読切小説
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永遠の幸福
悲しい…
誰も願わなかった結果ってこういうのを言うんだろうな…

音もない。 光もない。
そんな世界に取り残されたかのような感覚に、自らの体が震えてしまう。 数刻前までは一緒にいたはずのマスターは既にこの場にはいない。

あの時、止めるべきだった。
まだ大人にもなっていないマスターが、いつもの笑顔で「日の出を見に行こう」と言ったことさえも数分前の事に思える。
過去は悔やんでも悔やみきれない。
自分の無力を。 ただ、それだけを……


山の天気は変わりやすいから気をつけろよ。
マスターの友人が出発前に言った一言はそれだった。 その時は軽く聞き流してしまった事は否めない。 しかし、今となれば、忘れようとしても忘れられない言葉へと変貌してしまっている。

最初は天気も良かったし、我らのコンディションも最高だったはずだ。
しかし、山の七合目を越えた当たりから、空の青色を覆い隠していく黒い雲が現れ始めた。

この時、我は「引き返すべきでは?」と、マスターに問いかけた。
マスターは迷うこと無く、「大丈夫。 何かあったら君が守ってくれるでしょ?」と、言ったのだ。それも、とびきりの笑顔を浮かべながら、我に体を寄せながら…。

今思い返せば、これこそまさしく「コンコルドの誤り」だ。 マスターが頼ってくれるのが嬉しくて、うかれてしまっていたんだろう。
間違いに気づいていながら、引き返す事ができなかった。
今回の事故は完全に我の判断ミスだった…。

今となっては、判断ミスどころの騒ぎでは無いし、ただ悔やむことしかできない。

判断を誤った後からの天候は酷いものだった。 八合目を過ぎた辺りからポツポツと雨が降りだして、瞬く間に絵に書いたような土砂降りになった。
竜である我は気にしないが、人間のマスターには雨は辛いだろう。 服は雨を吸い込んで重りとなり、さらにはマスターの体温も奪っていく。

どうしようかと悩むこともつかの間、次の瞬間には前方から全てを飲み込むような轟音が響いてきた。
これは最悪な事態だった。 慌ててマスターを抱き上げるが、ぬかるんだ足場では踏ん張ることもできずに、マスターと共に土砂に飲み込まれていった。

目を覚ました時には夜になっていた。
体は無事なようだが、頭を残して土砂に埋もれている状態だった。 抱きしめていたマスターもほぼ生き埋めの状態になっており、慌てて脱出し、マスターを掘り上げた。
しかし、我の目に映ったのは、土砂にまみれ、完全に衰弱しきっていたマスターだった。 その体は冷えきっており、慌ててマスターを抱きしめる。 マスターの体温はなかなか上がっていかない中で、我の耳元にはマスターの声が響いた。

「大…丈夫…? 怪我…してない…?」

大丈夫だ。とは言わずに、それを示すかのようにマスターの体を優しく撫でてやった。マスターもその意味が分かったようで、優しい声で何かを言い返したが、その台詞は同意できないものだった。

「そう…良かった……けど……僕…もう…死ぬ…かも…」

生き物は死が近づくと、それが分かるらしいが、今回ほどそれを痛感した事は過去にあっただろうか。 いや、無かっただろう。 その対象がかけがえのないマスターだったのだから。

「僕ね……君に人生の幕を降ろして欲しいの…」
マスターは更に言葉を紡いだ。 最後の願いは聞き届けるべきだろうが、我にとって辛く、苦しいものだった。 マスターの決心は堅いようで、我との契約の証である、綺麗な指輪を取り出して、契約を抹消する台詞を呟いている。

「我、……の主なり。 今、この瞬間より……の言葉を持ちて、誓いを破れ。」

マスターが解呪の呪文を呟いた直後、パァン! と音をたてて指輪が砕け散った。

「さぁ、これで主従関係は無くなった……僕は、竜族の前にいる、獲物…だ…よ…」

言葉を最後まで紡ぐと、我がマスターであった人間は意識を失った。 契約解消と言えども、これまでに積み上げてきた思い出が消えるはずもなく、辛さしか出てこない。 そんな中で、我はこの人間を食らわねばならないのだ…。

数十分の時が流れ、ようやく決心がつき、意識を失っている人間を持ち上げる。
そのまま必要最小限だけ口を開くと、そのまま口内にいれていく。 主の鼓動や温もりはまだ感じるから、我の口内で葬っておく事にした。 もし、人間が目覚めた時、生きながら溶かされるのは相当な苦痛を伴うだろうからだ。

そして、人間の左胸に牙をあてがい、位置を調整する。 そこまで来ると、後は一瞬だった。 軽く牙を持ち上げて、そのまま勢いよく牙を背中まで貫通させる。 口内には、甘美な味が広がり、人間の味に恍惚とした表情を浮かべる。

我がそんな事をしている間にマスターは死んでしまったようで、口内に残っているのは、ただの肉塊。
そう思い込んだまま、それを喉に押し込んで、一息に飲み込む。 食道を、温もりの余韻が通っていき、思わず自分の喉を触ってしまう。そして、そのまま人間は胃袋に収まった。
本能というものは恐ろしいもので、胃袋に収まった人間をすぐさま消化にかかっている。
お腹から響いてくる消化の音を聞いていると、悲しさが込み上げてきて、何も考える事ができなくなった。



何時間たったのだろう。
ようやく思考回路を取り戻した時には、お腹の中には、何も入っていないようだった。
マスターは完全に我の糧となり、この世からは綺麗さっぱりいなくなった。 それを実感したが、もはや涙も出なかった。

隣人が誰もいなくなったなかでも、我は翼を使わずに山を登っていく。
なぜ使わないかは、我にも分からない。 ただ、そうしたほうが良いから…と心のどこかで思っていたからだろう。

ようやく登り終えた時に、我の目に映ったのは、真っ黒に染まっている雷雲と、一迅の落雷だった。
そこから先は、何も分からない。




ーーーーーーーーーーー




一匹の竜が、木を薙ぎ倒しながら、転げ落ちていく。
皮肉なことに、一人の人間が一生を閉じた場所で、ようやく竜は止まれた。
しかし、その体はピクリとも動かない。
どこか遠い世界でマスターと再会し、普段と変わらない日常を過ごしているのだろう。

穏やかな笑みを浮かべながらも、永遠に瞳を開くことの無い。 そんなぼろぼろの姿になった竜の姿を労るかのように、穏やかな朝日が彼を照らしていた…。
-Fin-
13/05/26 17:54更新 / レヴァン
■作者メッセージ
思うがままに書いた結果がこれです。

滅茶苦茶ですね、ハイ;

感想や指摘など、お待ちしております。

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