口の上に足からぶらさげられる。

「ほら、力を抜いてみて…足、ぶらーんってさせて?」

 力を抜いてみて、なんてひどい。
暴れたら、口から手足がはみ出してしまう。そうしたら絶対に一瞬で噛みちぎられるんだ。
頭の中に産み出された食い荒らされる予感がより実際に起こるもののように思えてくる。


「あ〜ん」
にんまりとした湾曲線が開き、口端から口端へと唾液の膜が薄く広がっていくと、上下に太い線から細い線へとばらけていく。残った太い線がだらりと垂れ、天井の灯りに反射して硝子のようにきらめく。


 本当に僕を食べる気なんだ。もうそれは確かな事実だ。あぁ、僕の悪い癖だ。何かしなきゃ死ぬ、もう目の前に口の中が見える。猫が怖くて、一番大人しいやつに陰口を言った僕は卑怯だった。あぁ、あぁ、頭が働かない。もうすぐ猫の指の力が抜ける。謝らなきゃ、でも、許されない。許されても、食べられる。どうしたらいいんだ…!

「ねぇ」

 横長に伸びる猫髭がゆらゆらとたわむ。
 見たら吸い込まれそうな黒い海のごとく開いた瞳孔が、彼の目の中を暗く覆い続け暗闇に墜ちてゆくような焦燥感を煽る。
 唾液の糸の端をつなぐ上下二対の八重歯が銀色に輝き、唾液のヴェールを被った赤い舌が彼を待ち受け意思ある触手のように伸び、落ちたら二度と帰って来れない真っ黒な喉の奥から肌を撫でるように濃い吐息が漂ってくる。それらと目線が合うたびに目眩がして、視界がぼやけてピントが合わなくなってしまう。
 捕食される予感が、彼から落ち着きの心得や安心感を奪い去り、恐怖心やたった独り食い殺される孤独感を与え、冷静に考える術を捨てさせてしまったのだ。



「ねえ、落ち着いてよ。足が縮こまっちゃってさ。力抜かないと疲れるよ?口の中は狭いんだから、筋肉痛になっちゃうけど…」

「た、食べられるのにそんなこと…!」
「君が食べられても痛くないように言ってるんだよねぇ…」


 膝から下が口の中に咥えこまれ、ぬるま湯のような暖かさとぬるぬるとした顎の内側の感触が足の親指に触れた。
沼にはまったときとは訳が違う。意思のある猫の口の中に自分の足が半分食われかけている事実が人間の彼を震え上がらせ、あせらせ、情けない悲鳴を口走らせた。

 
「ひいぃーッ…!」
悲鳴を上げると、ガバッと口が開く。

 唾液にまみれた足の裏をざらざらとした舌の表面で、舐め回して、ちゅるりと舌を引き納めたその口で再び言った。

「あぁほら、そんなに固くならないで。力を抜いたら、簡単に呑み込めるから、そのまま、そのままだよ」

 硬直する足に再び暖かいナメクジのような舌がぬるりと絡みつき、ゆっくりと口の中へといざなう。

「やめてやめて、お願い、助けて」

「あむっあむっんっ1名様ごあんなーい。」

「うわあぁーっ!」


 ほろりと糸が指先から離れるように、猫の手のひらより細い彼の体はするりと抜けて、はみ出した膝から上も、猫の口の中に滑り落ちていく。
手足は震えてちぢこまり、唾液のゴールテープを巻き込んで、口の中に招待されてしまう。はみ出した腕もネズミの尻尾を啜るようにずるずると納められてしまう。


#

ゴクッ…
「んー美味しー!お腹がキミの分まで膨らんだよ。お疲れ様。食べた後も食べられた後もお互いしっかり休もうね。
 大丈夫だよ。そんなに焦らなくても、すぐは消化しないって。君が静かに眠りに落ちてから、ゆっくり溶けていくんだ。痛いだろうけど、キミの肌がとろけていく度にボクの体液と混ざりあって一つになっていくんだよ…もう少し、我慢してね…。」


「はあぁ…眠たくなってきちゃった。もうボクができることは、暖炉の側でソファーに横たわって、消化が進むのを待つだけだよ。よいしょっと」

 ソファーの横に置かれたマッチを開け、爪先でつまみサッと擦る。ごうっと燃え上がるマッチの火を、並べられた薪の中に半月描くように投げ入れ、暖炉の金網を閉めた。

 ガチャリと金属がぶつかり、鍵がしまった音がする。子猫たちが寄ってきて、暖炉の側に置かれた猫嫌い君の制服を思い思いに奪いあってくるまりながら、炎の近くに集まる。

 お腹の上に登ってきた一匹を両手で一つになるように抱き締めながら、背中を撫でると、かわいらしい声で鳴いた。
 薪がチリチリと燃え、時折ぱちっと弾けるのを聞きながら、手足がぬくまり感覚が戻ってくる。

「僕は、幸せだよなぁ…」
 子猫の足元で消化が進み始めて体積がじわじわ減り、呑み込んだ生き物がじっくり溶けていくのを嬉しく思いながら、瞼をとじ想いにふける。


#

「あっ…あぁ…!!」
ぱちっと小枝を踏み折る様な音を立てながら、暖炉の中で薪が燃え、部屋の中に熱を溢れさせている中、

長い間何かを忘れていたような悲鳴が上がった。
はっと猫達は頭を上げて、おずおずと周りを見渡した。
声を上げたのは、先ほど人間を呑み下し、満足げに睡眠を貪った巨大な猫であった。

「やっちゃった…!」

頭に浮かんだのは明日の講義名。
対人間共存論。
まるで、真反対の行動をしている自覚。
先程呑んだ人間の憎たらしい言葉。
怒りを抑えきれず、食欲に任せた結果、
腹の中で起こっている消化活動。
それは、明日を迎えるのにすごく邪魔な事実だった。

ぶち猫くんに誘われた際に初めて味わった人間の味と同じ肉の味は、真新しく口の中に残っていて、罪を犯してしまったような苦さを感じた。

僕も人食いになってしまったなぁと三毛猫くんは後悔した。しかし、飲み下すときに感じた高揚感もそのまま残っていて、口の中の自分の唾液が甘くもなる。

「そうだ…彼に今のことを話してみたら…気が楽になるかも。」

 彼とは、同じ肉を食ったぶち猫くんのことだ。罪の重さにやられそうになった彼の心は仲間がいる感覚で少し軽くなった。
 
「うん、そうしよう…」

目を閉じ、屋上で肉を分けあった時のぶち猫くんの横顔の記憶を鮮明に思い出しながら、彼は夢の世界に戻っていく。生きた湯たんぽのような子猫をいとおしく腹の上に抱きながら。



20/01/01 03:16更新 / 水のもと
■作者メッセージ
pixivに投稿したものをそのまま転載しました。

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