読切小説
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ローマの祝日
※過激な消化描写を含みます







さあさあ! 寄ってらっしゃい、見てらっしゃい!
このローマの真ん中の闘技場、今日はお楽しみの開催だよ!
皇帝ネロ様もやってくる一大イベント、各地からの珍しい猛獣もいるよ!





今月もこの日がやってきた。月に一度行われる競技会。もっとも、競技会ってのは名ばかりで本当は血塗られた毒々しい祭りさ。

ある時は猛獣同士の生死を賭けた争いが行われる。またある時は剣闘士の戦い、もちろん負けた者に待っているのは死だ。さらには剣闘士が猛獣に戦いを挑む事もある。

だけど一番のお楽しみは別に用意されているんだ。

それはお昼に執り行われる公開処刑。具体的は罪人が猛獣と戦うのだけれど、剣闘士の猛獣狩りとはまるで違う。罪人は武器も持たずに肌着一枚で猛獣と戦わされる。

そう、これは人間が勝つ可能性なんて想定していない。咎人が猛獣の餌になるのを見せる事が目的なのさ。おお、怖い怖い。

勝てば無罪放免って建前はあるんだけど、今まで一人として助かったものはいない。全員が猛獣の腹の中で一生を終えてきた。

こんな趣味の悪い見世物だけど、これがまた大人気なんだ。あまりにも人気がありすぎて罪人が足りなくなったので邪魔者へ無理に罪をなすりつけているって噂もあるけど……平民の自分たちには関係ない事さ。

さあ、もうすぐ始まるぞ。今日はどんな生き物が登場するのかな? 楽しみだ。





 「くそっ……もうこれまでか」



退路は断たれた。もう逃げ道は無い。後は闘技場、地獄への道を歩く事しかできない。

ああ、どうしてこんな目に。悪いことをしたのは自分だが、ここまでの罰を受ける必要があるのだろうか? 闘技場は自分も見に行った事がある。そこで行われている行為はどれも悲惨なものばかりだった。まさかあの場に自分が放りこまれるなんて夢にも思わなかったのに!



そして目の前の扉は開かれた。また死への一歩を踏み出す。



扉をくぐると、見物客の歓声や野次に包まれる。正面のひときわ立派な席に皇帝が座っている。これから喰われる相手がどこから飛び出してくるのかは知らされていない。恐怖を煽るつもりなのだろうか? そんな事しなくたって恐ろしさに気絶しそうなのに。

だけど気絶して楽になる事はできなかった。ガタガタと音を立てて、後ろの床が開いたのが分かった。振り返りたくない、現実を知りたくなんてない。だけど思わず振り返ってしまった。



 「嘘だ……」



そこにいたのは虎でもオオカミでもライオンでも熊でもなかった。誰も見たことがない、しかし誰もが知っている生き物がそこにはいた。

蛇を彷彿させる鱗につつまれ、立派な角を持ち、蝙蝠の様な翼を持つ生き物。



 「ドラゴン……」



伝説上のドラゴンにそっくりな生き物が、そこにはいた。さっきまでざわめいていた会場内はすっかりと静まり返っていた。



 ポタリッ……

 「ひいっ!?」



よっぽど自分が美味そうに見えるのか、よだれを溢れかえらせている。お終いだ、もうお終いだ。ここでドラゴンに殺される。

本能が警鐘を鳴らすが、もはやどうしようもない。



ドラゴンが一歩一歩ゆっくりとこちらへ近づいてくる。座りこんだまま後ずさりをするが、腰が抜けて立ちあがることもできない。そうしている内にどんどんと距離が詰まっていく。

ドラゴンの背の高さくらいまで近づくとドラゴンは立ち止り、口を開けた。



 「ああ……ああ……」



恐ろしい牙が生え、真っ暗な喉奥へと通じている口が目の前に迫ってきた。そしてそのまま視界いっぱいにドラゴンの口内が広がる。

生臭いドラゴンの匂いが鼻をつく。頭上から唾液が落ちてくる。ふわりと体を持ち上げられ、完全にドラゴンの口の中に納まった。

外では自分が喰われるのを見て観客が喜んでいるのだろうか? 確かめる術はない。もう二度と外の景色を拝む事もないだろうから。

しっとりとしたドラゴンの舌に舐めまわされ、目が回ってくる。そんなに美味しいものなのだろうか? 疑問だ。ただの餌である自分は唾液にまみれようが甘噛みされようが、大した抵抗もできずにされるがままになっていた。

そうして体力が奪われ、そろそろ抵抗する気力も無くなってきた頃、ドラゴンが上を向く。

唾液で濡れた舌の上を滑って行くと、どこまでも闇の広がる喉奥へと引きずり込まれていく。



 「さようなら」



瞼を閉じると同時に嚥下の音が響き渡り、胃袋へと落ちていく。





ここで終わる事ができたらどれだけ幸せだっただろう。現実は想像以上に非情だった。

すっかり憔悴しきって朦朧としてきていた意識は鼻をつんざくような酸の匂いで再び覚醒させられる事となった。



 「あぁ……けほっ、けほっ!」



口だけでも酷い悪臭だったが、ここはその比じゃない。まともに呼吸をする事すらできない。これから死に至る獲物には呼吸は必要ないという意味かも知れない。

逃げようにも胃壁はぴったり体にまとわりついて、まともに動く事さえもできない。どこにも身を隠す場所は無かった。

ぬめぬめと気持ちの悪い感触のする液体で濡れている胃袋。こんなただの水で命を落とすとは不思議なものだ。一時間後には何も分からなくなっていると考えると現実味が湧かない。それでも、すぐにこれが現実だと再認識させられる事になる。



最初はささいな事だった。皮膚がほんのりと痒くなってきた、ただそれだけの事。少し被れた程度のものだった。それがだんだんと広がってくる。痒みがだんだんと痛みに変わってくる。その事で溶かされていると実感する。

最初はかすり傷程度だった痛みも、それほど間をあけずして耐えがたいものへと変わった。体が無くなっていくのだから当然の事だ。あまりもの苦しみに体をよじろうとするが、胃壁に抑えられそれはできなかった。

叫び声を上げようにも、胃の酸を吸いこんでしまい声も出せない。ただドラゴンの腹の中で黙ってこなされていく苦痛を味わうしかなかった。

自分の体がどうなっているかは分からないが、見るに堪えない状態になっているのは容易に想像できる。ゼリー状になった皮膚は簡単に剥がれ落ちてしまう。筋肉もただの赤い液体と化していく。自分がこれまで生きてきた証が消えていく……

もう痛い、苦しいとしか考えられなくなった。いや、死への恐怖も残っていたかも知れない。それでも、ここまで溶かされてしまうともう助からないのは分かっていた。



ドロドロとした何かになっても、うっすらと意識は残っていた。ドラゴンの一部となってしまっては、墓に埋葬される事もないのだろう。それだけが残念だ。栄養くらいならあげるのに、どうして獲物は溶かされてしまうのだろうか?

自分だったものが腸に流し込まれる頃、目の前がすぅっと暗くなっていった。今度こそ意識は二度と戻りはしなかった。





ドラゴンは眠っていた。光の届かない地下の小部屋で。どうやら出番はとうに終わっていたらしい。体内では残酷に命のやり取りが行われていたが、ドラゴンにとってはたった一度の食事。観客たちにとっても毎月繰り返される事がまた終わったに過ぎない。

ふわっとあくびをして目を覚ますときょろきょろと辺りを見回すドラゴン。今日の事はまた何度だって起こるだろう。





さあさあ! 寄ってらっしゃい、見てらっしゃい!
このローマの真ん中の闘技場、今日はお楽しみの開催だよ!
今日はなんと東の彼方から三尾がやってきたよ!


13/11/09 17:31更新 / ぶちマーブル模様2

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